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文化系の謎キャリア・インタビュー④ 柳井貢さん(株式会社HIP LAND MUSIC CORPORATION 執行役員/MASH A&R 副社長)の考える「マネジメント」と「仕事」

(記事担当:野田光希)

はじめに

文化系の謎キャリア・インタビュー、私、野田の担当回は株式会社HIP LAND MUSIC CORPORATION執行役員及びMASH A&R 副社長を務め、アーティストマネージャーとして日々活躍されている柳井貢さんにお話を伺った。THE ORAL CIGARETTESやSaucy Dogをはじめ、様々なアーティストのマネジメントを担当している柳井さんは、私が高校生の頃から尊敬して止まない方であり、様々なメディアを通してその活躍や彼の考え方を目にしてきた。そして、今回のインタビュー企画が立ち上がった際に真っ先に名前が挙がり、自分が今後歩んでゆくキャリアを考える上で、柳井さんのお仕事や歩まれたキャリア、柳井さんが考える音楽業界についてお話を伺いたいと思い、インタビューに至った。

ー本日は、アーティストマネージャーをされている柳井貢(やないみつぎ)さんにお越しいただきました。よろしくお願いいたします。

柳井貢(以下:柳井) よろしくお願いします。

ーでは、まずは柳井さんの現在のお仕事について簡単に自己紹介をお願いします。

柳井 HIP LAND MUSIC CORPORATION(以降ヒップランドと表記)っていう会社に勤務していて、16年〜7年やったかなぐらいです。10年ほど前からMASH A&Rという会社に兼務という形で、そっちの仕事もしています。肩書きとしてはヒップランドの方は執行役員、MASH A&Rの方は取締役副社長を務めております。業務内容としてはいずれも主に、所属するアーティストのマネジメント業務におけるチーフマネージャーみたいな形でアーティストを担当しています。

ー先程ヒップランドとMASH A&Rの兼任と伺いましたが、アーティストマネージャーの仕事を行うにあたって、会社の兼任という形はよくあることなんでしょうか?

柳井 どうなんだろう。あんまないような気はするけど、MASH A&Rの成り立ちとしてヒップランドとA-Sketchと、当時でいうとSPACE SHOWERと「MUSICA」っていう雑誌を作ってるFACTっていう4社で立ち上げた「MASH FIGHT!」(現在の「MASH HUNT」)というオーディションプロジェクトがそのまま事業化されて会社になったので、その事業に関わってた人間は兼務するっていう形になったんですけど、珍しいは珍しい気がします。

ーありがとうございます。続いては柳井さんご自身のキャリアについて振り返りながらいくつかお伺いします。まず、柳井さんは大阪芸術大学出身ということで、大学時代はどんな学生でしたか?

柳井 ざっくり言うと不真面目な学生だったと思います。そもそも小中高校生の時はとにかくサッカーばかりやっていて、あと他に好きなことといえば絵を描くことかな、みたいな感じでした。サッカー少年のキャリアの中でプロサッカー選手を目指している気持ちもありながら現実的に難しいだろうというのが日を追うごとに強く感じていて、他にやりたいことを考えると絵を描くことが好きだったので、やっぱりそっちの路線で何か仕事になったらいいかなと考えてました。あとは、とにかくネクタイ締めて朝9時に会社に行くっていうのが自分としてはあんまり受け入れられなさそうだったので、そうでない生き方をどうやって見つけるのかっていうことを考えました。

まずは絵を描く路線で何か探そうって思った時に、画家で生きてくのは無理だろうとは思ったので、プロダクトのデザインとかインテリアのデザインになら興味を持てるかと。それで、大阪芸術大学に当時、「スペースデザイン」という学科があり、そこに入学しました。ただ、入ってみるとかなり建築要素が強くて、とにかく算数が常にセットな世界だったから何となく面白くないなって思っちゃって。だから、結局はイラストを描いたりする方を、個人的にずっとやっていました。その中で、DJしたりバンドをしている友達のライブイベントのチラシを作るようになり、それはすごい楽しくて、そんなことをしてる学生でしたね。

そういう活動をしている中で、実際にチラシを作るだけじゃなくて、じゃあイベントでどうやったら集客できるのかとか、そのイベントに音楽以外の楽しみ方ってないかなと思って絵を飾ってみたりとか、ライブペイントをしたりとか色々やっているうちに、イベントの運営をやる仲間の方に入っていきました。基本的には遊びでやっていたことなんですけど、イベントをやる中で心斎橋club STOMPっていうお店に出入りすることが多くなり、3回〜4回生の頃にそこでアルバイトとして働くことになりまして、学生の後半はそのお店でほぼ仕事してたって感じです。

ーその後柳井さんは心斎橋club STOMPの店長に就任されています。先程、柳井さんは元々デザインや絵を描くことに興味があったと伺いましたが、社会に出るにあたってデザインの道に進まず、club STOMPで働かれたのはなぜなんでしょう?

柳井 大学の頃に、一時期デザイン事務所でアルバイトをしていたことがあるんですよ。当時は経験値が少なかったから、どのぐらいの規模の会社でどういうビジネスモデルかっていうのはちゃんと正確には把握できなかったんですけど、ざっくり言うと大阪の広告代理店のデザイン部署で、チラシとかホームページとかを作ってる制作部にアルバイトとして入ってました。その時期に、デザイナーって言っても雇われちゃったらネクタイ締めて朝9時に行くのとあんまり変わんないなっていうのが分かったのが一つ。

あとは、学校を卒業してもSTOMPのままでいいのかって悩んだ記憶はもちろんあって、自分が結果的にSTOMPを選んだ理由としてはオーナーが個人経営の方だったんですけど、基本的に儲かってたら任せてくれる人だったので、あのお店のほぼ全てに自分が携われたんですね。だから、これは貴重な経験値になるんじゃないかなって予感がして、就職するよりそっちの方がいいだろうなって感じてました。
あと、当時はSTOMPの仕事と並行してフリーのデザイナーをしていたこともあり、単純に稼ぎとしても良かったので、それらを鑑みてSTOMPでそのまま働く道を選びましたね。

ーなるほど。STOMPの店長としては、およそ25歳までされていたんですよね。その後、店長を退任されてヒップランドにご就職されていますが、店長を退かれた理由や、転職のきっかけというのは何だったんでしょうか?

柳井 STOMPは他人の店で自分が経営をしている状態ではなかったっていうのと、その店を回すことはその時点でできることとなっていたので、そのできることを延々続けていて、かつ収入も上がることはないんですね。だから、これで30代を迎えるのはちょっとリスクが高いなというか、嫌だなって思い立ったのがきっかけです。そこで、これまでの経験値を活かしつつ、もう少し大きいフィールドの仕事にジョブチェンジできたらいいのかな、ぐらいの考え方でした。そこで、STOMPで作った人脈に対して、「来年の1月から僕、身柄自由になるんで、僕を雇いたい人いたら言ってくださいね」っていうフリーエージェントみたいなことをして、3社ぐらい話を貰いました。その中でも話が進むのが早く現実度が高かったのがヒップランドだったんで、そのままヒップランドと話を進めたっていう感じでしたね。

「新しい課題にぶつかって勉強したり考えたりしながら対処をしていくっていうことを、ずっと繰り返しています。」

ーここからはヒップランドにご就職されてからのお話です。club STOMP時代にお店の経営、いわゆるマネジメントをされていた柳井さんが、次にアーティストマネージャーという仕事に初めて就かれた当時の心境としてはいかがでしたでしょうか。前職とのギャップなどはありましたか?

柳井 もちろんありました。会社なので、勤怠管理一つとっても、伝票の書き方一つとってもその会社のルールに従わなきゃいけないので。マネジメント業務で言うと、1年間だけ引き継ぎをしてくれる先輩がいたので、その人に教えてもらいながらやってました。その当時、cutman-boocheというアーティストのマネージャーをしてたんですけど、そこから5年くらい担当するんですよ。その5年間くらいは、今から考えると見よう見まねで色んな勉強をさせてもらったなっていう感じですね。業界慣例というか、ライブする為にセット図とか配線表って何なんだとか、マスタリングって何なんだとか、色んなことを勉強したり怒られたりしながら何とかやってました。

ーcutman-boocheの解散以降はどのようなことをされていたのでしょうか?

柳井 デザインの仕事もすれば、イベントやるのに人手が足りないってなったら現場へ赴き、親しい現場で何か制作するみたいなこともしたし、とにかくなんかカッコよさそうな若手のバンドに声かけてCDをとりあえず出してみたりしてました。

ーそれらの仕事というのは全て柳井さん自ら営業をかけて仕事を取ってきたっていう形なのでしょうか?

柳井 飛び込み営業みたいなことはしてないですけど、特にデザインは音楽業界の中にある仕事ばっかりなので、「デザインとか困ってない?」って知り合いのマネージャーとかイベンターに言ったりとか。当時でいうとFlickrという画像サイトに自分の作品を上げておいて、それをもとにデザインの提案をしていた感じです。

ーなるほど。その後、奇妙礼太郎さんのマネジメントと、同時期に「MASH FIGHT!」に携わり、それ以降、THE ORAL CIGARETTES(以降オーラルと表記)をはじめ、Saucy DogやLAMP IN TERREN、DENIMSなど多くのアーティストを担当されていて、柳井さんご自身のお仕事の規模だったり担当されるアーティストの規模が大きくなって行きましたが、それらを通して悩みであったり、ぶつかった壁や課題などはありましたか?

柳井 常々やっていると色々壁というか課題にはぶつかりますね。その都度勉強しながらどういう対処法がいいのかとか、お客さんにどこまで説明するのが一番バンドにとってもいいのかとか、一方でメンバーの精神衛生とって良いのか、みたいなことは常々状況によって変わってきます。なので、そういう新しい課題にぶつかって勉強したり考えたりしながら対処をしていくっていうことを、ずっと繰り返しています。

ーキャリアの中で、自らの成長を感じる場面や成功を感じる場面はありましたか?

柳井 経済的成功で言うとすれば、オーラルを武道館クラス以上にできた。自分がしたわけじゃないですけど、その経験ができたっていうのは大きかったですかね。まあでもオーラルに関してはむちゃくちゃ周りの環境から感じるプレッシャーが強かったので。オーラルは4社が開催したオーディションの第1組目のグランプリアーティストで、業界中から成功するのかどうなのかって見られてるし、周りのバンドやお客さんからのプレッシャーもあった中で、ちゃんと結果を出すっていうことのノルマ感が半端じゃなかったです。
でも、これで結果出したら最高やなという気持ちもあったし、メンバーに対してもオーラルが目指すべき規模感としては、「最低でも武道館」っていう話はずっとしていて、それを超える結果、成果を出せたっていうのはわかりやすい成功体験ですかね。

「マネージャーという仕事は、決められた役割を全うするだけでは成立しないって、ずっと感じているので。」

ー柳井さんがお仕事をする上で、一番大事にしていることって何でしょうか。

柳井 嘘をつかない、ということですね。
過去に、アーティストが寝坊でライブに遅刻してしまったことがあったんです。その時に、寝坊で遅刻っていうことを公にした方が本人や周りのプロジェクトにとって損害が大きいんじゃないかという予測のもと、本人に内諾の上で取り繕った形での対応でインフォメーションをしました。しかし、本人が取り繕ってたり、嘘をついていることは、長い目で見るとやっぱり良くないんじゃないかという考えのもと、事実を本人のSNSアカウントで報告されてしまい、世の中的にはそこまで炎上してないですけど、僕および会社がその事実を抱えることになってしまいました。
その時に、改めて嘘も方便みたいなことはどの程度が適切なのか、自分の中で見直すきっかけになり、それまで自分が考えていた以上にもっと真摯に、基本的にはもう取り繕わないと決めました。そのことが、世の中やお客さんに対してもそうだし、あとは自分の会社だったり、周りのスタッフだったりとかに対してもいいなと気づいたんです。
また、こういう出来事が起こった時には、会社だったり、自分の上司だったりをもっと信用したり、甘えたりしなきゃいけないことも同時に学びました。だから、基本誰に対してもちっちゃい嘘をわざわざ付くことってあんまり良いことじゃないなっていうことを身をもって学び、それを今の自分の指針としています。

ーお仕事をする上で、大勢の人と関わったり、アーティストや上司の方とコミュニケーションを取る機会が多いと思いますが、それらの際に人と意見が合わない時はどうされていますか?

柳井 相手によってもちろん違うんですが、その選択に迫られた時にロジックで説明がつくことなのか、そうじゃないことなのかをまず振り分けするようにしています。ロジックで説明がつくことに関しては、基本的には自分が理論上納得のいく選択を相手とも話した上で納得のいく結論に落とし込むし、自分のロジックの仮説に確信めいたものがあった場合は、やっぱりお願いしてでもそっちの選択をさせてもらうこともあるかな。
ロジックで説明がつかないこと、例えば次のツアーグッズのメインカラーは青がいいのか赤がいいのか、みたいな。それもロジック説明がつくときはあるんですよ。前後の脈略があって、その前に出してるアルバムがこういうテーマだからとか、そのロジックで説明が付く場合はいいんですけど、それが今回に関しては絶妙だなっていう時は、まず誰の判断でそれを決定するべきなのかを自分の中で明らかにして、それがメンバーであるべきだなと思えばメンバーに委ねる、もしくは自分であるべきだなと思ったら自分でそれを伝えた上で決定するし、それが現場マネージャーであるべきだなと思えば現場マネージャーに委ねる、といった感じです。

ーアーティストマネージャーという仕事を行うにあたって、日々世の中の情報やトレンド、業界の話をいち早く把握することが重要だと思いますが、柳井さん自身、情報のインプットは普段どのような形で行っていますか?

柳井 インプットでいうと、最近はかなりビジネス系によく偏っていて、基本的にはキングコングの西野亮廣さんとオリエンタルラジオの中田敦彦さん、あと堀江貴文さんとか落合陽一さんとかを多少つまみ食いしてるって感じで、音楽マーケティングみたいなことは基本、自分が第一線で情報収集できてないなっていうのが実際のところです。そこに関しては、例えばレコード会社のデジタルセクションの人だったりと、わりと分業してる感じかな。もちろんそこから判断する時に情報は必要なので、これってどうなってるんですか、どういう依存関係にあるんですか、みたいな質問はして勉強することはありますが、基本的に自分が網羅するっていうことは時間の使い方としてもあんまり得策じゃない気がしてるんで他人に委ねてます。

ーマネジメントの業務に携わるうえで、ビジネス的な思考や観点が重要になってくるのでしょうか?

柳井 僕のタイプはそうっていうだけかな。
僕は音楽的見地が薄いので、そこを諦めているけど、そこをやりたくてマネージャーになってる人は、得意なのであればそこを頑張った方がいいと思うし。
そのマネージャーの定義って難しいんです。マネージャーという仕事は、決められた役割を全うするだけでは成立しないって、ずっと感じているので。いわゆる責任者として全体を扱うポジションに就くのであれば、その経営者的観点っていうのは間違いなく外せない部分ではあるんですけど、マネージャーと一言で言ってもどこまでの責任を持ってるのか、もう人によっても全然違いますからね。その程度に合わせた上で、アーティストやお客さんに対してそのマネージャーが生かせる能力があるのであれば、そこに特化し、あとはいかにチームワークでそれを補っていくのかということです。

ー柳井さんが日々のお仕事の中でやりがいを感じる瞬間というものはありますでしょうか?

柳井 瞬間的に感じることは、今はもうあんまりないです。瞬間的にやりがいを感じるって、なんとなく自分の中ではその事象において自分の感情曲線が大きく揺れ動くっていうことのような気もして、それって結構経験量に依存すると思うんです。例えば僕らが15歳の時にブルーハーツに出会った衝撃って、もう多分今後超えることはないと思うけど、ハルカミライの音楽を聴いてて今の若者の心象を想像した時に、今ハルカミライに出逢った子達は僕がブルーハーツと出会った時のような衝撃を受けてるんだろうなっていう想像することができる、みたいな。
だからそういうもんだろうなって捉えている中で、僕がやりがいめいたものを実感するとするなら、やっぱり瞬間的なことより半年1年2年3年で起こった事象達を振り返った時に、自分だけではないけど自分がいたからこういうことが成り立って、その一端を担えてるんだなってしみじみ思えば、それがやってて良かったのかなって、そんな感じですね。

「自分が"スタッフAさん"になりたいとは全く思わなくて。」

ー柳井さんはインスタライブをはじめSNSを中心に音楽業界やご自身のお仕事について積極的に情報発信をされていますが、お話をされるようになったきっかけはあるのでしょうか?

柳井 きっかけはあまり覚えてませんが、STOMPをやってた時はある程度、自分のキャラクターが店の営業能力に依存するだろうと思ってました。例えば、自分を認識してもらえるように毎日短パンでいるとか、そういう認知戦略みたいなことは多少やっていて、それでcutman-boocheをマネージャーをやるようになってから今日まで、スタッフからの情報発信ってどのぐらいが適切なんだろうとずっと考えてます。
誰にでも経験があると思いますけど、通販で買った商品に不具合があって、交換してほしいとか返品してほしいとかあった時にメールしか問い合わせがなくて、かつメールが返ってきたと思ったら個人名が書いてなくてカスタマーセンターに漠然と問い合わせをしなきゃいけないのって結構釈然としないじゃないですか。
そう考えた時に、もちろんアーティストビジネスにおける活動の指針はアーティストが司っているべきだってことはちゃんと配慮しながら、でも例えばコンサートの整理番号はどの券売が先なのかをアーティストが決めてるわけないよねってなった時に「それを決めたのは僕で、それはこういう考えに基づいて決定しました」って、僕が出てきて話した方がお客さんも納得もしてくれるし、信頼も置けるので、そっちの方がいいかみたいな。
昔で言うとビートルズのマネージャーは誰々でプロデューサーは誰々みたいな時代もあったりと、そう考えた時に自分が"スタッフAさん"になりたいとは全く思わなくて。自分がバンドを担当した時に、これは俺が言わずに演者に言ってもらった方が良かったなと反省をすることはありますけど、その役割分担っていうか、演者と僕とで持ってる責任の種類がちょっと違うと思うので、その種類をちゃんと見極めながら、スタッフはスタッフでちゃんとアカウントを明らかにした上で説明しする方が、単純に信用度が高いなと思います。

ー業界全体を見たときに、柳井さんが担当されているアーティスト以外では、このようなケースは多く存在するのでしょうか?

柳井 どうなんだろう、やってる人はやってますけどあんまり多くないかもしれませんね。ただ、90年代とかバブル崩壊前後以降ぐらいから、消費者側から見た時に生産者の顔が見えた方が信用度が高いっていうのはみんな分かってるんですけど、じゃあいざ労働者側になった時に個人アカウントを明らかにする不安とか怖さみたいなことを漠然とみんな持ってるんだろうなと思います。会社員としての労働雇用契約の中でどういう働き方をするべきかを考えた時に、会社に仕えるスタッフはあくまで個人を出さずに"スタッフ"でいたいという希望を持っているっていうケースもかなり多いし、そっちの方がいいじゃんっていう空気が基本的には蔓延していると思うんですよ。だからなかなか企業よりも個人のアカウントが前に出ることが主流にならないのは、そういう背景があるだろうと思ってます。

ーそんなリスクを抱える中でも、柳井さんが情報発信する理由はなんでしょう? やはり、仰られたリスクより個人での情報発信の重要性を取って前に出るということが多いのでしょうか?

柳井 そうですね。僕自身がたまたまそういう考え方なんで、プライベートと仕事を分けてないし自分のアカウントを晒すこと自体もそんなに抵抗はないからかもしれません。そういう特性が自分にあって結構メリットも大きいし、アーティストもそれを信用してくれている感じがあるので。やっぱりアーティストも自分達が言いにくいことをスタッフが会社名で言っているのか個人名で言っているのかで、その人に対する信頼度って変わってくると思うんですよ。そういうのもあって、アーティストとの信頼関係がより作りやすくなってるような気もします。
あと1つあるのは、ヒップランドの会社規模が大きすぎなかったっていう理由もあると思います。さっき言った個人アカウントからの発信リスクみたいなことって、大きい企業になればなるほどリスクマネジメントやコンプライアンスの管理をしなきゃいけなくなってくるんで、個人アカウントで会社のことを言うのはどうなんだって議論は大きい企業であるほどしなきゃいけないと思います。その結果ダメっていう会社もあるし、そういう管理の仕方も致し方ないと思います。その点、ヒップランドは、柳井が何かやってるらしいねってなった時に、それをやめろっていうほど大きい会社ではなかった。だからやれたっていうのもあるし、その結果いい評価をしてくれる人たちもいるから、そのまま行ってるって感じですかね。

ーインスタライブやTwitterだったり、インタビューなど、柳井さんが様々な場所で積極的にお仕事に対する情報を発信してくれてるおかげで、音楽業界に興味を持ってくれる人や、働くきっかけになっている人がたくさんいると思います。SNSなどで情報発信を行っている時間帯は[k1] お給料が出ない中、それでも積極的に情報発信を行う理由はなぜでしょうか?

柳井 それでいうと、もう別に何にギャラが発生してて、何にギャラが発生してないかを考えてないですね。いわゆる経営者側に立つと、自分の会社の労働者に対して働き方改革に順応できているかどうか、有休取れてるかどうか、パワハラがないかなどを考えなきゃいけない立場ではあるんですけど、自分に対してで言うとそういう意識があまりないので。あとは僕の認知度の向上はヒップランドの認知度の向上に繋がるし、それが何らかの形でマネタイズされて僕の評価が高ければ僕の給料が上がるので、それでいいじゃんっていう感じです。

「自由に興味のあることをどんどんやった方が納得と満足のいく人生を送れるんじゃないかって思います。」

ー柳井さんご自身、これらまだまだキャリアを重ねられていく中で、今後の展望や目標、抱負といったものがあればお聞かせください。

柳井 今年自分が意識しようと思っているのは、「時間のデザイン」っていう言葉をちょいちょい出していて、あとはやるべきこととやらないことを明確にすることを考えています。
僕らって基本的に過剰時間労働っていうんですかね、いわゆる休みが取れないっていう慢性的な病にさいなまれていて、そこはずっと課題ではあるんですけど、それをちょっと解消する行動を今年から始めようかなと思っています。
作戦としては、まず専任レベルを下げる。「私がいないと、このバンド動けないよね」っていう状態を段階的に解消するために、あらかじめ休みの日を自分で決めてしまって、そこに急なアーティストの取材が入ってきた時には、別の人間がそこに行けるようにすることで、一個一個は細かく100点を出せないかもしれないけど、経験を積むことで将来的には100点を導き出せるようにしたい。こういうシステムで回していくことが、ある程度自分たちの中で定着すれば実現するんじゃないかなと思っています。
休むことを、精神衛生状態を正常に保つっていう意味で考えると、休みも仕事の一つとしてカウントできるので、ちゃんとハイパフォーマンスを出せるための精神衛生状態を保つために、時間のデザインっていうのをちょっと強制的に行って、それをする為にはある程度、やることとやらないことをしっかり選別していく必要性について最近は考えています。

ー最後に、これから社会に出る学生にメッセージをお願いします。

柳井 僕がちょっと心配してるのは、まだまだ環境依存が強いなと思っちゃってて。日本ってこうだからとか、私の学校はこうだからとか、会社はこうだからとかっていうのが何となく漠然とあるなと。そういう話を聞くと、単純に「人生大丈夫かな?楽しいのかな?」って思っちゃいます。自分の環境って自分で選べるし、日本はまだまだ個人の選択の自由度が高くて、外の環境のせいにしてるのってものすごくもったいないなって僕は思います。だから就活も全然しなくていいと思うし、逆に就職が人生において安全である保証もないし、自分の人生って想像以上に長いので。
僕は現時点で言うと、何となくやりたい仕事みたいなことをやっていて、生活できるだけの所得があるけど、もし就職活動をしていたらその先に僕の今の生活レベルってなかっただろうと思っています。自分は自分の経験したことしか言えないので必ずしもそれが合ってるとは思わないけど、自分が言えることがあるとするなら、自由に興味のあることをどんどんやった方が納得と満足のいく人生を送れるんじゃないかって思います。
もう1個よく思うのが、「得意なことの定義」についてです。例えば、「こういうことは得意だけど好きなことじゃない」とか、「好きなことはこうなんだけどあんまり得意じゃない」とかってみんなの中であるように感じるんですけど、好きなことがやっぱ一番得意なことになると僕はなんとなく思ってます。逆に言うと得意なことって、実は自分がここに興味を持ってるってことを見直すことじゃないかなと思います。好きなことって、自分の時間を負荷なく投資できるっていうことが一番の強みだから、自分の人生において、自分の好きなことと人の役に立つことを掛け合わせて、そこに時間を割いていけば世の中に求めてもらえるようになるし、それを生かせる道が就職なら就活してみるのもいいと思うし、それを生かせる道が個人事業主だったら、独立や起業をしてもいいと思う。そんな感じで自分の人生の選択をしてみてはいかがでしょうか。

おわりに

今回のインタビューを通して感じたことは、やはり「選択肢の広さ」ではないだろうか。私たち大学生は、3回生になると誰しも「就活しないと」「就職しないと」という焦燥感に駆られ、大学でも参加必須の就活セミナーや就職に関するメール、イベント参加の催促などが非常に多く届くことから、「これから社会で生きていくにはなんとかして就職しないと」という考えに陥りがちである。しかし、柳井さんとの会話を通して社会は私たちが想像するよりも広く自由で、むやみに就職活動をするよりも、まずは広く視野を持ち自分の好きなことや得意なことを改めて見直してみることこそが、これから社会に出るにあたって重要だと気付かされた。

最後に、今回のインタビュー記事が、自分と同じような悩みを抱えている就活生や、今後益々活躍の場を広げられるであろう柳井さん、そして日々より良い人材が求められている音楽業界の発展の一助になれば幸いです。

柳井貢(やないみつぎ)
1981年生まれ 大阪・堺市出身。HIP LAND MUSIC CORPORATIONの執行役員及びMASH A&Rの副社長として、bonobos、DENIMS、アツキタケトモ、Keishi Tanaka、THE ORAL CIGARETTES、フレデリック、Saucy Dog、ユレニワ、Enfantsのマネジメントを主に担当。
Twitter 871(HIP LAND MUSIC / MASH A&R)(@gift871)さん / Twitter
Instagram @gift871 • Instagram写真と動画
note 871 柳井貢|note

●THE FIRST TIMES 「スタッフが語るヤバい曲-柳井貢 Saucy Dogマネジメント」https://www.thefirsttimes.jp/special/yabai/0003
●SENSA「マネージャーってどんな仕事?THE ORAL CIGARETTES・Saucy Dog・KANA -BOONなど10組近くを担当する柳井貢の仕事密着とQ&Aで徹底解説!」 https://sensa.jp/interview/20230227-mgm.html
●ぴあ関西版WEB「No Border的思考のススメ~ミュージシャンマネジメント871の場合~」https://kansai.pia.co.jp/series/871/

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