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トイレットペーパードライバー

花粉症の季節、これからデートな雰囲気のつや髪かわいい女の子が「ぶぇぇぇぇくしょん!!!!!」と近所のおっさんみたいなクシャミをするのを見た。済まし顔で鼻をすすってた。胸きゅん。


「ギャップ萌え」っていつから言い出したんだろうか。

こんなかわいい子の中にもおっさんがいるぞ!!!な瞬間に出会うと私は嬉しくてたまらない。ニヤニヤが止まらない。ちょっと変態かもしれない。

色んな意味で、クシャミひとつにドキッとしてしまう今がある。


2月のはじめ、四国に降り立った。

千葉から車で旅に出た友人に便乗して、女子4人で農園めぐりの田舎旅。

成田ナンバーで四国まで孤独にぶっ飛ばしてきたるーちゃんが、合流する3人を高松空港まで迎えに来てくれた。

「ひとりで寂しかったー!!」


怖いもの見たさの天才な彼女は"全財産10万円を使い行けるとこまで行く"チャレンジ真っただ中で、会った瞬間みんなをハグして叫んだ。

「歯ブラシで納豆食べてるのTwitterで見てたよ、よく生きてたね!」

ねぎらいの言葉をかける感動の再会。旅はいつでもドラマチック。



「おしっこしたくなってきた!まだしばらくトイレないよね!?」

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(地図を拡大してビビった、完全にヤバいルート)

地元のおじいちゃんからみかんを買って、山間部の村へ向かう途中だった。
この先に道の駅もコンビニもないタイミングで、容赦なくやってくるのがTHE尿意。

頻尿の自覚があるから長時間の移動はいつも水分に気をつけているんだけど、申し訳ない気持ちになる。わずらわせてごめん…


「あ!私もしたい、そこら辺に茂みないかな」

「うんち出るかも!」

「どっかいい感じの茂みないかな?茂み茂み」


シティーぶって遠慮してた自分はなんだったんだと思うほど、みんなの自由は野生動物だった。
カーブの向こうに車が停められそうな、ほらちょっとした草地があるよ。

道路から見えないよう順番に人柱となって用を足す中、「じゃあうんちしてくるね〜」とひとり枝をかき分け足場の悪い斜面を登っていく、ラスボス感溢れる新米農家の友人。

その背中はただ排泄しに行くだけなのに、どうしてこんなに頼もしく見えるのだろう。ティッシュはいらないと彼女は言った。

「いい感じの葉っぱあったよー!!!」


エメラルドグリーンの美しい川を眺めながら待っていたら、セレブみたいな毛足の長いフワフワなコートにいっぱい枯葉をくっつけて、清々しい顔で彼女は帰ってきた。

「あ、おかえりー!!」

おしりを拭くのにちょうどいい葉っぱがあった、と告げられただけなのに、よく分からない感動というか喜びが込み上げてきて戸惑った。


SNSのデマでトイレットペーパーが買い占められる騒動が起こった。
これまでにないことが世界中で起こってみんな不安で、転売して儲けたい人が流した嘘とか言われるけどよく分からない。

売り場の棚がすっからかんになった写真を目にしても、スーパーで「いつ買えるんですか?」と店員さんに詰め寄る人を見ても、家の在庫が1ロールを切っても、私は不思議とへっちゃらだった。

だって水はあるし布もあるし、外には草も生えてるよ。
ハラハラしてる夫を前に、頭の中にはあのときの連れ野ションの光景が浮かんだ。


都会には何でもあるって言うけど、本当はなんにもないんだなぁ。

緊急事態宣言が出る、食べもの用意してある?と実家の母からLINEが来た。
いざとなったら人間は塩と水があれば1ヶ月くらい食べなくたって生きられるという。かつて摂食障害になって食事を絶ったとき、不健康ながら体の底力に感心したっけ。

世の中には何も食べずに生きている不食を実践している人達が居るそうだけど、食べるの大好きだからやりたくはないなぁ。

ありがたいことに、スーパーはいつも通り営業してくれている。
未来の楽しみがほしくて家の中で野菜の種を撒いてみたら、イマイチな日当たりもなんのその彼らはすくすくと育っていく。


「野ぐその伊沢さんって知ってる?」

なんか聞いたことあるね、と車に乗り込んで言う。

検索してみたら野ぐそを続けて40数年、「奥さんよりもウンコを選んだ」という強烈すぎる記事が出てきた。何があったんだ。
伊沢さんは元々は自然写真家で、今は糞土師として活動しているらしい。インタビューに答える姿はとてもイキイキしていた。おしりを拭くのに高級ティッシュより肌触りのいい葉っぱがあるんだって。

"葉っぱのぐそをはじめよう"というクールでポップなタイトルの本を出版していた。


「本当に人生って好きにすれば良すぎパラダイスだね。将来の進路は野グソって言ったら親にめっちゃ反対されそうだけど!(笑)」

伊沢さんがおぎゃーっと生まれたとき、そんな未来は誰も予想していなかっただろうなぁ。


「わたし海を見ながらおしっこするの好き、めっちゃ解放感あるよ!」

目玉焼きは醤油よりソースが美味い!みたいなノリで言う、所持金ほぼゼロになったたくましいるーちゃん。
彼女はかつて、「萌え〜」を世に広めた人気アイドルだった。


野生味溢れる美人ってかっこいいな、と思う。
(るーちゃんはその後、自作の写真集がたくさん売れてお金が入ってきたらしい。最強)

インドネシアにいる友人は「生き延びたいより、生きたいと思ってる。生きて死にたい」と言った。

「自粛」とは過剰に控えたり縮こまることではなくて"自分を粛々と生きること"だとも言った。


つらいニュースばかり見ていると忘れそうになるけれど。

私たちは恐怖から逃れるため生き延びようとしているのではなくて、色んなサプライズをカマされながらも泣いて笑って、今を生きている。


わたしもしょっちゅう「もうだめだ死にたい」とか言うけれどめっちゃ生きたいし、夫に隠しているチョコパイ(おやつへそくり)を今日も家でこっそり食べる。

おしり拭きやすい葉っぱ、育てようかなぁと思う。



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