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雨の功罪

音が無かった。

焦点が定まらない視点が、新緑を湛えた木と思しきものを映している。

香りは夏のそれだが、私の体は冷え切っていた。

汗もなく、ただ立ち尽くしている。

視界がぼやけている。

涙があるわけでもない。

風景が、頼りない輪郭となって、網膜に投影されている。

それは、雨、だった。

私と私以外を隔てる窓に、雨が何かを訴えかけるように打ち付けていた。

雨だ。

ザーザー

バチバチ

急に耳からなだれ込む、音。

さっきまで、そんなものは無かったはずなのに。

淡く、私がどこにいるかもわからないまどろみの中から、首根っこを捕まれた猫のように、今に引き戻される。

否応なく、今へ。

あっ

たぶん、誰にも聞こえない声。

この窓を壊して、あちらへ行きたいと、こちらに留まりたいが、音に乱反射し、騒々しさを増していた。

木々とは対象的に、ガラスに映る私は、自分が思っている以上に、明瞭な輪郭を示していた。

圧倒的な「生」。

そして、それから逃避したい欲望の衝突。


私の中の私が絞り出した、生への残滓。

それが私の目を閉じさせない。

見よ。これが私だ。と。

これが「生」だと。

気がつけば、雨は止んでいた。

西日と木々が混ざり合い、茜色に染まった小さなキャンバス。

ガラスを人差し指でなぞってみる。

少し困った笑顔で、そしては私は窓を開けたのだ。

ささやかな、生の残滓の香りを、この胸にまた抱えながら。

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