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#エッセイ2 『私が天文学を選んだわけ』

宇宙の面白がり方は無限にあると私は思う。

小学生:読書感想文
 私は小学校3年生くらいの時に、読書感想文の課題図書として「地球と宇宙のおはなし」(文:チョン・チャンフン,絵:山福朱実,訳:おおたけきよみ 講談社出版)という絵本を選んだ。10年経って母に聞くと、「私が読みたくて選ばせたような気がするわ」と言う。母は空が好きな人で、「今日の月は可愛い」とか「雷がかっこいい」とか、金星を見て「私の星」などとときめきながら、私にいつも話す人だ。そんな母の子は同じように見上げながら歩く子に育った。
 その本を読んで、水金地火木土天海が覚えられたのが嬉しくて、理科とりわけ天文分野では頑張りたいなと思えるようになった。成績は私が平均点を決めてるのか?と思うくらいに凡人の鑑だった。

中学:遠くで聞こえた会話とアニメ
 中学では机に向かえば向かうほど、どんどん分かるのが楽しくて、取り憑かれたように家に帰るとすぐ勉強していた。(同様にヲタクも極めていた。最も色んな意味で若かった。)真面目と思ってもらえて、友人の後押しでのちに生徒会長になれた。中学時代は私の人生のターニングポイントだったと強く強く言える。

 1年のクラスメイトにいわゆる問題児とされている子がいた。たしかに怒られることをしがちな子ではあったけれど、自分に真っ直ぐで、ためらわずに感情を表せるその子に私は少し憧れていた。その子がある日、
「昨日、宇宙ってどこまであるんやろと思ったら全然寝れへんかった!」
と周囲に話していて、それを担任の体育教師とその子のグループが「めっちゃ分かる!」と盛り上がっているのを目の当たりにした。宇宙に興味がある人なんて少数派だと思っていた私は、宇宙の魅力は誰しもに伝わるのではないかと心震えた。あの子が今どうしているかはわからないけれど、私の天文学人生に燃料を注いでくれたことは確かだ。大事な人である。
 中学2年生の時、【ホンマでっか!?TV】で心霊現象やどこでもドアなどについて科学的に議論しているのを見た。当時、夜桜四重奏(ヤスダスズヒト)に絶賛ハマっていた厨二病の私はフィクションを現実に引き込む「物理学」というものを意識するようになった。そのあと自分で色々調べるうちに、宇宙と物理が繋がって「宇宙物理学」を知り、大学で学ぼうと考えるようになった。

高校:頑張れない人と楽しめる人
 高校からは勉強に身が入らなかった。化学・生物、特に数学で大きく躓いた。中学の時、どうやって勉強していたんだっけ……と何をすればいいかわからなくなってしまうくらい、高校の授業についていけなくなった。それでも宇宙への憧れは消えず、2年生の時に先生の勧めで、KIMOTSUKI SPACE CAMPというイベントに参加した。小学生から高校生の宇宙好きが全国から集まり、太陽の電波観測をアンテナ作りからプログラミングまでした。メインイベントはグループに別れてのプロジェクト提案。私は月面のクレーターにアレシボ望遠鏡を設置する提案をしてベストプロジェクト賞をもらった。たった一票差、どのチームも素晴らしかったのでそこに大した価値は見出していない。のちにNASAが同様の望遠鏡を提案した時は嬉しかった。「おんなじこと考えてる!!!」と高揚した。
 当時、教育と物理、芸術にも悩んでいた私はこれに参加して、面白くなかったら、潔く宇宙物理への道は断念しようと思っていた。だが、楽しかった。物凄く楽しかった。年齢なんて関係なく、学びに貪欲で宇宙が好きな同世代と大学生と研究者と接して、かっこいいなと思った。私もこの人たちの楽しい会話に理解しながら混ざりたいと思った。自分は知識が浅いけれど、みんなの話を聞いて学んで意見を繋げることはできると思った。それが私の天文研究との関わり方な気がした。

 そして、後悔の残る受験勉強の末、後悔のない大学の物理学科に進んだ。高校物理は全然得意にも好きにもなれなかった。でも私は、大学まで行って物理をもっと理解すれば好きになれるのではと思い、志望学部をやめることはしなかった。得意なことを伸ばすために大学の専門を選ぶのも素敵だと思う。私の場合は、分からないものを分かりたくて専門を選んだ。


 大学での私と天文学との付き合いは、道半ばなので、また別の機会にしようと思う。


宇宙の美しさと謎はSFじみていて好きだ。
空について考えている人たちの話が好きだ。
物理学は一番魔法みたいだから好きだ。

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