「鬼滅の刃」の熱狂の渦におもうこと

出版業界にちょっとだけ関わる仕事をしている。

不景気にあえぐ出版業界にとって、鬼滅の刃は久しぶりの、本当に久しぶりの彗星のごとき存在だ。深夜枠から始まったアニメの大ヒットが原作にも還元され、瞬く間にこの20年ほぼ不動だった首位ONE PIECE抜き去った。コロナ禍による紙書店の閉鎖と人気のための欠品が重なったから、各電子書籍ストアは大々的にプロモーションを展開し今すぐ読みたいユーザーを囲いこんだ。さらにその人気絶頂での連載終了宣言は、業界関係者の「売れるときに売りまくれ魂」を大いに刺激したことは間違いなく、とにかくこの世の有形無形のありとあらゆるものが鬼滅の刃との融合を試みた。鉄道、コンビニのサンドイッチ、ゲーム、あともう、いろいろあるんだろうけどわからん。

ここ数か月私はずーーーーーーっとモヤモヤしていた。

鬼滅の刃は確かに売れまくった。いや、現在進行形で売れ続けている。ちょっと落ち着いてきたタイミングで映画が公開されたから(もちろんすべて狙い通り)、これを機に原作にも新たなファンも増えるだろう。いいことだ。

私が何にモヤモヤしているかというと、すごく言葉選ばず言ってしまうと「少年ジャンプ」の作品にこんなに老若男女が熱狂するってどういうことなの!? というポイント。

私は84年生まれ、ドラゴンボールやスラムダンク、幽☆遊☆白書などが連載されていたジャンプ黄金時代の世代である。(1994年末に発売された1995年3-4合併号は653万部、ギネス記録)戦闘モノは好きじゃなかったけど、スラムダンクからは人生を学ばせてもらったと思っているし、いつか生まれ来る(かもしれない)こどもに読んでもらいたいと思って全巻取ってある。

ただ、わたしにとってはあくまでも 「少年」ジャンプ なんだよね。

もう30歳後半の私にとって、少年ジャンプ連載作品、特に戦闘モノは「こどもが読むもの」であって、好きな人はもちろん読めばいいんだけれど、こんなに大衆がこぞって礼賛する姿はかなり強く違和感を感じてしまう。

実際、いまの少年ジャンプの読者層は「元少年」たちであり、たぶん40代がコアのはず。だからかつてのようなこども向けではなく、当然おとな向けにコンテンツは作られている。鬼滅も例外ではない。(鬼滅はエロ要素がほぼない、という意味では近年珍しい、王道正統派少年コミックと言えると思う)

そう頭では分かっていてもどうしても、「こどものためのものをおとながみんな熱狂している」ことの違和感がぬぐえない。なんでなんだろう?

ふと、思い当たった。

私はどうやら、「こどもとおとなの線引き」を強く求めるタイプのようだ。自身にこどもがいないからというのは大きな理由ではあるとは思うけれど、こどもはこどもの分をわきまえよ、大人は大人としてふるまえ、と私は思っている。大人の会話に入ってくる子どもにはイラっとするし、子どもの前で理性的にふるまえない大人はカッコ悪いと思う。大人が楽しむレストランにはこどもは連れてきてほしくない。

こどもとおとなは好きなもの、楽しいものが違うはずだと私は思っているんだろう。それもかなり強く思っているらしい。

「こどもと一緒に楽しめるコンテンツ、いいじゃん!」と友人たちは言う。でも私は母親と一緒にアニメを見て楽しかった記憶などないし、親と友だち感覚になりたいとも思わない。自分に子ができたとしても、友だち関係ではなく、一本線が引かれた親子関係を求めると思う。


大人たちがこぞって少年ジャンプに熱狂している。私はそれがどうしても嫌らしい。

Aさんは鬼滅の刃が好き→それは全然いい。好きなものに年齢も性別も関係ない。

みんなが鬼滅の刃が好き → えっ なんで?みんな? ってなる。

出版業界に目を戻すと、どんどんマーケットは縮小している。かつて大人たちは本を読んだが、今は長文を読める人の人口はどんどん減っているようだ。日本語を正しく使える人が減っているのも、SNSを見ていてもポイントそこじゃないよ!みたいなミスコミュニーションやクソリプが目立つのも、文章を読まなくなったからだと私は思っている。本を読んでほしい。日本語は世界トップレベルのハイテクスト言語と言われている。本を読まないと、読解力は身に付かないし人の細かな感情の機微も分からない。ビジュアルに頼らず文字だけで情景を描ける能力は、測りにくいけれど絶対に必要で、そして確実に低下している。

本がとにかく売れない。「小説を書くだけでは食べていけない」と、あるそれなりに著名な作家が去年言っていた。私はとても悲しい気持ちになる。

「鬼滅の刃」はあんなに売れるのに、あの小説もこの新書もこんなにおもしろいエッセイも、どうしてこんなに売れないのだろう。本を読む大人たちはいったいどこに行ってしまったのだろう。

国が発展するかどうかは、街に本屋がたくさんあるかどうかだ、と誰かが言っていた。

本を読まない大人ばかりのこの国は、これからどうなるのだろう。