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世の中が「劣化」しているその実感…「偽物(=FAKE)」が平気な方が強いかも? 

 自分が子供だった頃の昭和(!)の時代、自分の両親は、とにかく文化的なものに飢えている感じがあった。クラシック音楽、ビートルズ、海外の映画。「本物」を知りたい、というような貪欲な思いがあった。「清貧」という、2022年年末の、今の世の中では死語のようになってしまった、貧しくとも清く正しく生きる、お金儲けにだけ邁進することを、あまり良いことだとは思わない、というような感覚を、両親は強く持っていたように思う。

 お金がなくとも体験できる「本物」の小説、「本物」の芸術、「本物」の味、「本物」の海外旅行。「本物」のデザイン、「本物」の洋服、「本物」と「偽物」の違いの分かるセンス(美意識)。

 それから30年ほど経過し、バブル期からの、一転して国全体が鬱になったかのような暗黒の無成長時代、デフレ時代を経て、今の世の中は、「FAKE=偽物」が強い、そんな空気に満ちている。

 「本物」よりも、化繊でできたペラペラの服の方が、虫に喰われにくい。

 「本物」よりも、なんだかよくわからないパフォーマンスをして、声高に誰かを攻撃するようなyoutubeの方が再生されやすい。

 「本物」よりも、絶対に敵対してこない人たちを従えて、少しでも異を唱える人のことを排除するような人の方が支持を集める。

 「FAKE=偽物」が蔓延る世の中ではあるが、そんな中でも本当に面白い小説や、本当に面白い映画や、本当に心を揺さぶる音楽、などを作っている人たちがたくさんいる。本物の価値を侮ってはいけない。生涯にわたる、人生を支えてくれるような影響を与えてくれる。しかもたった数千円で。そういうものの価値を認めにくい世の中ではあるけれど、「本物」を求める気持ちを信じたい。「FAKE=偽物」には、「FAKE=偽物」だ!と異を唱えられる、そんな世界を、保ちたい。

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