妊娠の話 その5 (安定期)

安定期に入った前半は、妊娠していることを忘れるくらいに普段の自分が一瞬戻ってきた感じだった。体力も結構戻ったし、夜更かしも平気だし、自分の思考回路も妊娠前の自分にかなり近いけどちょっと疲れやすいだけ、くらいの状態まで持ち直した。

でも、妊娠前と変わったことはたくさんあって、夫の遺伝情報を含んだ生き物を体に内包しているからか、私の人格や性質が夫に近いものになった感じがあった。例えば、食べ物の好みが夫寄りになったり、夫の実家への気がねが全然なくなったり、普段もっとイライラしていたのに夫のように温和な性格になったり、夫の好きな地元の色々な物を自然に受け入れていたり、といった変化があった。

そのぶん、今までの私の純度100%ではいられなくなっていて、妊娠前なら絶対選ばない服を買ったり、色々あったこだわりに無頓着になった部分もあり、変化ではあるが進化と言えるのかは微妙な部分もある気がしているし、これが出産後にまた元に戻るのかはその時になってみないとわからないと感じている。

ただ、夫との関係は妊娠してからさらに穏やかでタントリックなものになったように思う。

妊娠してからは私の方がいわゆるセックスをする気が全然起きなくなったのだけど、スキンシップ自体の質は高まったように思う。夫は私の体型やホルモンの変化をすごく神秘的なものとして受け止めているようで、夜は胎児のいるお腹を真ん中に挟んで抱き合って眠ることが増えた。

特に、このウイルスの騒ぎがあってからは、家を浄化し、私と胎児と夫のエネルギーを静かに交流させることが、すごく意味のあることになったように思う。

妊娠中のセックスレスが問題になるけど、私の考えでは、妊娠前と全く同じ風に欲情して同じ風にセックスして、同じ快楽を味わおうとすること自体が不自然なのだと思う。女性側が、変化した自分の肉体を否定したり抗ったり、あるいは、相手から性的に求められているということと自尊心の問題を混同していて、そのために男性側の欲情を安易に煽ることなどが苦しみの原因なんじゃないかと思う。

要は、妊婦でいる時は妊婦でいることを完全に受け入れて、そのことをただ感じて楽しめば、妊婦なりの女性としての美しさとか魅力とか、エネルギーの交換が成り立つのだと思う。

妊婦である私はホルモンのせいなのか特に病気に対する恐怖感はなく、むしろちょうど良いタイミングで引きこもれる状態になったこともあり、また、マスクなど必要なものも、たまたま品薄になるより少し前のタイミングで身内からたくさんもらってあったりと、ほとんど影響を受けずに暮らすことができた。

現実的な認識論から考えると、親になる私が胎児を守るために実際的な努力をするというのが正論であるし、できる範囲のことは行動に移してもいたけど、その一方で、お腹の中の人から、もしくは妊娠状態をもたらしている何がしかの力によって、守られている感じがいつもしていた。

そして、恐れからではなく、その安心感を拡大していった先の思考と行動だけが真実であるというような強い感覚が続いていて、毎日が静かで満たされていた。

それと同時に、以前であればできていた、恐れベースの思考や前提意識に基づいて、無理やり自分にエンジンをかけて男性性的な部分を動かすということが全然できなくなり、自分の男性性のアップデートが必要とされている感じにもなってきて、安定期の後半は以前のようにガツガツと何かの作業をすることができにくくなっていった。

安定期でイケイケガンガンだった時間が思いの外少なく、自分の何もできなさに苛立つ気持ちも頭の片隅にあったのだけど、それでも、つわりの時と同様に、最終的にはその状態に委ねて、ひたすら体の求めるように時間を過ごすことに専念していた。きっと今はそういう時期なのだという直感があったし、私の心の奥底では、外の世界の色々よりも、今は全身全霊で妊娠という体験を味わうことが本当にしたいことだとわかっていたので、無理をしないことに対してストイックでいる、というような状態を保つようにしていた。

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