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マイルドピンクの泉

高級感を貼りつけたような袋の封を切る。なかから現れたのは、目を見張るほど鮮明な赤色。浴槽に注ぐとき、ざらざらと音が聞こえるような気がするほど。荒々しい赤にくらくらした。

私が浴室に足を踏み入れるまで、お湯と分かり合えなかったようで別々に静まりかえっていた。おそるおそる、小型の手桶でかきまぜる。するとひとたび、マイルドピンクの泉ができたのだ。小さい子がお姫さまに憧れるかのように、目を輝かせていたかもしれない。そんなおだやかでちょっぴりゆめゆめしい世界が誕生した。

マイルドという表現がすきだ。強すぎず、弱すぎず。尖りすぎてなくて、弱々しくもない。まろやかなそれ。

だから私はこの泉を、マイルドピンクと名付けた。マイルドピンクなんて色は存在せず、サーモンピンクとかでいいじゃないか。そう思うかもしれないが、これは間違いなくマイルドピンクだ。サーモンピンクほどおしゃれなくすみカラーでもなく、ただただおだやかな泉。

透明なころはただからだをあたためるだけだった液体が、フリマアプリでまとめ買いしたようなチープな粉によって姿を変える。まるでヴェルサイユの手前にあるような、マイルドな華やかさをたたえるそれに。

すこし前だったら、奇抜な色、とか、甘々しいいろ、とか思ったかもしれない。しかし今の私はわずか100円足らずの粉で、しあわせに浸れているのだから人生おもしろい。

そんなことを考えていたら、私の頬にもピンクがささったので泉から身を引きずり出した。それから、使うのをもったいぶっていたうるおいの塊を顔に貼りつける。ズボラおばけの私は、めったにしないこの手入れ。するとすれば、大事な外出の前の日くらいだ。今はその外出がほとんどないのだから、うるおいは私の肌のうえではなく、袋にしまわれたままキープされている始末だ。

しとしとのそれは、ほんのりあまい香りがした。これはなんの香りだろうと、滑稽な自分の顔が映る鏡を見て考える。カラフルでポップなお菓子のような気もするし、ついさっき先方とワインの話をしたせいか白ワインのような気もする。もずくエキスと泡盛エキスと、答えを忘れた訳ではないのに。

心身が疲れているときにこそ、しあわせになれるチャンスは転がっているのだと思う。マイルドピンクの泉と、白ワインもどきの塊ですら。

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