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夜道と高級時計

 「トケマッチ元代表を指名手配 高級腕時計18億円戻ってこない」(テレ朝news)
 「高級腕時計“海外買い付け”で報酬のはずが…1800万円の負債 業者と連絡取れず」(テレ朝news)

 高級時計をめぐる詐欺事件が話題になっている。

 僕はモノに無頓着というか、お気に入りのモノが一つあればそれで良いと思ってしまうタイプなので、奥さんが過去にプレゼントしてくれたHamiltonの腕時計をひたすら使い続けていた。仕事でもプライベートでも365日同じ時計を着ける僕を見て、交際当初の奥さん(彼女)は「気に入ってくれて嬉しい」と喜んでくれていたが、数年も経つと「呪いの装備を渡した気になってきた」と嫌そうな顔をするようになった。
 最終的に「プライベート用の時計をもう一本買いなさい」と奥さんにすごまれ、僕としてもプレゼントを使っているせいで不仲になるという事態は避けたかったので買うことにした。

 とはいえ、僕は自分が身につけるものを選ぶことに関して全く自信がない。服はほとんど奥さん任せで選んでもらうし、過去に自分が気に入って買った鳥の羽がついたネックレスは「他のことは何でも許すからこれをつけるのだけはやめて欲しい」と懇願されたこともある。周りの人を困らせるほどセンスが無いようなので、新しい時計も奥さんに選んでもらうことにした。
 いくつかお店を回って、奥さんが「これが一番似合う」と選んだのがRolexのデイトジャストだった。値段は当時150万円で、冷静に考えて財布の中にかつやの100円引き券が入っている男の買うべきものではなかったが、まぁ自分の場合はこれ一本を10年、20年と着け続けるわけだしなと思い、買うことにした。一日中探して選んでくれた奥さんに「普通にこれは無理」と言う勇気が無かったせいかもしれない。

 それ以後プライベートでまたずっと同じ時計を着け続けていることに奥さんは一家言あるようだが、僕は「奥さんが良いと言ってくれた時計」ということで気に入って着けていた。
 「昔からこれに憧れていたんです」という訳でもないので高い時計を着ける感慨はなかったが、ふと思ったのは、夜道で僕をひっぱたけば大変簡単に150万円が手に入るのではないかということである。僕は貧弱側の人間なので割りと多くの男の人がいけると思う。バドミントン部中退くらいの実績があれば十分いけるはずだ。
 世の中には手の込んだ詐欺がいくつもある。僕も今まで、新宿で「この辺で美味しい居酒屋知りませんか?」と急に話しかけてきた二人組の男性おそらくマルチ勧誘や、池袋で「こちらの鳥貴族いま満員なんですよ。同じ食材を仕入れてる系列店があるんでそっちにご案内しますね」というキャッチにあってきた。それに比べて、夜道で僕をつけてひっぱたけば150万円というのはずいぶんお手軽で旨い話だ。新宿や池袋のお兄さんは勤勉に働いているなあと思えてくる。

 「銀行は滅多につぶれることがないし、つぶれても預金は保護しますよ」「クレジットカードが万一、不正利用されても補償しますよ」とお金のセーフティネットが張られている現代社会において、時計は紛失しようと盗難に合おうと基本的に1円も返ってこない。
 僕からすると恐ろしい話なのだが、高級時計を普通に着けている人からすれば「あぁ、そういえばそうだね」くらいのことなのだろうか。もしくは夜道で負けない自信が相当あるのかもしれない。
 とりあえず僕は体力と走力をつけるためランニングをするようになったのだが、そうすると「ランニングウォッチは便利そうだなぁ」と思えてきて、何だかもう分からなくなってくるのだった。

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