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書評:喰う寝るふたり住むふたり(日暮キノコ)


Twitterで4℃やサイゼや全裸中年男性と並び一大ジャンルとして確立されているのが、配偶者の悪口だろう。タイムラインを開けば、男女問わず配偶者がいかに駄目かを力説する投稿が流れ、家事育児に非協力的な旦那を漫画にした画像がバズっている様子を遠目に見ることになる。実名のFacebookですら、旦那の悪口を延々と垂れながすメンヘラ奥様が稀に観測される。

あの手の投稿を見るたびに、
「SNSに愚痴書いてスッキリしてる暇あったら面と向かって話し合ったら?」
という身も蓋もないことを思うのだが、どうも多くの大人にとってそれが難しいらしい。

…という訳で前置きが長くなったが、夫婦のすれ違いというのは現代社会において深刻ですよねというお話を漫画にしたのがこちらの作品。同棲中のアラサーカップルのすれ違いを描いているだけなのだが、結婚のタイミングやお金の使い方、セックスの回数、過去の友達との向き合い方など多岐にわたるテーマをうまくまとめており、「なるほど」と頷かされる。

この作品が上手いのが、一つのテーマに付き男女それぞれの視点で別の話として書いているため、同じ出来事でも立場によってまったく見え方が違うと後から分かる仕組みだ。漫画は神の視点で進むことが一般的なので、この仕掛けは非常に良くできていると思う。全5巻と短いので、あまりくどくないのも良い。

よくTwitterでバズる旦那や妻の悪口も、一方側の話しか流れてこないので相手が絶対的な悪として描かれることが多いが、DVなど極端なケースを除けば案外こんなもんなんじゃないのと思わなくもない。SNSの世界では我々は相手の意見を聞くことができないのだから。

本作を通じて強調されているのが、コミュニケーションの大切さだ。言ったつもり、伝えたつもりが相手にとっては説明不足と受け取られ、雰囲気が悪くなるということが繰り返し描かれている。これは現実世界における配偶者やパートナーとの関係にもそのまま当てはまるのではないかと思う。子供と違って、血の繋がっていない相手な訳で。

ということで、SNSに相手の悪口を書いて承認欲求を満たしている暇があったら、膝を突き合わせてじっくり会話するべきだというのが本作を読んで私が学んだことだ。今振り返っても、これは人生で最も大事な教えだったかもしれない。

日暮キノコ先生といえば青少年のリビドーや悶々とした感じを表現したモンクロチョウや性転換を描いた個人差あり〼といった尖った作品が印象的で読む人を選ぶ作者ではあるが、喰う寝るふたり住むふたりに関しては万人受けする作品なので、新婚さんから夫婦仲に疑問点がある人まで、幅広い人に是非読んでほしい。

Twitterはネガティブな感情が刺激されるSNSだが、空気を読まずに妻への愛を叫び続けるくらいの方が良いに決まっている。こういうのでいいんだよ、こういうので。

ちなみに最近続編が始まったのだけど、30代中盤に入ってからの妊活など結構重めなテーマもあり、新しい境地に挑戦している感じが伝わる。個人的に不妊治療など当事者であることもあり、前作ほどのんびり読める感じではないが、それでも結構好きである。


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