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欲しいのはオンとオフ

昨春、病院勤務から訪問看護に移った友人がもう転職を考えているという。
ステーションが二十四時間体制をとっているため、月に五、六回オンコール当番が回ってくる。それが苦痛でたまらないらしい。
「いつ呼ばれるかわからないと思ったら、気が休まらない」
「お酒も飲めないし、遠出もできない。休日が休日にならない」
とこぼすのを聞きながら、そうだろうなあと頷く。

私は看護学生時代、高齢者施設で介護士として夜勤のアルバイトをしていた。
二十時から翌朝八時までスタッフは私一人。入所者が転倒したり体調に異変があったりすると当番の看護師に連絡して対応を確認しなくてはならないのだが、露骨に不機嫌な声を出された。痰の吸引のために夜中に来てもらうこともあったが、そりゃあ嫌みを言われたものだ。
「そんなに不服なら、オンコールのないところで働いたらどうです?」
が喉まで出たっけ。
家でくつろいでいるときに職場から電話がかかってくるほどうんざりすることはない。布団に入っていたらなおさらだ。でもオンコール手当をもらっているからには、それはあなたの仕事だ。

だから私がこの先、オンコール勤務のある職場に勤めることはないだろう。
私はオンとオフはきっちり分けたいタイプ。出勤の日はどんなにハードでもかまわない。残業は厭わないし、夜勤だっていくらでもする。そのかわり、病院を一歩出たら完全に仕事から離れたいのだ。
同僚から、
「コールセンターの健康相談業務のバイトやらない?めっちゃ時給いいよ」
「有料(老人ホーム)の寝当直のバイトがあるんだけど、どう。仮眠8時間だよ」
と誘われることがあるが、いつも断っている。どんなに割がよくても休日をつぶす気にはならない。

先日、三年ぶりに大学時代の友人と会ったら、少々ふくよかになっていた。
けっして不躾な視線を送ったわけではないのだけれど、「言いたいことはわかってるで」と彼女。コロナ禍でリモートワークになって、五キロ太ったんだそう。
「通勤がなくなったら、私の生活から運動ってものが消滅した。なのに三食きちっと食べて間食までしてたら、そりゃあねえ……」
とあきらめ顔だ。
「通勤時間ゼロか、いいなあ」と思っていたが、出社するだけでそれなりに運動になっているんだなあ。それに会社ではお菓子を食べながら仕事をするわけにはいかないから、カロリーオーバーにもなりにくい。
別の友人も一時期リモートワークをしていたが、
「家だとついスマホを触ったり猫をかまったりして、集中できないんだよね。で、だらだら長時間仕事をすることになる」
「オンラインミーティングがある日以外はスウェットのままで化粧もしないから、生活がだらしなくなっちゃった」
と言っていた。
こんな話を聞くと、私も在宅勤務は無理だなあと思う。
自己管理の問題とはいえ、仕事がプライベートを侵食するのもプライベートが仕事を侵食するのもイヤである。それにやっぱり太りそうだし……。

情報メディア「エラベル」が十代から七十代の男女千二百人あまりに「大人のなりたい職業」アンケートを行ったところ、第一位はWebライターだったという。

「自宅でできる」「場所や時間に縛られない」を理由に挙げた人が多かったそうだ。
この趣味を二十年以上つづけているくらいだから私も書くことは好きであるが、それを仕事にしたいとは思ったことがない。
作家のエッセイを読んでいると、「〆切りが迫っているのにどうしても書けない」という話によくお目にかかる。食事の支度をしていても犬の散歩をしていても「早く済ませて原稿を書かないと……」があたまから離れずいつもいらいらしている、なんて書いてある。
期日までになんとしても形にしなくてはならないのはライターも同じだろう。オンオフの切り替えなどと言っていられない生活を想像するだけで、酸欠になりそうだ。

いまの私のワークライフバランスは仕事6にプライベート4というところ。仕事はきついが、家に帰ればスイッチオフで、休日もきちんともらえているから問題なし。
私には「場所や時間に縛られる」働き方が合っている。


【あとがき】
そうは言っても、家で研修や発表の資料をつくったり委員会の仕事をしたりはしょっちゅうしていますけどね。勉強もしないといけないし。でもそういうのは、この仕事をしているからにはと割り切れます。
私が無理なのは、勤務時間外の呼び出し。居宅のケアマネをしている知人が、利用者やその家族からの電話を二十四時間受けなくてはならずいつ何時も社用携帯を手離せないと言っていましたが、これは私には耐えがたいストレスです。
ちなみに、私はシフト表をもらって夜勤が4回だと「少なっ」と思いますが、友人は「うわ、4回もある……」とため息をつきます。好きな働き方っていろいろですね。