らだけ

「ら」
「らー」
 言葉から、むしろ“ら”以外が抜けてしまった結果、人々は“ら”だけを喋り、“ら”でコミュニケーションをするようになった。不自由そうに見えて、慣れたら意外とこれが便利。
「らららー」
「ららー」
「らー!」
 という具合に、街角で繰り広げられる『おーい』『おー』『ひさしぶりー!』ぐらいの感じのたわいない日常会話も、やたらとごきげんなミュージカル風になって、なんだか聞いてるこっちまで楽しくなってしまう。僕は足取り軽く鼻歌混じりで路地裏に入る。
「ら」僕が言うと、
「ら」目の前に立つ見知らぬ誰かが振り返る。
「らら」僕が右手を振り上げると、
「ら、らら、らら」目の前の誰かは尻餅をつく。
「らららー」僕が右手を何度も振り下ろすと、
「ら」誰かは小さくうめいて動かなくなる。
 僕は右手に持った真っ赤なナイフをからんと道に投げ捨てて、路地裏を後にする。
 じきにこれを見つけた人々による「ら」の大合唱が始まるだろう。想像して僕は楽しくなって、思わず口ずさむ。
「ら、ら、らららー」

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