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Twitterデトックス

トイレで何の気なしにスマホを取り出し、おもむろにTwitterを開いた。そこではいつも通り誰かが誰かを晒していて、いつも通り新聞記者や人文系の学者が馬鹿なことを言っていて、いつも通り怒りや嫉妬などの卑しい心情を催す投稿が並んでいた。当然、その一員としてタイムラインの話題に飛びつき、日常運転で人を小馬鹿にするような投稿をネットの海に放流した。

いつもと違ったのは、そこが自宅ではなく、大自然の中にあるキャンプ場だったということだ。薄手のパーカーでは少し肌寒く、トイレの外では虫の音色が響いていた。

その瞬間、大自然の中で必死にスマホの画面を凝視している自分を客観視してすごく嫌な気分になった。澄んだ空気、満天の星空、パチパチと爆ぜる音をたてて揺らめく炎。キラキラと目を輝かせる子どもたちを差し置いて、Twitterでどのネタが受けるかを熟考するという選択肢を取る自分はあまりにも愚かで、スマホに脳を乗っ取られたようで哀れだった。

新型コロナを契機にTwitterに本腰を入れて3年。そこそこのフォロワーを得て、文章を書くだけで月々の書籍代と飲み代くらいは転がり込んでくるようになった。普段の生活圏内では出会えないような人と会うのは楽しいし、得難い経験をしていると思う。ただ、家族と一緒にいるキャンプ場で必死にスマホの画面を凝視するような人間になりたいかと言われると、話は別だ。iPhoneからアプリを削除することに躊躇はなかった。

Twitterを手放した生活とは果たしてどんなものか。個人的にもどうなるのか興味深かったが、結論から言うと一切の支障がなかった。むしろ、良いことだらけだった。(頂いたDMを放置していたことだけは申し訳ないです)

まず、家族との会話が増えた。これまでも子供の前では極力Twitterには触らないようにしていたつもりだったが、恥ずかしながらできていなかったようだ。会話がないときでも、僅かな変化に気がつくようになった。

一人の時間も激変した。コンビニのレジを待ってるとき、トイレに座った瞬間、エスカレーターに乗っている時間。Twitterというのはちょっと手持ち無沙汰な時間を埋めてくれるツールではあるが、なければないでなんとかなる。むしろ、脳が世界に常時接続されているという環境が実はストレスになっていたこということを初めて実感した。

旅行中、自動車やベッドにスマホを置き忘れるということが何度もあった。近年、酔っ払っった時以外はまったくなかった現象だが、裏を返せば常にスマホを見ていたことになる。自分の場合、それはTwitterのタイムラインを眺めていたということにほかならない。

タワマン文学なんていう露悪的なものを流行らせてしまった自分で言うのもなんだが、Twitterというのは、より刺激的で、より扇状的で、より負の感情を揺さぶる投稿が拡散するプラットフォームだ。インプレッションに応じた収益が生まれるようになったことで、今後、その傾向はより加速するだろう。

洪水のような情報を前に、そして世間(と我々が思わされているもの)からの反応を前に、正気を保つことができる人間は決して多くはない。個人的に取り込まれないように気をつけていたつもりだが、あの世界にかなり毒されていたと今ならわかる。

夏休み中、家族や友人との時間を過ごす上で、Twitterからの情報がなければ困るということは一切なかった。当たり前ではあるが、ご当地のビールを片手に旧友とバーベキューをしながら互いの近況報告をする間、タイムラインで誰が炎上しているか、どの話題が燃えているかなんて気にする必要はない。むしろ、これまでトイレのたびにタイムラインを覗くことで思考が途切れていたことの方が異常だった。

人間は社会的動物だ。SNS上の繋がりが現実社会で足りない部分を補完することも、それが人生の潤いになることもあるだろう。しかし、呑み込まれていいことなんて何もない。自分でコントロールできないものには、極力近づかないほうが良い。これが一週間にわたるデジタルデトックスの成果だ。

…なんてことを思ってたんだけど、東京に帰ってきて、肌にまとわりつく生暖かく湿り気のある濁った空気を吸いながら眺めるタイムラインでは、相変わらず誰かが誰かを晒していて、相変わらず新聞記者や人文系の学者が馬鹿なことを言っていて、相変わらず怒りや嫉妬などの卑しい心情を催す投稿が並んでいて、これはこれで良いなと思った。

大自然の中で家族と過ごす瞬間や旧友と酒を飲み交わす最中にTwitterなんて必要ないけど、東京というゴミ溜めのような都市でストレスをためながら暮らす中、自分より明確に「下」の人間がたくさんいるということを確認できる点にのみTwitterの存在意義はあるらしい。これからも10万人弱のフォロワーに対して東京砂漠で消耗する裸踊りを見せつけることで、自分なりのバリューを出していきたい。TwitterBlueへの登録も完了したし、人を嫌な気分にさせることで小銭拾いに精を出していこうと思います。おしまい。


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