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2023年J1第1節 広島0−0札幌 所感

■布陣と試合概略

 3ヶ月近く続いたシーズンオフがあっという間に終わり、迎えた23年シーズンの開幕。広島が圧倒的に試合を支配し(意外にも、ボール保持率は札幌のほうが上だったというのは面白い)、札幌のGK菅野が再三の好セーブでチームを救うという、記事の見出しを付けやすい展開であった。しかし、先期の第33節に、しかも同じ会場で対戦している相手ということもあり、その試合からの繋がりを意識すると、いくつか興味深い点が見えてくる。追って詳述するが、広島は敗れた先期のホーム最終戦でのマイナス材料をしっかり改善していた。その結果が、札幌のそれを圧倒した広島のシュート数である。

 さて、例年にも増してキャンプでの追い込みをかけていた札幌は、数名の負傷者を抱えていた。特に、大外に安全なボールの迂回路を作れる存在でありながら、同時に群を抜くアドリブ力で左アウトサイドから内側に侵入してくる忍者・フェルナンデスの不在は、後述する広島の戦術意図とも重なって、札幌にとっては終始大きなくびきとなった。新加入の浅野は意外にも右WBで先発するも特段のメリットをもたらせず。逆に先発が予想されながらベンチに座った小林は46分から出場、高い能力の一端を見せている。

 キャンプでは4バックを試行していた広島だが、国内合宿では先期の定型だった3バックに回帰、果たしてこの試合でも両WB以外は先期の主力メンバーを並べてきた。しかし、この両WBがしっかりと役割を果たしたことで、試合を終始支配。特に先期の開幕戦では強化指定選手という立場で先発した桐蔭横浜大出身の右WB・中野の溌剌ぶりは目を引いた。

■ポイント1 広島のプレッシングの構造

 試合が始まってしばらく経つと、違和感を感じた。先期33節での対戦時に比べて、広島による「プレスの距離」が長いのだ。

 広島の武器が、敵から「時間」を奪うために、高速・高頻度で繰り返されるアグレッシブなプレッシングであることは言うまでもない。もう少し具体的に表現すると、前線の3名+CMF2名を必須で含み、要に応じてボールサイドのCBとWBも加勢する極小のクローズド・サークルを作ることが、その要諦だ。逆サイドへの展開を予め規制することで、狭いワンサイドでボールを回すことを強制し、ミスをしやすい状況を作る。4−1−5/4-1-4-1の並びで開始される札幌の前進の初期段階において、それぞれのユニットの構成員は横方向に広がっているので、ワンサイドに追い込まれた状態にある札幌の選手には、少ない選択肢しか残されない。

 先期第33節の対戦時は、宮澤がこのサークルの中に侵入し、マークを引きつけることでサークルを歪ませる役目、いわばバグを引き起こすウィルスとして機能した。そして、宮澤が中からサークルを壊す一方、サークル外でのボールの逃しどころ、いわばバックドアとして機能していたのが、ルーカス・フェルナンデスだ。WBが早い段階でこのサークル形成に加勢することもあって、広大に空いているスペースに侵入、そこから直接ゴール方向に向かうなどのアレンジも自由自在の彼は、宮澤と異なるやり方で、このサークルを無力化することに寄与した。

 この2人の仕事が有効に作用したのは、それだけ広島がサークル作りに多人数を割いているがゆえ。「マンツーマン」ではない広島のプレッシング手法においては、各構成員の中間というスペースを占有している選手による影響を、その構成員の複数が直接受ける。ウィルス駆除に複数人が同時に回ることもある。その反動として、広大なスペースが生じ、尚且つそこをケアする人の数が不足する。

 広島が防ぎたかったのは、この現象だったのではないだろうか。広島の右WB中野は、前に出てこない。左WBの東も、対面の浅野の位置に対して従属的だった。彼らは、対面の相手が背中を向けて戻らない限り、前線でのプレッシングには加勢しなかった。これにより、構成人員がいつもより少ないぶん、サークルを構成する前線の3名+CMFの2名の移動距離が大きくなっていたのだ。一見、消極的に映るこの策が、実は却って札幌を苦しめた。

 WBという迂回経路を予め封鎖された札幌の後方ユニットは、サークルを作らない広島の最前線をかわして、前線の3名にボールを送る。広島の3CBはこのボールに食いついて、前向きに跳ね返すことでセカンドボールを発生させる。そして、それをCMFが回収することで、広島はボールを保持するようになっていく。

黒線:実際のボールの動き、青線:実現できなかったボールの動き

■ポイント2 広島の前方ユニット5名の運動量により生じた「マンツーマン」状態

 WBへの直通路を使いにくくなっていた札幌は、広島のやり方を理解し、とにかく一度中央を経由してから、大外へボールを流すという工程を辿る必要がどうしてもあった。

 そして、対面のCBたちの食いつきが早いので、のんびりとボールを納められない札幌の前線のメンバーは、この工程でダイレクトパスを多用。DAZN配信で実況を担当していた江本一真氏は、札幌がこの手順を「徹底」していることに言及していたが、札幌が主体的に「徹底」したというよりは、させられたのではないか?という気がする。

 札幌は例によって後方ユニットの形状をランダムに変えながら、前向きになれる場所を探していくが、広島の前線のメンバーが縦にも横にもスプリントできることに苦しめられた。特に、ハーフスペースを縦に駆けてから大外にスライドし、さらに所謂プレスバックも課せられていた満田・川村のそれは脅威だった。後方ユニットからのパスの受け手となる前方ユニットも、広島の3CBとWBに自由を奪われ続けていた。

 …と、ここまで書いてはたと気付くのだが、これって実質的には「マンツーマン」ではないか。

 先期、札幌を散々に苦しめた鳥栖のプレッシングがフラッシュバックする。札幌にとって「マンツーマン」が厄介な理由としては、前進の初期工程から選手が散開しているために個々がボールを運ばねばならない距離が長いこと、選手間の距離や位置関係がランダムに変わるため、パスの出し手と受け手との間の意思疎通に多少なりともタイムラグが生じやすいこと、の2点がある。ちょっとだけあるこの隙が、「時間」を敵から奪いたい広島にとって、美味しい撒き餌になってしまう。

 そして、このような、中央でボールの奪い合いが生じるという状況は、広島の立場に立てば、中央から攻撃を開始できるということでもある。前述の通り、札幌の3CB+2CMFは左右に散開していたり、低い位置に留まっていたりするから、ミドルゾーンで野津田や松本がボールを前向きの状態でキープすることは難しくなかった。こうなってしまえば、広島がボールを保持して試合を支配できるのは自明の理だ。しかも、この日の広島は二列目の左に川村を、左WBに東を置いていた。いずれも左利きの選手だ。奪ったボールをシンプルに縦方向に運ぶための人選といえる。

■ポイント3 自らカオスを招来した札幌。小林の1トップ配置が意味するものとは

 札幌はこの、ボールが前後に行き交う状況を甘受しつつ、どこかに橋頭堡を築く必要があったのだが、これがうまくいかなかった。

 特にネックになったのが、荒木とマッチアップした金のところだ。足元でボールを受けてからターンで前を向くプレイには流石のスムーズさを披露する一方、ハイボールに対しては、ボールの落下点でぶつかり合いになかなか勝てない。こればかりは仕方ないことで、その彼に向けてハイボールを蹴ること自体が問題だった。そして、前線に送り込んだボールがすぐに返ってくる状態では、こちらのCMFが広島のCMFに圧をかけることは難しい(下がった状態から出て行かねばならないからだ)。 

 後半、金子との数度のポジションチェンジ以外には目立つプレイのなかった浅野が下がり、小林が二列目の右に入る。これにより金子がいつもの右WBにシフトしたのだが、主たる目的はもちろん金子のシフトでなく、小林の能力をボール保持の局面で活かすことにあったと思う。事実、前線にボールがどうにかこうにか入ってきたシーンでの危険なエリアへの運び方には彼らしさがあったし、極端に下がることで田中駿のオーバーラップを促すなどの工夫もしてくれていた。「マンツーマン」原理主義に殉ずることが求められる非保持の局面においても、中央エリアへのパスコースをさりげなく消しながら佐々木に圧をかけていたところには、さすがの教養を感じさせた。

 ただ、時間の経過とともに「前線にボールがどうにかこうにか入って」くること自体が減っていった。広島のプレッシングに足を使わされて続けていたことによる疲労によるものだろう。面白いもので、広島の選手に「時間」を奪われ続けた札幌の選手たちは、「時間」があるシーンでも、雑なパスを慌てて繰り出しては、広島の選手を利するようになっていく。広島の選手たちの残像に追い立てられていたようだった。60分近くからは、特に押し込まれ続けた。

 この時間帯における岡村、宮澤、そして言うまでもなく菅野の活躍は出色のひと言。「攻撃的」であることを標榜しながら、攻撃力を喪失していたチームが、後方に引きこもって耐え忍んだときに強さを発揮するというのは少々意外だったが、思い起こせば先期の序盤もこのような展開はあった。また、広島のセンタリングからのゴールへの迫り方にも少し工夫〜ニアサイドでのフリック等〜が不足していたかもしれない。そんな広島にとってみれば、ボールがゴールラインを割っていたように見えた75分のシーンは不幸そのものだろう。御厨主審が得点を認めて笛を吹いていたら、結局、証拠不十分でその判定がフォローされていたのだろうか?

 試合終盤にバタバタと繰り返されたベンチワークに特筆する要素はないが、小林と金の配置転換については、触れておく必要があるだろう。金に中央でボールを納める仕事を任せるには酷、という判断がなされたのか、小林のクレバーさが、荒木の視界から消えたところで背後を突くことに活かせるとの見立てがあったのか。いずれにせよ、ボールを前向きで持てる機会が増えた金は推進力の高さを見せていたし、小林は荒木を困らせかけていた。スペースに放り出されたラフなボールを、その金に替わった中島が追いかけ、追いついてもいたことも、気には留めておきたい。  

■総括 フリーポジション化に求められるアドリブ力と「止める・蹴る」の正確性。産みの苦しみは続くはず

 札幌にとっては勝ちに等しい引き分けだといえる。ボールを前に運ぶことも、チャンスを作ることも、数は少ないができてはいたが、試合の大勢は広島の掌中にあったといってよい。

 それを可能にしたのは、前述の通り、札幌のWBを警戒することで、原理主義的なそれではないながらも実質的に「マンツーマン」として機能した広島のプレッシングである。おそらく、相手が札幌で無ければ、「時間」を奪うという思想の根本こそ共通しても、実体は異なっていたはずだ。たとえば、WBはもう少し早いタイミングで縦スライドをする、というように。3ヶ月以上前とはいえ、同じスタジアムで行われた直近の試合である先期33節の対戦をいわば前半と見立て、平素の形とは異なる形を含むものであっても、的確な修正がなされた結果が、見ての通りの試合内容だ。札幌の前進経路に悉く置き石をするやり方は、自分たちの前進経路を整地する手段とも一体化しているという点で、優れていた。先期の上位チームにそのような策を採らせたということは、札幌がリスペクトされている、ということかもしれない。

 さて、勝点1をまさに拾った札幌の試合内容について、特別に悲観する必要はないだろう。広島のプレッシングを回避すること自体は何度か出来ていたし、広島のDFラインの背後を突くことも同様だ。負傷者、特にフェルナンデスが戻ってくれば、従来通り、左外を使った前進がスムーズになることは期待できる。

 改善されるべきなのは前線の人選、あるいは入れるボールの種類だろう。滞空時間の長いボールを金に競らせるのは酷だ。そして、他の選手もそれに相応しいタイプでないことを踏まえると、飛距離は長いボールであっても、DFラインの背後に落ちる速度のあるボールの供給がベターなように思われる。この点を考慮すると、宮澤と福森の存在は当面大きなものになっていくかもしれない。ボールの納まりどころがない→被速攻の増加という流れがどの試合でも起こるとすれば、岡村の存在も当面不可欠であるだろうが、その彼は飛距離のあるボールの質に改善の余地があるからだ(飛距離は出るが山なりのボールがまだまだ多い)。また、そのボールの受け手としても、より適した人材がいるだろう。先期最終節の清水戦で、精力的かつ豪快なランニングで金にスペースを提供することで二得点に絡んだ中島の台頭に期待したいところだ。

 あとは、後方ユニットがプレッシングを受けている段階でのボール保持を、もう少し安定させることが必要そうだ。選手同士の位置関係も距離の大小も、ランダムに変わる札幌のやり方においては、個々のボールを扱う能力にせよ、どの位置の誰にボールを渡すかという瞬時の判断の確かさにしろ、高い水準が求められる。小林にしろ福森にしろ田中駿にしろ、そしてこの試合ではベンチに座った西にしろ、この点についてはいずれも一廉の選手たちだ。ただ、このランダム性という、ときに自縄自縛のジレンマをもたらすドグマがある限り、いくら質の高い選手であっても、実践を重ねながら慣らしていく必要があるということだろう。

 シーズンは長い。いくら5期ぶんの積み上げがあるとはいっても、その積み上げようとしているものそのものが、アヴァンギャルドな要素を多く含む札幌においては、積み上げは遅々として進んでいないようにも見えてしまう。イライラしもするだろう。しかし、その過程で、選手個々のキラリと光るレベルアップの瞬間にも、立ち会えるタイミングがあるはずだ。「マンツーマン」と、高いアドリブ力が求められることとで構成される、タフなサッカースタイルという洗礼を経て、多くの選手が、高嶺のように一段上のステップに進むこと(移籍すること、という意味に限らない)を、今期も楽しみにしている。

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