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カポーティと、またあの人

なにげなく録画していた「カポーティ」という映画をゆうべ見ました。小説家トルーマン・カポーティが自作執筆のため獄中の殺人犯を取材する、という前知識だけで見たのですが、これが私の中で予想外に大ヒットだった。

カポーティがこれ以上ないほど魅力的だったのです。

などと言うと、カポーティをよく知る人からは怪訝な顔をされるかもしれない。

やけに高音の柔らかい声、皮肉めいた笑い方、人を射抜くような目つき。シャンパングラスを手にした客が大勢集まる社交場で、きわどいジョークをゆっくり、ねっとり、饒舌に語る彼の姿は、おそらく多くの人の目に奇異に映ることでしょう。

「一度は会ってみたい人。だが二度と会いたくない人」と称されていたそうです、カポーティ。

実際、一緒に映画を見ていたウナさんも、途中で何度か「これ面白い?」と私に確認しました。面白い、と私は都度答えました。ウナさんは首をひねっていたけど、安心してほしい。その反応が正解だと私も思う。こんなキテレツなカポーティが魅力的に見えている私のほうが、たぶん少数派だから悩まないで。

映画を見終わったあと私は、初めて存在を知った韓国イケメン俳優の情報をかき集めるのと同じ熱量で、カポーティのことをあれこれ検索しました。トルーマン・カポーティっていったい何者なの!?

要約すると、若い頃から天才作家と謳われていた神の申し子でした。19歳のときに書いた小説が鮮烈すぎて、全米で「恐るべき子ども」と話題になったそう。そのあと23歳だかで出した小説はアメリカ文学界を更に震撼とさせたらしく、その出版本の裏表紙に載っていたポートレイト写真を元に描いた絵がこれです。



やべえだろ、カポーティ。

そのあと書いた「ティファニーで朝食を」がベストセラーになりました。映画化の話が出たとき、主役の女性には「ぜひ僕の大好きなマリリン・モンローを」と熱望していたのだが、もろもろの事情があってオードリー・ヘプバーンが演じることに。

失意の中、撮影現場を見に行ったカポーティは、ヘプバーンがパンを食べるシーンを見て椅子からずり落ちたそうです。そのくらいイメージが違ったんですね。そりゃそうだ。モンローとヘプバーンに重なるところなんてほぼないもの。

これまたマイノリティを極める発言だろうと思いますが、私はモンローのティファニーが見たかった。モンロー好きなんです。かわいくて。若かりし頃のヘプバーンにはどうもあんまり魅力を感じない。お人形のような気がして。晩年の、内面が表情に滲み出ているヘプバーンのほうが好きです。ファンの方にはすいません。

原作のヒロインはカポーティの母親がモデルらしいです。遺産を受け継いでお金は手に入ったものの、どうしても上流階級に入りたくて、高級娼婦のようなことをしながら金持ち男を渡り歩き、ついに結婚。ニューヨークの富裕街に潜り込んだ彼女は金持ち仲間と旅行三昧、子どもだからと邪魔者扱いを受けていたトルーマン少年は、ほぼ独学であらゆる知識を身につけたとか。

この母親がモデルなら、そりゃモンローのほうがぴったり合うよなあ。


マジで見たかった。


原作ではバッドエンドだったのに、映画でハッピーエンドに改変されたことについても不満を抱いていたそうです。カポーティ、お気の毒。

彼の小説を読んでみたくなって探したら、訳者の名前が。村上春樹。そうきたか。

これまで積極的に読んでこなかったけど、いっぺん読んでみようと「羊〜」にチャレンジしたあと、何人かに勧められた「世界の終り〜」の上巻をもうすぐ読み終わるところです。そんなことを露ほども知らない友人からも春樹の小説を突然プレゼントされ、未読作品が3つも待ち構えているここにきて、また春樹。

どうしてこんなに大勢の嗜好と合わないのか知らないけど、もう結構お腹いっぱいなんですよ、ハルキ・ワールド。文章は好きだから掌編はいい感じで読めるんだけど、長編は。

ストーリー面白いけどね。続きが気になるから読むけどね。

カポーティ読みたいなあ。

ポチる指が震えるぜ。

最後まで読んでくださってありがとうございます。あなたにいいことありますように。