生クリーム

「君の人生って生クリームみたいだね」
隣の席から声が聞こえる。
「生クリームみたいってどういうことだよ?」
「ぬるくて甘ったるいってこと。仕事も人間関係も自分で何かを変えようとせず、文句ばっかり言って、それでもなんとかやれちゃうくらい人生が停滞してる。パフェの上に俺が主役だぞって大きく乗ってる割に、味もしない見かけだけの可哀想な生クリーム。こうしてあなたといると私まであなたに文句を言いたくなって生ぬるさがうつってしまいそう。
お願いだから別れてくれないかしら。」

「なんだよそれ。ふざけんな!俺だって……………………」

その後の男の文句は全くと言っていいほど聞くに耐えないものだった。女はそれを黙って聞いていた。

「気が済んだ?」

「こっちから別れてやる!お前みたいな女!」

男は荷物をまとめバタバタと店をあとにした。いつもよりBGMがよく聞こえる。女はカバンから電子タバコを取り出し。スマホを弄りながら煙を吐き出していた。普通のOLのようには見えない。そう思ったのは僕が普通のOLを知らないからだろうか。ブランド物か何かに思わされるスーツ。髪はロングでやや茶色みがかっていた。あまり直視すると見ていることがバレそうなので視線をそらしながら視界に入れてみる。おそらく世間一般的に見ても綺麗な人に見える。いやとても綺麗な人だった。彼女の目は化粧や何かで飾られたものではなく、柔らかなそれでいてハッキリしている大きな瞳だった。その目にキツイ印象を持つ人がいるかと思ってしまうのはさっきの言葉があまりにも自分に刺さってしまったからだ。男が怒ってしまう理由が分かる。ああもハッキリと言われてしまったら、自覚しながらも毎日をだましだまし気づかないふりをしながら過ごしているのに気づいてしまう。自分自身を責めないように自分で自分を洗脳するようにゆっくりと死のうとしている。分かっているから怒る。そして認められないから立ち去る。逃げる。そうしてまたゆっくりと自分の洗脳を続けていくのだ。

「ごめんなさいね。うるさくして」
彼女が話しかけてきて驚く
「あぁいやいや、そんなことは」
「聞いてました?」
「あぁ、まあ、」
「昔はあんな人じゃなかったんですよ。なんでこんなことになっちゃったのか」
「そうなんですね。」
「私の仕事が上手くいく反面、彼の仕事がダメになっていってからプライドが保てなくなっていったのか、イライラしていくようになって、どうして男って…あぁごめんなさい」
「いえ……」


「それじゃあ私行きますね」
「あぁ、はい」
彼女は自分のテーブルの伝票と僕の伝票を持って立ち上がった。
「あ、あのう」
「いや、うるさくしちゃったし、はなしをきいてもらっちゃったのでお詫びです。それじゃあ」
彼女はコツコツと音を鳴らしながら歩き店を出ていった。店を出たあとにスマホを耳に当てながら歩く彼女が店の窓から見えた。

自分の目の前に置いてあるコーヒーを飲みほす。ぬるくて苦味の後に溜まった砂糖の甘さに吐き気がした。


サポートしていただいた費用はたばこと生活費になり僕の血と肉と骨になってまた書けます。