日記:トイレに残された香水(2024/03/24(日))
駅ビルのトイレでズボンを脱ごうとしたら、トイレットペーパーホルダーの上に赤い小瓶を見つけた。
これは、忘れ物じゃないか!
小瓶を引っ掴んでドアを開けると、ハンドドライヤーで手を乾かしている女性と目が合う。
「あの、これ」
「あっ。わたしじゃないです」
何か言いかけるよりも早く、その人は笑顔で手を左右に振った。
(分かってますよ、置いてありましたよね)
そう優しい目で言いながら。
あ、はい……。
すごすごと個室から乗り出した半身を引っ込め、小瓶をトイレットペーパーホルダーの上へ戻した。
手を動かす必要のない数秒間。見るものがなくて小瓶に視線を向ける。
リップグロスかと思った赤い小瓶は、よく見ると香水だった。トイレのついでにつけ直して忘れてしまったのだろうか。
用が済み、香水を目立つように洗面台へ移動させようか迷ったが、持ち主が見落とす可能性を考えて動かさないことにした。後から入った人には、わたしが忘れたように見えるだろう。
あの香水を見て慌ててドアを開けた人が、今日は何人いたのだろうか。忘れ物の小瓶が人のやさしさを可視化していると思うと、すこし可笑しかった。
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