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なぜルクセンブルクは世界有数の宇宙ビジネス国家になりえたか

世界最大級の衛星通信企業であるSESが本社を構え、欧州最大規模の宇宙ビジネスカンファレンス「NewSpace Europe」を毎年開催するなど、世界の宇宙ビジネスにおいて大きな存在感を発揮しているルクセンブルク。

世界から宇宙分野の民間企業が70社以上集まっており、NASAから月への貨物輸送を委託されている日本の宇宙ベンチャー・ispaceも、2017年よりヨーロッパの事業開発拠点として同国にオフィスを構えています。

国土面積は神奈川県ほどという小国にもかかわらず、ルクセンブルクにおいて宇宙ビジネスが盛んなのはなぜなのでしょうか。


ルクセンブルクの国際力 ファースト・ムーバー・アドバンテージ

 
ルクセンブルクは、ベルギー・フランス・ドイツに囲まれたヨーロッパ西部の内陸国。国土は2586平方キロメートル、人口は65.7万人(2023年、出典:IMF)と日本の都道府県別で46 位の島根県と同じくらいです。

ルクセンブルクの位置(左)と国旗と国土(右)

1人あたりのGDPが13.2万ドルで世界1位(2023年、出典:IMF)を誇るだけでなく、公用語はルクセンブルク語、フランス語、ドイツ語の3つ。さらにビジネスで英語も話し、国内の雇用のうち45%を周囲3カ国からの越境労働者が占めているなど、国際性の高い国です。EU域内の主要都市へのアクセスもよく英語も通じることから、ブレグジット以降の欧州の玄関口として注目を集めています。

その裕福さの背景には、時代に合わせて自国が注力すべき分野を見定めいち早くリソースを投入していく、産業戦略の先見の明と柔軟性があります。

もともとルクセンブルクの成り立ちは、963年に神聖ローマ帝国においてジークフロイト伯爵家が築いた領土と、その足がかりとなったリュシリンブルフク(=小さな砦)にあります。その後は周囲の大国から支配を受けながら戦略的要塞都市として発展。1839年にロンドン条約で現在の国境が確立され、ベルギーから分離する形でルクセンブルク大公国が独立しました。

アルゼット川から望むルクセンブルク旧市街の景色

経済発展のターニングポイントとなったのが、1840年代に南部で発見された鉄鉱石です。1950年代に鉄鋼業で成長し、農業国から工業国へと転身を遂げ、1970年代まで産業の主な基盤となりました。2002年には企業合併によって世界有数の鉄鋼企業・アルセロールが誕生、2006年にはミタルと合併して世界をリードする鉄鋼メーカーであるアルセロール・ミタルが設立されます。

1960年代から金融セクターも発展し、80年代以降は投資ファンドの拠点として成長を遂げます。政府・規制当局・民間セクター間における対話と調整を重ね、現代的な法整備を敷いたことで世界中から銀行や保険会社が集まり、産業構造の中心を鉄鋼業から金融サービス業へと転換することに成功しました。金融センターは投資ファンド資産残高が米国についで世界第2位を誇るなど、今日の欧州の金融センターとしての地位を確立しています。 

さらに近年は金融機関への過度な依存を脱するため、情報通信技術(ICT)、金融とICTの融合分野であるフィンテック、電子商取引、ロジスティックス、自動車部品、医療技術、環境技術などの新しい産業の支援にも力を入れています。

このように時代に合わせて成長可能性のある分野に狙いを定め、いち早く参入し、産業基盤を作りながら先行利益を獲っていくことが、ルクセンブルクの産業戦略といえるでしょう。

いち早く宇宙ビジネスへ注力 世界2カ国目の「宇宙資源法」


1980年代に主力の鉄鋼業にかげりが見える中、ルクセンブルクが次世代産業として注目した分野の1つが宇宙産業でした。小国が国際競争に打ち勝つためには対象を絞る必要があり、他国よりもいち早く宇宙ビジネスに特化する戦略を取ることにします。

1985年に官民連携で人工衛星を使った民間通信会社SES(当時の社名はSociété Européenne des Satellites:欧州衛星会社)が設立。政府は立ち上げに直接出資をしたほか、民間では欧州初となる衛星を打ち上げた際には当時の政府予算の5%を保証に引き当てるなど、積極的に支援していきました。

2011年には初の100%ルクセンブルク製の衛星を打ち上げるなど運用機数は増え続け、その数は2024年3月時点で2つの軌道上に70機以上となっています。

90年代以降、SESは衛星テレビ放送を軸に事業を広げていきましたが(※現時点で世界10億人に提供)、近年は宇宙通信の強みを活かし、地上のキャリア通信事業者や、船や航空機といった移動体、政府機関などを対象にデータ通信事業も拡大しているところです。設立以来、衛星通信市場で世界シェア2位(2017年時点)を走り続けています。

またルクセンブルク政府の動きとしては、世界中の宇宙ベンチャーが自国でビジネスを展開できるよう、着々と支援制度や法律を整えてきた流れがあります。

2005年にはESA(European Space Agency、欧州宇宙機関)に加盟し、欧州の全地球測位衛星システム「ガリレオ」のプロジェクトにも参加表明しました。

2016年2月には企業がビジネスとして月や小惑星などから資源を採取し、商業利用するための枠組みとして「SpaceResources.lu」計画を発表。2017年7月には自国の事業者が宇宙で採掘した資源の所有権を認める「宇宙資源法」を制定します。

SpaceResources.lu」公式トップページ(ルクセンブルク宇宙局公式サイトより)

近年は小惑星にプラチナといったレアメタルが豊富にある可能性があるとわかり、アメリカでも小惑星の資源採掘を目指すベンチャー企業が2社も立ち上がるなど、宇宙資源ビジネスの機運が高まっています。そうした中でルクセンブルクは、今後の宇宙開発の民間投資の成長分野の1つに宇宙資源があることにいち早く狙いを定めたのです。

宇宙資源採掘を明確に許可する法律を制定したのは、アメリカに次いで2カ国目という早さでした(参考記事)。

産業基盤を整備し、同計画のもと関連企業の誘致を開始したところ、2017年3月に月面輸送機を開発する日本のispaceが同国政府と月の資源開発に関するMoUを締結するなど、宇宙資源ビジネスを進めるため他国の宇宙ベンチャーが次々とルクセンブルクに支社を設立していきます。

2018年にはルクセンブルク宇宙局(LSA)を発足。宇宙産業の経済的な成長の促進を最大のミッションとし、企業が新しい製品やサービスを開発できるよう、法整備や国際協力、人材開発、企業と投資家を結びつける支援を展開しています。

2019年には、ニュースペース事業者向けの宇宙法整備を促進するために、国際連合で宇宙に関する政策を担当する「国連宇宙部(UNOOSA)」と資金提供協定を結び、支援を開始。2020年にはESAと共同で、宇宙産業の研究機関とビジネス側との橋渡し役を担う「欧州宇宙資源イノベーション・センター(ESRIC)」を開設し、研究開発やナレッジマネジメント、インキュベーション、専門家が集まり、意見を交換するコミュニティの運営を行っています。各企業が自国内で宇宙ビジネスを推進しやすいよう、着々と産業基盤を固めてきたのです。

並行して、2016年より政府やESAからの後援を受け、欧州最大規模の宇宙ビジネスカンファレンス「Newspace Europe」を立ち上げます。毎年11月に開催され、宇宙産業に関する様々な企業や起業家、投資家たちが世界各国から集まり、交流を深める場にもなっています。

関連企業は70社以上 花開きつつある宇宙ビジネス


こうした宇宙ビジネスへの手厚い支援や法整備が奏功し、フィンランドで小型SAR衛星の開発運用を行うICEYEや、アメリカで船舶の位置情報や気象情報サービスを提供する超小型衛星事業者のSpire Globalなど、2022年1月時点でルクセンブルクには70社以上の宇宙企業が拠点を置いています

その1つである日本のispaceは、2020年にNASAの商業月面輸送サービス(CLPS: Commercial Lunar Payload Services)に採択されました。NASAからの依頼のもと、26年までに科学研究に用いる貨物を月周回軌道と月の裏側へ輸送する計画です。23年春に挑んだ世界の民間企業初となる月面着陸は失敗に終わってしまいましたが、24年冬の打ち上げと25年の着陸に向け、ソフトウェアの改良や着陸船の組み立てに取り組んでいます。

月輸送分野における有望企業として頭角を表し、月面での資源採掘に向け着実にステップを踏んでいるようです。

また2021年の宙畑の記事においてSpire Globalの担当者が、ルクセンブルクに支社を開設してから同国政府より人材確保の支援を受けたことで、「3年足らずで従業員を0人から65人に増やすことができた」と語っているのは興味深いです。

背景にはLSAによる支援の強化があることが同記事で示唆されており、ispaceの担当者も「LSAが設立されたことにより、宇宙開発に対するノウハウや知見、技術がルクセンブルクに集積するようになったと思います。私たちも技術開発をより加速度的に進められるようになった」振り返っていることから、ルクセンブルク政府の支援が企業の成長に着実に結びついていることが伺えます。

今年2月に東京ビッグサイトで開催された「2024国際宇宙産業展ISIEX」におけるルクセンブルク貿易投資事務所のプレゼンテーションによれば、2023年から2027年までルクセンブルクは自国の宇宙基金約180億円に加えて、ESAから総額200億円ほどの発注があるといいます。日本のJAXAの予算が2000億円程度であるのと比べると、人口が島根県と同じくらいの国が外からも200億円の発注を受けて宇宙開発に注ぎ込めるのは大きいでしょうし、さらにESAという国際的な宇宙開発プロジェクトに加担することで、自国の産業や技術レベルの向上につながるでしょう。

3つの公用語にビジネスで英語も扱うといった国際性の高さに、産業基盤の構築の速さは小国のフットワークならではといったところで、ルクセンブルクの戦略は他国が簡単に真似できるわけではないかもしれません。

しかし宇宙ビジネスを展開する上で企業が直面する課題を受け止め、しかるべき支援を施していく傾聴力と対応力の高さ 。そして自国の強みを見極め、今後の成長分野に狙いを定め、小国ながら各国に先駆けて投資をしていく点など、参考にできるポイントは大いにあるといえるでしょう。

 

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文:黒木貴啓(ノオト)

参考文献

(Webページの最終アクセス日はいずれも2024年3月25日)

・石田真康(2017).『宇宙ビジネス入門 NewSpace革命の全貌』.日経BP
・稲波紀明(2022).『よくわかる宇宙ビジネス 日本初サラリーマン宇宙旅行者からの提言』.講談社
・井上榛香.”「小国こそイノベーティブであれ」ルクセンブルク政府が30年以上、宇宙産業に投資を続ける理由_PR”.宙畑.2021年10月6日
・井上榛香.”ispaceとSpire Globalに聞く、宇宙ビジネス拠点としてルクセンブルクが選ばれるワケ”.宙畑.2021年10月18日
・外務省.” ルクセンブルク大公国 基礎データ”.2024年2月2日
・”いち早い「宇宙資源法」の施行から約5年、ルクセンブルクの宇宙資源探査の現在地”.WIRED.2023年2月1日
・川原聡史.”「民間の月着陸」で米社先陣 日本のispaceは24年再挑戦”.日本経済新聞. 2024年2月23日
・在ルクセンブルク日本国大使館.”ルクセンブルク情勢 ~2021年を振り返って~”.2022年1月 
・ルクセンブルク商業会議所.”ルクセンブルクの経済: オープン、ダイナミック、信頼性“.2017年6月
・ルクセンブルク政府広報局出版部門.” ルクセンブルク大公国徹底解説”.2015年3月

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