ネットの弱点

クラスター化

小さな集団になってしまって、他の意見を受け付けなくなる。
クラスター化してしまうと自分と近い意見の人たちだけを受け入れるようになって、他に意見はいっぱいあるのにそれを無視することが可能。

インターネットというのは人を集めるのに便利だから、自分の意見と違う人がいた場合にその人たちを排除しても、また全然遠くから自分の意見と近いという人をいくらでも集めてこれる。

なので、意見の近い人だけがまとまりやすいという性質がある。

繋がりやすさが仇になってるわけです。

そうすると、例えばインターネットがなかった頃はどうだったかというと、自分の意見と違う人がいても、その人と上手くやらないと地域が上手くいきませんとか、会社が上手くいきませんとか、そういうことがあったわけですね。
だから、嫌でもなんとかしなきゃいけないっていう努力をみんなができたんですけど、今インターネットの中でそういうことをしなくて済んじゃう。

リツイートっていうのがありますね。
自分の意見と違う意見はRTせずに、自分の意見と近い意見だけをRTしていて、もう世間が自分の意見と同じであるかのように、過ごすことが出来ちゃうんですね。

なので、自分の意見と違う人に触れる機会がなくなっちゃう。

よくテレビでコメンテーターが一つの意見を言って、まあそんな意見もあるかなぁと思ったらネット炎上とかいって、それに対して物凄くバッシングが出てきて、今度はそれを感知したテレビ局のスタッフが「あの…炎上しないように…なんかもうちょうとまるい意見でお願いします」みたいなね、なんかそういうような世界にもなってきて、怖いなと思うんですよ。(炎上させてるのは1%以下)

炎上は起こった方がいい

本当はでも炎上は起こった方がいいんですよね。
脳の為にはね。

脳の為には炎上が起こった方がよくて、違う意見の人がいるんだなって、自分と違う反応をする人がいるんだなってことを知ることが一番脳にとっては栄養なので、それがない世界にインターネットがあることに(よって)なっちゃってるってのが一番よくないですね。

成長できる可能性をわざわざ自分から捨ててるようなものです。
神経細胞が成長する代わりにネットが成長してるという…。

悪いねボタンはあり得ない?

本当は大人な振るまいができる人がたくさんいれば悪いねボタンっていうのはあってもいいと思うんですけどね、だけども、残念ながら今のネットの社会っていうのはちょっと幼稚であって、建設的な議論になる前に、なんかこう人格攻撃のつまんない応酬になっちゃったりっていうことが起きがちですよね。
そういうことは、まだまだこれからだな…っていう風に感じるところでもあります。

日本人のマインドってやっぱり共同意識が強いから、凄くみんなと一緒だっていうのがいい~、心地のいい民族でもあるっていうのがあるんですよね。

共同体の意識が物凄く強いところですよね、日本っていうのは。
これは、オキシトシンという物質の良いところと悪いところが両方出てるんです。
良いところは仲間意識を強めるっていう効果なんですけども、オキシトシンのネガティブエフェクトは仲間でない人を排除する、っていう機能が凄く高くなるんですね。なんで、排外感情とか、自分の意見とちょっとでもずれてる人を、もう、凄く叩くっていうところに意識が向きやすい。
これが凄く顕著に出てるのがネットの世界だなって感じました。

じゃあ、ネット以外のメディアで、そういう脳を活性化させるためにはどういうメディアがあるんでしょうかね。

やっぱりテレビとかラジオっていうのが必要だなって思うのは、自分の意見と違う意見を聞くことができるし、自分では決して集めないような情報を流してくれるキュレーションっていうスタイルを取っているので、それを自分の意見と違うから見ない、聞かないっていうのはやっぱり勿体ないなって思うんですね。

自分の意見と違うものほど見たり聞いたりする。

インターネットをやっている人は自分の周りに同じ意見の人ばかり集めていないか、気を付けましょう。

出典:ラジオ土曜朝イチエンタ。堀尾正明+PLUS!「中野信子の、人生を変える脳の使い方」内、中野信子さん発言より抜粋

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