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宇宙開発における技術のデュアルユース 国内での議論と現在地

2022年7月、日本の科学者の代表機関である日本学術会議が国内の先端技術研究に関して発表した、ある声明が話題になりました。それは、軍事用途と民生用途、その両方で特定の技術を活用する「デュアルユース」に関するものです。

これまでの日本学術会議は軍事目的の研究は行わないとし、デュアルユースを一貫して否定する立場を取っていました。

しかし上記の発表において日本学術会議は、軍事用途と民生用途は「単純に二分することはもはや困難」であると発表。デュアルユースに関して、軍事目的のための科学研究は行わない姿勢を維持したまま、大学や研究機関などによる研究に対する審査の必要性を改めて示しています。

翌年に示された『防衛技術指針2023』および『宇宙基本計画』でもそれに関する記述が見受けられるなど、技術開発および市場の発展にあたり見過ごせないキーワードになっている「デュアルユース」。先端技術の取り扱いにも携わるトピックについて、現在の環境と議論の模様をまとめました。


実は身の回りに溢れているデュアルユース技術


「デュアルユース」とは、軍事用途と民生用途、どちらでも利活用できる技術のことを指します。

その中でも軍事用途で開発された技術を民生品で転用することを「スピンオフ」、民生品のために開発されたものを軍事に応用することを「スピンオン」と呼び、一般的なデュアルユース技術は、軍事技術をもとにスピンオフされた技術であることがほとんどです。

なかなか聞き慣れない「デュアルユース」という言葉ですが、実は身の回りにも、スピンオフによって生まれた製品がたくさんあることはご存知でしょうか。

例えば毎日使うティッシュペーパー。これは、もともと戦場で外科治療をする際に使用するコットンの代用品として開発されたものです。

また災害・事故発生時に状況把握に用いられるドローンや救助ロボットも、軍用のロボット技術がもとになったもの。無人偵察機や爆発物探知のための技術が応用されており、これもデュアルユース代表例のひとつです。

さらに影響力の強いものでは、インターネットも、軍事技術を民生用途に転用したデュアルユース技術のひとつと言われています

その元になったのは、アメリカ軍による「ARPANET(アーパネット)」。1960年代、当時ソ連と冷戦下にあったアメリカが、より信頼性の高い通信網を求めて開発したネットワーク技術が、今のインターネットの原型になりました。

宇宙開発で用いられているデュアルユース技術


宇宙開発に関連する技術にも、デュアルユース活用されているものが少なくありません。具体的に以下のような技術が、軍事用途と民生用途、双方で活用されています。

1.全地球測位システム(GPS)

GPS(Global Positioning System)は、アメリカによって開発された衛星測位システムです。

スマホの地図アプリ等で当たり前に活用しているGPSですが、元々は米軍が開発したもの。人や車両の座標を測定するだけでなく、航空機や船舶のナビゲーション、爆弾・ミサイルの誘導といった目的で運用されていました

その後GPSはアメリカが全世界へ無償提供するようになり、「衛星測位システム=GPS」といった認識が、世界中で浸透していきました。

2.ロケット打ち上げ技術

人や物資を宇宙へ運ぶロケットの打ち上げには、弾道ミサイルの打ち上げ技術が応用されることがあります。

両者は、積載物によってその用途・目的が変わるだけであって、「ロケットを想定したコースに沿って正確に打ち上げる」という点において、かなり近い性質を持っています。弾道ミサイルの発射実験を通してデータを収集することが、宇宙開発用途のロケット打ち上げの精度向上にも繋がります。

国内方針は、デュアルユースによって市場の発展を狙うもの


では、先端技術のデュアルユースについて、日本政府はどういった姿勢を示しているのでしょうか。

2023年6月に防衛省によって示された『防衛技術指針2023』では、国内の安全保障および防衛力の整備にあたっては「防衛省が自前で研究開発を進めるだけでなく、省外にある様々な科学技術を防衛分野で積極的に活用していくこと」、そして技術活用の道は「関係府省庁、研究機関や企業等の研究開発実施主体としっかり議論していくこと」が必要であるとの記載が。技術活用の道を探る過程における、「スピンオン」の可能性が示されています

そして『防衛技術指針』と同様にデュアルユースに言及しているのが、同じく2023年6月に宇宙開発戦略本部によってまとめられた『宇宙基本計画』です。

『宇宙基本計画』でも、宇宙開発で活用される技術のデュアルユース性を認めた上で、「宇宙からの安全保障」および「宇宙における安全保障」を達成するため、宇宙ビジネスに従事する民間企業による技術開発を積極的にサポートする姿勢が示されています。

政府が民間企業の宇宙技術を安全保障分野で活用し、先端技術に対する積極的な開発支援を行うことは、日本の宇宙産業を発展させることにも繋がります。民間企業の技術を安全保障分野で活用する道を示すことで、産業を発展させると同時に日本の防衛力を強化していくことが、2023年「宇宙基本計画」で定められた目標のひとつです。

『防衛技術指針』や『宇宙基本計画』でも定められているように、今後日本においては、技術のデュアルユースを意識した取り組みが増えていくことが予想されます

研究が意図せぬ道で活用される「デュアルユース・ジレンマ」


デュアルユース技術の活用が様々な道で進められる中で見落としてはいけないのが、先端技術がそれを生み出した研究者の想定外の用途で用いられるケースです。

世の中に生み出されるすべての先端技術の研究は、研究者にその想定が無くても、軍事用途に転用される可能性をゼロにすることはできません。こういった、技術が本来の用途から離れ、人の生命や財産に危害を加える目的に転用されてしまうリスクのことを「デュアルユース・ジレンマ」といいます。

過去には、2012年の東京大学らによる鳥インフルエンザウイルスに関する研究論文がデュアルユース性を指摘され、公開にあたり内容の一部削除を求められる出来事がありました。

内容に関して指摘が入った論文は、鳥インフルエンザ(H5N1ウイルス)を研究したもの。同ウイルスが遺伝子変容によって、人をはじめとした哺乳類へ飛沫感染するようになる可能性を指摘するものでした。

研究論文内容の一部削除を求めたアメリカのNSABB(バイオセキュリティーに関する国家科学諮問委員会)は、この実験を再現することで「ヒトの間で飛沫感染する高病原性の鳥インフルエンザウイルスを作製できる可能性がいちだんと高まる」と判断。

つまり、この研究結果によって人に感染するインフルエンザウイルスウイルスが作製される可能性があること、そして作製されたウイルスによって兵器の開発やバイオテロ等が引き起こされるリスクを指摘した、ということです。

論文を発表するにあたり、NSABBは研究機関へ「論文内容の一部削除」を求めたものの、研究機関はこれに抗議。論文に携わった研究者ら39名が、60日間にわたって研究を自主的に中断する、という出来事がありました。NSABBと研究機関との間での議論の結果、最終的に論文は全文公開されています。


今後も議論が必要な、国内のデュアルユース活用


戦後間もない1950年からデュアルユースを否定する立場を一貫している日本学術会議が示した今回の声明は、軍事と民生、それぞれの明確な線引きがもはや困難であることを受け入れながら、困難であるからこそ、研究に対するより厳しい審査を大学や研究機関に求めるものであったと考えられます。

それに対して政府の指針はデュアルユースを通して産業の発展を目標とするもので、今後は両者の議論の中で技術のよりよい活用の道が模索されていくことでしょう。


企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文:伊藤 駿(ノオト)、編集:ノオト


参考文献

(いずれも最終アクセス日は2024年2月5日)

・日本学術会議 “軍事的安全保障研究に関する検討について
・日本学術会議 “先端科学技術と「研究インテグリティ」の関係について
・一般社団法人 日本経済団体連合会 “宇宙基本計画に向けた提言(概要)
・西山淳一 “防衛技術とデュアルユース”日本学術会議主催学術フォーラム
・西山淳一 “防衛技術とデュアルユース
・下田隆二 “我が国の科学技術政策とデュアルユース技術研究:科学研究の現場への影響の視点から
・小林信一、細野光章 “大学におけるデュアルユース技術研究とガバナンスー日米比較から
・国立国会図書館レファレンス事例紹介 “ティッシュペーパーの歴史
・防衛省 “防衛技術指針2023 ―将来にわたり、技術で我が国を守り抜くために
・宇宙開発戦略本部 “宇宙基本計画
・nature “なぜ、NSABBは論文の一部削除を勧告したのか
・吉澤剛 “〈3〉開かれた時代におけるバイオセキュリティ

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