見出し画像

猫、大脱走 その1


#我が家のペット自慢


ご近所のママさんの実家に猫が住み着いて5ヶ月後。そのママさんの仲介で、我が家に親子の猫がやってきた。生後1歳の親猫シェルと4ヶ月の子猫黒豆。

やってきた時の様子はこちらから↓


我が家で暮らす事になった際、私は2匹の猫をすぐに動物病院に連れていき、その日のうちに母猫の避妊手術の予約をとった。避妊手術は、猫が家に馴染んでからゆっくり行ってもよかったのに、その時はどうせやるなら早いうちがいいと思いこんでいたのだ。

そして、その日から2週間後、母猫の避妊手術は行われた。

術後は傷口を舐めないようにエリザベスカラーをしなければならない。カラーをする期間は動物病院によって違うようだけど、私たちがお世話になったところは2週間だった。流れとしては、まず1週間後、傷口のチェック。それから2週間後に再び来院して、特に問題がなければカラーが外れるという予定だった。

でも。この時期、私はとても悩んでいた。

私にとって猫といったら、子供の時に見ていたサザエさんに出てくるタマのように、中と外を行ったり来たりしているイメージ。だけど、今の日本では大きく状況が異なっていたことに、私は猫が来てから初めて気づいたのだった。ああ、準備不足時にも程がある、とお叱りを受けそう。そう、環境省だって”猫を家の中で飼いましょう”と推奨している時代になっていたのだ。

だけど、その事実を知った私は愕然とした。私はどちらかというと自由気ままにあちらこちら出かけるのが好きなタイプ。

話が少し飛躍するけれど、180万年前、人類の祖先がアフリカから世界へ向けて旅立ったグレートジャーニー。その時、全員が旅立ったわけではなくて、アフリカに残った人もいたはずだ。だけど、私がその時代に生きていたら、絶対に旅立ったグループにいたと思う。知らない土地に行くなんてワクワクするし、私は安全よりも冒険を求めるのが好きなのだ。

つまり、何が言いたいのかというと。

猫を家の中で飼う事にものすごい抵抗感を感じていたのだった。私にとって室内飼いとはイコール、家の中にずっと閉じ込めておく、という感覚だったから。


 ー大丈夫だよ、猫は特に外に行きたがらないよ。

 ー外は交通事故にあう危険があるよ。

 ー家の中が一番安心だよ。

 ー外猫の寿命は室内飼いの猫よりずっと短いよ。


たくさんの人がそう言ってぶつぶつと悩んでいる私を慰めてくれた。


それでも。
確かにそうだ、と思う一方で、本当に猫がそうしたい、と言ったわけじゃない。

もちろん、安心安全に暮らし、寒さ暑さに耐える必要もなく、いつでも餌がもらえる環境に満足している猫もいるに違いない。でも、そうじゃない猫もいるかもしれない。

それに野生だったら、食べることと繁殖すること。この2つが生活の中で大きな役割を占めている。でも、今人間がやっていることは、そのどちらも奪っているんじゃないか。

ごめんなさい、こんな風に書くと気分を悪くする方もいるかもしれない。こうした方が良いとか悪いとか、誰かを批判したいとか、そういうつもりは全くなくて。ただ、その時の私には、そういう風にしか考えられなかったという事なのだ。


実際我が家に来た猫たちも、窓越しによく外を見ていた。そんな猫たちを見て、母猫は野良だった経験があるから、外に行きたいのかもしれない。子猫はオスだから、外でいろんな経験をしたいのかもしれない。そんな風に考えて、私はますます悩みの渦の中に入っていく。


母猫の避妊手術が行われたのは、ちょうどそんな時だった。手術は滞りなく行われ、1週間後、傷痕チェックの診察があった。その帰りの車内で、キャリーケースに入れられた母猫のシェルはずっと鳴きっぱなしだった。

”ああ、ここから出してくれって言ってるんだ。こんな狭いところに閉じ込めないでって言ってるんだ。”

その時の私はもう思考が凝り固まっていて、そうとしか思えくなっていた。そして家の駐車場につき、車のエンジンを止めた後、私は車内でキャリーケースからシェルを出した。

手術後シェルは、どんな動作をするのもゆっくりだった。階段もそろりそろりとお腹を庇うように登っていた。
でも、キャリーから出した途端、シェルはとても素早い動きで、あっという間に車内後方に移動し、窓からじっと外を観察した。

”やっぱり外に興味があるんだ。”

想いに囚われていた私はまたまたそんな風に考えた。しばらく、ぼうっとシェルの様子を見ていたが、そろそろ家の中に入れなければならないと思い、ようやく私はシェルを抱き上げた。そして、キャリーケースに入れずにそのまま家の中に入ろうとした。

本当に、今ならそんなことは絶対にしないと思う。だけどその時の私は、猫の初心者もいいところ。車から玄関までは数歩だし、何の問題もないと躊躇せず車のドアを開けた。

そうして車から降りながら、私はふと地面を見た。駐車場脇の小さな土のスペースには雑草が生い茂っていて、秋の暖かな日差しが降り注いでいた。

”この子、一生この地面を踏めないのかな。”

そんな考えが頭に浮かび、私は不覚にも泣きそうになった。そして、シェルを抱っこしたまま、座り込み、シェルの足を地面に触れさせようとした。

その瞬間だった。シェルはするりと私の手の中から抜け出した。

はっと思った時には、シェルは車の下にいた。カラーをつけたままの姿で。私は少し驚いたものの、まだその時は焦ってはいなかった。そう、その時はまだ、後からご近所中に騒ぎを引き起こすことやより一層悩む羽目になることとも知らずにいたのだ。(ああ、私のバカ)

「シェル〜。」

車の下から出てきてもらおうと、呑気に名前を呼ぶ私。もちろんそんなことで出て来るわけがない。家に来てまだ3週間。不安でいっぱいの中、何が何だかわからないうちに痛い思いをさせられ、首に変なものをつけられて。その時のシェルは、この家に対して不信感しかなかっただろう。

呼んでも出てこないシェルに痺れを切らし、私は車の反対側に回ってみた。そちらの方がシェルに近かったからだ。しかし私が反対側に回ると、シェルは車の下を移動して、さっきまで私がいた方に移動した。もう一度それを繰り返した後、ようやく私はとんでもない事をしてしまったと気付いたのだった。

室内飼いについて悩んではいたものの、かといって外飼いにしようと決めていたわけではない。いろいろなご縁で我が家にやってきた猫たちなのだから、事故や事件に巻き込まれるリスクのある外に安易に出せないとも思っていた。

だから、シェルが簡単に捕まりそうにないと悟った時、私はバタバタとシェルに近寄り、大きな声で

「シェル、おいで!」

と言ってしまったのである。

その私の行為にシェルは驚き、恐怖からパニックになってしまったのだろう。車の下からパッと飛び出した。

慌ててすぐに追いかけたけど、シェルはあのゆっくりと階段を登っていた様子からは想像もつかない程の速さで家の後ろを走り抜け、カラーをガタガタ言わせながら勝手口の隙間を通り、その先にある道路へと飛び出していった。

シェルのたどった道を走り抜け、道路に出た私は辺りを見渡したが、もうシェルの姿はどこにもなかった。


画像1


5秒くらい、そこに立ち尽くしていたと思う。

”と、とにかく、餌、、、”

なんだかよくわからないふわふわした頭にそれだけが浮かび、私は家に返って餌を手にすると、また先程の道路に戻った。

「シェル〜。」

餌の封を切り、名前を呼んでみる。

午前中の住宅街は静かだ。私の頼りなげな声だけが辺りの空間に吸い込まれていく。

何度か名前を呼んだ後、私はご近所のママさんの家のインターホンを押した。そう、最初に書いた、我が家に猫が来るきっかけを作ってくださったママさんだ。

「あの〜、ごめんね、急に。あの、あのさ、猫が逃げちゃって。」

インターホン越しにそう言った私をちっとも責める事なしに、そのママさんは他のご近所ママさんたちにも声をかけてくれ、その後一緒に探してくれた。

でも、、、

シェルは見つからなかった。


ずいぶん時間が経ち、一旦捜索を切り上げることになった。家に戻ると、子猫の黒豆が待っていた。私は不思議そうに見上げる黒豆に駆け寄った。

画像2


”ごめんね、ごめん。あなたにとって大事なママだったのに。私の心がぐらぐらだったせいでどっかに行ってしまったの。”


それからも捜索を重ねたが、シェルは一向に見つからない。焦る気持ちを抑えながら、私は捜索の合間にネットで猫のことを検索しまくった。すると、そこでいくつかの共通した情報に出会った。

 

 ・猫の行動範囲はそれほど広くない。特にメスはオスより狭い。

 ・日数が経てば経つほど遠くに行ってしまう可能性がある。早めに見つけることが大事!

 ・とにかく目撃情報が全て。たくさんの人に告知すること!


折下その日は10月31日、ハロウィンの日だった。この辺りは子育て世帯の多い地域で、ハロウィンの夕方はたくさんの子供たちがお菓子を求めて歩き回る。

私はお菓子を入れた箱に『ねこをさがしています』の張り紙をして、会う人会う人に逃げた猫のことと見つけたら教えて欲しいことを伝えた。

それから申し訳ないと思いながらも、たくさんの人にメールして、猫の情報があったら教えて欲しいとお願いをした。


画像3

翌日の夜8時頃だった。夕食の片付けをしていた時、携帯に着信があった。もしかして!?
慌てて画面を見ると、近所のママ友さんからだった。
電話の向こうのママさんは早口で言った。

「うちの庭にカラーをした猫がいるよ!」


 シェルだ!いたんだ!同じ町内にいたんだ!!


はやる気持ちを抑え、ついでに自転車の前カゴに乗せたキャリーケースがガッタンガッタンいうのを手で押さえながら、私は自転車を飛ばした。

現場に着くと、電話をくれたママ友さんは言った。

「ごめんね、私と子供が近づこうとしたら、お隣の家の方に走っていっちゃったのよ。」

ママさんはそう申し訳なさそうに言ったけど、この場合申し訳ないのは明らかに私の方だ。

それから本当に申し訳ないと思いながら、隣のお宅のインターホンを押させてもらった。

「えっ、そうなの!ちょっと待って。」

お隣の奥さんも、お子さんと一緒に出てきてくれて、庭にも入らせて下さった。そうして皆総出で探して下さったのに、結局シェルは見つからなかった。

「本当にお騒がせしました。」

深々と頭を下げて私は自宅に戻った。ぐったりと椅子に座り込みながら、色々な思いがぐるぐると頭を回る。


 ーどうしてあの時私はシェルを抱く腕を緩めてしまったんだろう?

 ーだけどあんな気持ちのままじゃ、遅かれ早かれ、逃がしていたに違いないよ。

 ーでも、シェルは遠くには行っていなかった。だからまだ戻ってくる可能性はある。

 ーだけど、例え見つけたとしても、本当に捕まえられるの?


人間は、家と家の隙間を走ったり、よその家に勝手に入ることはできない。だけど、猫は人が作った境界線なんてお構いなしだ。それに物陰に何時間も潜むことだってあるだろう。そんな時、すぐ脇の道路を歩きながら探していたとしても、見つけることはできないに違いない。

どうすればいいんだろう。どうしたらシェルは帰ってきてくれるんだろう?


その時、また携帯がなった。

「今!目の前にシェルがいるよ!」

またしてもご近所のママからの目撃情報。

再びキャリーケースと餌を持って慌ただしく出動する。今度連絡をくれたママさんの家も私の家と同じ町内だった。着くと、そのママさんのお向かいの家の外階段にシェルが座っていた。

「会えた!」

姿を見て、私も、一緒に走った娘もテンションが一気に上がる。

「さっきはうちの玄関付近にいたんだけどね、少し前にあちらに移動したの。」

ママさんが言った。私は丁寧にお礼を言ってママさんに家に入ってもらうよう促した。が、ママさんは首を振った。そのママさんは小さい時から動物と一緒に暮らしてきた方だった。

「こんな時、手はたくさんあった方がいいから。早く一緒に捕まえてあげよう。」

その言葉が、どんなに心強く、どんなにありがたかったことか。私は迷った末、結局お言葉に甘えることにした。


10月の最後の日の夜。急速に気温が下がっていく中、私たちはシェルが動くのを待った。怖がらせたら、またどこかへと走り去ってしまう。だから、できるだけ驚かせないよう、静かに名前を呼び続けた。

だけど、一晩中そうやっているわけにもいかない。ママさんだって巻き込んでいる。痺れを切らし、私は少し距離を詰めた。するとシェルも少しだけ移動する。そんなことを繰り返し、とうとうシェルは近くの家のウッドデッキの下に入ってしまった。その家はたまたま空き家で、今度はその家の道路に立って、私たちはシェルの動向を見守ることになった。

シェルに戻っておいで、と呼びかける。お腹すいたでしょう、と餌をチラつかせる。ついには子猫の黒豆をキャリーケースに入れ、シェルに見せてみた。黒豆が待ってるから返ってきて、と話しかけた。

でも、シェルは微動だにしない。時間はどんどん過ぎていき、とうとう夜の11時を過ぎた。その時そこには、私や私の子供、そしてママさんとそのお子さんがいた。翌日は土曜日で、通常なら小学校はお休みの日だったのに、その日に限って学校行事が予定されていた。

いくらなんでもこれ以上迷惑はかけられない。そう思って私はシェルをはさみうちすることにした。シェルの後ろには娘、横にはママさん、前には私が陣取った。最初に娘が動いて、それに驚いたシェルが私の方に走ってきた。私はなりふり構わず倒れ込み、シェルの体を捕まえた!

”やった!!”

確かにシェルの体の感触を感じた。が、シェルは瞬時に私の手からすり抜けた。あっと思う間もなくシェルはいなくなり、慌てて立ち上がった時、私はシェルを見失っていた。

「逃げたっ!」

「どこに行ったっ!?」

「あっちじゃない!」

私たちは焦った。もう少しで捕まえられると思ったのに、、、!


でも、私はその後すぐ、隣の町内に入っていくシェルの後ろ姿を見つけた。「いたよ!」と大きく叫びたいのをグッとこらえ、私はできるだけ落ち着いて追いかけた。

その時、私の足音に気づいたシェルが振り返った。一瞬、目があった。でもシェルはすぐに前を向くと、足を早めて通りの角を曲がっていった。急いで私も追いかける。でも角を曲がったそこには、黒々とした静かな住宅街が広がっているだけで、シェルの姿はもうどこにもなかった。

「シェル、いた?」

呆然と立ち尽くす私に、後から追いかけてきたママさんが声をかけた。

「その通りにいたんだけど、、、またどっか行っちゃったよ。」

肩を落とす私にママさんは言った。

「今夜はここで終わりにしよう。また明日頑張ったらいい。シェルは絶対戻ってくるから。大丈夫。」

その言葉を私は夢見心地で聞いていた。

私の手からすり抜けていったシェル。そして私を見て逃げていったシェル。

”あの子は自由にお外に行きたかったんだ。私の家になんか帰りたくないんだ。”

その夜、後ろを振り返り早足で去っていくシェルの姿が、頭に焼き付いて離れなかった。


                   ・・・猫、大脱走 その2に続く




この記事が参加している募集

我が家のペット自慢