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【短編小説】 青写真


 青写真に過ぎないが、そう前置いて、大地はノートパソコンの画面をこちらへ向けた。
 そこには収穫量と経費、売り上げの推移が書かれたグラフが表示されていた。
「親父の畑で、マンゴー栽培を始めようと思う」
 マンゴーといえば宮崎県が有名だが、関東でも出来るものなのか、まず疑問に思った。
「関東でも栽培出来るのか?いや、それ以前に、脱サラするというのは随分思い切った選択だな」
 大地は、大学卒業以来、都内の大手建設会社に勤めていて、安定した収入があるはずだ。それを棒に振ってまで始めるのは、かなりの見込みのある計画なのだろう。
「千葉で実績のある師匠に指南を受けているんだ。採算の見込みはあるよ。ただし生産した分が予定した正規の料金で売れたらの話だが」
 彼の予定している正規料金とは、サイズによっても異なるが、宮崎県産のマンゴーに比べたら、幾分お買い得な料金設定ではあるらしい。
 そうは言っても高級品だ。果たしてそんなに目論見通りに売れるものだろうか。
「そこで、ちょっと相談なんだが」
 俺は、出資の相談をされるものかと、身を硬くした。
 仲のいい友人であっても、いや仲が良いからこそ、金の貸し借りは出来る限り避けておきたい。
「周平の爺さんの畑、遊休地があるなら貸して貰えないかと思って。そんなに多額ではないが、賃料も払う予定だ。親父の畑で試作したが、そちらは順調なのだが、売り上げ見込みを達成するためには、もう少し用地を拡大したいところなんだ」
 俺は目を丸くした。爺さんが施設に入ってからというもの、会社勤めの父の定年まではまだ数年あるが、手付かずになっている畑は、耕作はおろか、雑草対策で定期的に耕すだけでもかなりの負担になっていた。
「親父に相談してみるよ」
「ありがとう。ハウスを建てるとなると、耕作放棄になってしまうのを不安視されそうで、なかなか見ず知らずの人に声をかけるのも憚られてな。農地ってのは、色々と難しいからな、下手に動いて、近隣の農家に煙たがられたら元も子もないからさ」
 最初は渋っていた親父も、試作のマンゴーを試食したら、急に協力的になって、今では摘果を手伝いに行くまでになった。
「周平、あれは美味いな」
 しかし、喜んでいるのは父だけではない。
「本当に、ほっぺたが落ちるって、こういうことを指すのだわって実感したもの」
 母が味をしめてしまえば、もう反対出来る者などいない。
 俺は、貸地のビニールハウスを訪ねた。
 そこには等間隔に並んだマンゴーの木に吊り下げられたネットに包まれたマンゴーが、美しく色付いていた。
 かつて見せられた青写真が、現実のものとなったのだと実感すると、もしその土地を使って、事業を始めていたのが、大地ではなく自分だったら、と詮のない「たられば」を考えて、ほんの少しだけ口惜しい気持ちがした。
 しかしながら、青写真を描いたのは大地だけではなかった。
 半年前に閉店したコンビニが何やら改装していると思ったら、大地と同じく、中学の同級生の実帆がその軒先に立っているではないか。
 思わず車をとめると、手を振って合図した。
「帰ってたのか」
 専門学校を出てから、東京のパティスリーに就職したと聞いていた。
「こっちでお店開くことにしたのよ。よろしくね」
 隣の長身の男が、こちらに向かって会釈した。どうやら配偶者を伴っての帰郷らしい。
「何の店になるんだ?」
「大地に聞いていない?フルーツサンドの専門店よ。季節にはマンゴーも卸してもらう予定なの」
 小洒落たグランピング施設が出来てからというもの、急激な観光地化が進んでいるのは肌身に感じていた。
 先週末に、寧々が持ちかけてきた話を思い出す。
「民泊に興味があるの」
 早期退職の四文字が脳裏を掠めた。ビビッドな青写真が俺の中にも生まれようとしていた。

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