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123. 新たに気づいた親の気持ち

突然ですが、先日親戚が亡くなりました。
母のいとこにあたる方で、小さい頃は母のいとこたちとその子供たち(私からみたはとこ)同士で集まって遊ぶことがあったので、私もよく知っているお兄ちゃん的な存在でした。

母は私には何も言っていなかったのですが、昨年の春に背中の痛みがあり、受診したら膵臓癌だということが分かり、一時薬も効いていたそうですが、11月頃に急に悪化、転移が見られるということで春は越せないという診断を受けたそうです。

病気発覚から一年も経たずして,本当にあっという間だったようです。享年58。若すぎますよね、、。

その方のお母様は、施設に暮らしており,痴呆症を患っていますが、「なぜ先に行ってしまったの、なぜ先に行ってしまったの」と繰り返し言っていると。痴呆が進んでいるそうなので、事を理解してなのか、本能的に察してなのかわからないです。

親戚のお兄ちゃんには心よりご冥福をお祈りします。


そして、このニュースを聞いて、ふと自分の命もいつ、どんな形で終わるかわからないなと思いました。もちろん自分の両親や夫や娘も。
いつ、どこで、今の当たり前の生活が壊れてしまうかわからないよな、と改めて考えさせられました。

また、昔snsか何かで見たのですが,病気になった家族が、「病気になったのが私でよかった」とおっしゃっていたことを思い出しました。その時は、すごいなぁと思って読んでいましたが、きっと私も大病を患ったら、余命宣告をされたら、同じことを思うと思います。

病気になったのが自分でよかった。

娘でなくてよかった。

夫でなくてよかった。

もし、結婚せず、独り身だったら、「どうして私が」と思ったかもしれない。
もしくは、もっと若かったら、もっとやりたいことがあったのに、と運命を呪ったかもしれない。

もちろん、実際自分が病気になったら、書いたような綺麗事な気持ちではいられないかもしれませんが、それでも、娘が私を親にさせてくれたおかげで,私は、病気になったとしても、「それが娘でなくてよかった」という思いをよりどころに生きていける気がしたのです。

そして、37歳の今仮に病気になったとしても、充実した人生を過ごしてきたからこそ、悔しいし、名残惜しいと思うかもしれないけど,それでもいい人生だったと病気を受け入れられそうな気がしたのです。

朝から、少々暗い内容になってしまいましたが、日々生きているとついつい日常の幸せに気づいたり、感謝しにくくなってしまうので,思いをまとめさせてもらいました。

不慮の事故や予期できぬ病気は仕方ないにせよ、運動や食事で予防できる生活習慣病はなるべくかからないようにしたいですよね。

朝から昨日の残りのカレーやお菓子を食べてから出社する妊婦が家だことではないですが,諦めずにできることから続けたいです。

みなさま、今週も頑張りましょう。

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