母が死んだ

8月1日土曜日、わたしはパートナーとともに「もののけ姫」の鑑賞に出かけた。電車内で知らない市外局番から連続して何度も着信があり、番号をググっても何もヒットしないのでとても嫌な予感がした。
帰宅したら、母のアパートの契約書から大家さんの電話番号などを確認しないとなと思いながら、中身半分でもののけ姫を見た。
上映終了後、携帯には4件の不在着信。番号が入り乱れ、最新の番号の下4桁が「0110」だった。検索すると最寄りの警察署。
「警察だ」
「財布なくしたんじゃないの?見て」(わたしはなくしものが多い)
「わざわざ23時に電話してきそうな貴重品は全部ある」
母のことだと思った。万引きでもしたか?暴行事件でも起こしたか?何したんだろう参ったな・・・折り返したくないと思ったが、パートナーが電話したほうがいいよと言ったそばで、また着信。

「〇〇警察です、〇〇さんの娘さんでしょうか」
「はい」
「〇〇さんがお亡くなりになられていることが大家さんからの通報によりわかりました。これからこちらへお越しいただけますか」
「わかりました、伺います」

わたし、殺しちゃったんだ

しばらくその場から動けなくて、パートナーが代わりに行くから家にいなさいと言ってくれたのだが、状況説明などは委任できるが、遺品は血縁関係者にしか渡せないということで、バリバリの極細メンタルのわたしは警察署の前でパートナーを待つことになった。
パートナーに、死因や詳細について聞いた内容はそっくり話さないでほしいと予めお願いした。

警察署の前で1時間半ほど立っていた。
それからパートナーがクリップボードを持って出てきた。「ごめん。どうしても血縁者本人の署名が必要な書類を書いてほしい。あと部屋にあった鍵と現金13,000円も直接受け取らないといけないらしい。刑事さんがここまで持って来てくれて、他何にも話されたりしないから、それだけできる?」
「ありがとう。もちろんできる。指輪とか全部外してある」(わたしは異常な量のジュエリーを身に着け日々生きています)
「多分、持病とかあったんじゃないかな。死因はまだわからなくて、明日検案されて、たぶんそれだけで特定できないみたいだから解剖にまわるらしい。それを遺族が拒否することはできないって」

わたしが着信に応じたのが遅かったため、警察と提携のある葬儀屋がすでに呼ばれていて遺体は葬儀屋に移されており、遺体確認は画像のみだったそうだ。画質が荒くてよくわかんなかったよwなんて言っていたけど、どうだろう。こんな役回りを押し付けて本当に申し訳ないけど、わたしには見れなかったし、見なくて良かったと思っている。

パートナーが署内に書類を持ちもどり、ほどなくしてデカというには高校生くらいに見えちゃう鶴瓶の息子によく似た若造が、現金と鍵を入れたビニール袋を持ち現れる。ご連絡遅れ申し訳ありませんでした、よろしくお願いしますとお詫びして、受け取り終了。

翌日、解剖結果はパートナーに伝えられて、葬儀屋にも一人で行って手続きを進めてくれた。パートナーは、自分にとってこの件は申し訳ないけど”無”なんだよね。さすがに亡くなってまでこれまでのことどうこうとか思わないけど、自分のせいで死なせてしまったとか絶対思わないで。あんな不摂生な生活してて、身体も悪そうだったし、持病による孤独死だよ。そうわたしに言い聞かすんだった。

わたし自身が、母と絶縁すると決め、行動に移したのが去年の8月。
それから1年でまさか死ぬとは思わなかったし、娘から絶縁されたと本当に気づいたのは今年の5月に電話をかけてきたときだろう。わたしは着信には応じず、それからすぐに着信拒否をしたから、その後着信が鬼のようにあったのか、あきらめたのかもわからない。
絶縁しても、家は近すぎるし、結局わたしの心はたいして変わらなかったので本当に死んでくれたらといつも思っていた。
実際、死んで、たしかにわたしの心はとても解放されたように思う。
それ以上に、母も苦しい人生から解放されたことがとてもとても喜ばしい。
わたしにはあれが限界だったけど、母がそれを受け入れて、その中にもささやかな幸せを見出して生きていってくれたら良かったけど、やっぱり、無理だったんだろうなと思うから。
すごく弱い人だった。弱くて幼くて、自分自身を扱いきれないようだった。
娘のわたしは苦労させられたけど、母と比べると、他人にSOSを出せるようで苦しいときに苦しいことを友だちとかに打ち明けて救われてきた。母はそういうことができなくて、すべては娘のわたしに向かった。そのわたしから拒絶され、生きる術をなくしたんだろう。
気の毒だけれど、自分を救う術がひとつではならないのです。
たとえひとつだったとしても、そのひとつを失くしたときに自分まで失ってはならないのです。そのひとつが自分を失うほど大切なら、絶えず努力しなければならないのです。

もう、この先どう生きればいいのかわからなかったんだろうし、心を痛めて離れた娘を解放したかったんだとわたしは理解した。
見当ちがいかもしれないけど、最後のやさしさなのだと思いたい。

当たり前のようにされたキツい仕打ちの数々、忘れません。
だけどそれ以上に良いことも思い出します。
わたしのことを愛していたし、わたしも愛していました。
こんな風な結末になって、あなたは本当にかわいそうで、不運だったね。
物事を深く考えて行動することができない浅はかな性格が災いして、大変な人生になったね。自分に自信がないことを認めたくなくて、自分自身にもうそをついて、すごくつらかったよね。
土手沿いのマンションに二人で住んでいた時、あなたの部屋を開けると虚ろな目でテレビを見ていた姿、すでに命が終わるのを待っているようでした。
わたし自身も、ロクな死に方しないだろうと思っていますが、せっかく与えてもらったこの人生を楽しいものにしていきたいと、なんだか初めて腹の底から湧き出てきた感じです。
金を無心されるたび、あなたが憎くてたまらなくて、なんで生んだんだよてめえが勝手に生んだだけだろうがと言ったこと、ごめんね。
生んでくれてありがとう。人生前半にたいていのこと経験させてくれてありがとうw この先は自分が楽しいことを追求するからね。

今晩、パートナーが帰ったら、死因とか伏せてもらっていたことを聞こうと思う。

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