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転居と旅と

日本語で文章を書かなくなって、気付けば長い時間が経ってしまっていた。

というのも、夫の転勤に伴い年始に引っ越しをし、今はフランス国内の地方都市に住んでいる。私の仕事はパリのままなので、普段はリモートで働き月に一、二度出社している。
新しい生活にも慣れ、順調でないことは何もないのだが、半年暮らしてみて夫婦ともどもこの町が気に入っていない。天候や建築に影響される町の佇まいに愛着を覚えるという意味でも、単純に利便性の面でも、美術館や博物館の充実度にも、良さを見出せずにいる。
けれどこの地のマイナスポイントを挙げ連ねても仕方ないし――その気になればすぐにここから出ることも可能だから、なおさら――、かと言って愛していたプロヴァンスの風景やパリの日々をタイムラグとともに綴る気にもなれず、筆を執る機会を失っていた。

そうしてnoteを開くことも少なくなっていたのだが、半月ほど前から再び覗き始めて、旅したい土地の情景や人々の暮らし、食卓、あるいは言語――知らないことを知るのが好きな自分の好奇心を静かに刺激してくれるこの空間、居心地がいいなと改めて感じた。
このプラットフォームの片隅で、私も小さな発着駅であれたらなと思いこの記事を書いている。


越して来てからの数か月、私たちの気持ちはこの町に馴染んでいくよりむしろ外に出る方に自然と向いて行った。コロナウイルスに関わる心配が激減したという外的条件も働き、これまでに三度外国へ行った。
イタリアはトリノ、ミラノ。スイスのジュネーヴ。フランス国境から近いドイツのバーデンバーデン。

フランスに暮らしてもうすぐ五年になるが、フランス語圏から出たのが実は初めてだった。
数か国に隣接し移動は自由にできても、一たび国境を越えると全く違う国に入ったのが肌で分かり、物理的な距離では測れない「異」の体感は新鮮で面白かった。
言語が違う、道路標識が違う、食事やその時間帯など生活習慣が違う。ジュネーヴはフランス語圏だが通貨も物価も異なれば街並みも変わり、外国なんだと実感があった。
大小様々な国があり、個々に(国自体の編成も時代とともに変遷するが、それも含めて)長い歴史と文化を持っている。この多様性の含有はヨーロッパ大陸の美しさの一つだと思う。

発見を重ねるたびに心は踊るし、小さな知の蓄積も楽しいが、こうした短い異体験より先に行くには二、三日の滞在では足りない。訪れたある場所が気に入ったらそこからより深く、町や地方や言葉、人々を知っていくのも面白い道のりだろう。魅力的な町が溢れているから、全部を求めることはできないのだけれど。


六月も下旬になり、夏期休暇中の滞在先をそろそろ決定せねばならない。可能な旅をいくつか思い描くうちに夢中になり、noteの記事からもインスピレーションや情報をいただいて具体的な行程の計画を立て始めるのだが、今回行けるのは一か所だ。


夏休みの予約もこれからというのに、夏至は明日。時の過ぎゆくのは速い。