今以上に綺麗に成ってないで

いつか街で偶然出逢っても、に続く詩である。

※漢字は個人の解釈のまま。

わたしはこれを超える詩を未だ知らない。


某ロックバンドがわたしの生まれ年にリリースした一曲である。

物心ついて20年間塗り替えられないのだから、相当に好いているのだろう。とはいえこの深みに正しく気がついてきたのは、所謂大人になってから、ではあるが。当時はドライブで流れるいつもの一曲として刻まれたのみだった。


記憶を留められるくらいには歳を重ねてから、それはもうみるみるうちに世界は変わってきた。変わり続けている。

鳴らなくなった固定電話。書かなくなった文書。待ち合わせをしなくなった。隣人のことは知らない。追いかけてくるweb広告。買わなくなった切符。無数の変化が起きた。

けれども変わらないのである、人間の感情は。だれかの存在が強烈に刻まれてしまって、そのひとに堕ちてしまったきもちは、そのあとのきもちは。今も昔もきっと。だからこの詩は20年経っても色褪せないし、色褪せる予定もないのだろう。美しいことだと思う。描かれた情緒そのものはもとより、これを表現してしまったことが何より見事なのである。


幸せであってほしい。いつかもう一度だけ現れてほしい。自分が認めた以上になんて成らないでいてほしい。わたしは忘れても忘れないでほしい。どれだけ世界が変わっても変わらないでいてほしい。

誰しもそんな存在がいるのだろうか。こんなに無垢なエゴを秘めて、それを踏み越えて今があるのだろうか。歩道橋を渡る彼女も、コンビニでふかしているニイちゃんも、電車を待つ御婦人も。今に辿り着くまでに、どんな想いを経てきたのだろうか。

考えても至らないが、また一層ひとを大切にしたいと思わせてくれる、そんな詩に敬意を込めて。

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