見出し画像

2017年に起きた"Calvin Harrisサマソニ事件"とは何だったのか。そしてそこから始まった"分断"とは。

先日、音楽ライターの草野さんにお声がけ頂きまして、僕を含めた4名で「2010年代の音楽シーンを語ろうじゃないか」という事で3時間ほど語ってまいりました。ちょうどその記事の前編がアップされたので、是非ご一読頂ければと思います。

前編は挨拶ということで、自己紹介&この10年の音楽の聴き方の変化を語っておりまして、僕も「最近はダンス・ミュージック&ヒップホップ中心ですけど、元々はピッチフォーク読者でインディー主義でしたよ」という話をしました。そして草野さんとの出会いのきっかけとして、2017年のサマソニ直前に書いたCalvin Harrisの記事について触れております。今回はこの記事について振り返ってみようかなと思います。

この記事、有り難い事に上記対談の元ネタである「2010s」の著者、田中宗一郎さんと宇野維正さんにもtwitterで触れていただきまして、歴代ベストと言っていいくらいの反響を頂く事が出来ました。今はライターとしてReal Soundさんで書かせていただいておりますが、その大きなきっかけとなった記事でもあると思います。

これはCalvin Harrisのパフォーマンスが始まる前に書いたもので、その前後共に多くの方に読んでいただいたのですが、個人的には「その前後で、拡散のされ方が全く異なる」という点で実に印象的な記事です。その部分について、3年が経った今、改めて振り返ってみましょう。

2017年のサマソニで何が起きていたのか

まず、記事本編を読んでも今となっては特に意味はなく、この記事は下記の「2017年のCalvin Harrisのパフォーマンスの感想」とセットで読んだ方が面白いと思います。

まぁ端的に言うと、twitterで滅茶苦茶炎上しました。

炎上の経緯としては、こんな感じでしょうか。

--

1. 2015年頃から日本国内でEDMブームが起こる。

2. 評論家を中心に、EDMに対する批判が起こる。

3. 2017年、EDMを代表するDJであるCalvin Harrisが、評論家受けの強いFrank OceanとMigosを招いたファンク・ポップ"Slide"をリリース。更にそれをリードシングルとした、EDM色ゼロ・生楽器中心のファンク・ポップアルバム"Funk Wav Bounces Vol.1"をリリース。評論家を中心に絶賛を呼ぶ。

4. Calvin Harrisがサマソニ2017に出演。同アルバムのライブ・パフォーマンスを期待する人々が集まる中で、EDM色全開のDJセットを披露して炎上。

--

まぁ、「期待して裏切られた」と言えばそれまでなのですが、こんな感じだと思います。僕もサマソニに通って10年程になりますが、過去にここまで叩かれたパフォーマンスはちょっと記憶に無いですね。

そして、ここが重要なんですけど、「では、Calvin Harrisのパフォーマンスが酷かったのか?」というと決してそうではない。現場はそれはもう滅茶苦茶盛り上がっていました。翌日のヘッドライナーはFoo Fightersという大ベテランのロックバンドだったのですが、Calvin Harrisのパフォーマンスは、集客・盛り上がり両面において互角もしくは上回っていたと記憶しています。それこそ若い客層の多さで言えば圧倒的でした。

だって、パフォーマンス前の転換時間に、ワイヤレススピーカーで曲を流して合唱の練習とかしてるんですよ。「("Sweet Nothing"を流しながら)この曲めっちゃ好き!!えっ知らないの!?今からでも覚えて!!」って会話とかが聞こえてくるんですよ。そんな人達が集まって盛り上がらないわけないじゃないですか。むしろ"Funk Wav Bounces Vol.1"を軸にしたセットだったら、今度はそういう人達を裏切る事になる。そして、会場を埋めていた人たちの割合で言えば、そんな「EDM色全開のヒットパレード」を望んでいた人々の方が圧倒的に多い。

考えてみれば当然で、Calvin Harrisの来日は当時5年振りでEDMリスナーとしては待望の来日。一方で"Funk Wav Bounces Vol.1"が出てからはたった数ヶ月しか経っていないわけです。更に身も蓋もない言い方をすれば、当時はまだEDM系の曲の方が圧倒的に売れている。そして、誰よりもそれを分かっているのはCalvin Harris本人。会場に集まる人々が何を求めているのかを考えて出した答えがあのパフォーマンスだったのでは無いでしょうか。

ちなみにEDM好きとしてあのパフォーマンスを振り返ると、「ちょっとバウンス多いな」とは思いつつも、ド定番のMartin Garrix "Animals"からKandy "Fodge It"というまさかのジャングルへの繋ぎや、Valentino Khan "Deep Down Low"やJoyryde "Hot Drum"といった当時クラブ・ヒットしていた楽曲が投下されるなど、自身のヒット曲を軸としつつも当時の最新の潮流もカバーした見事なセットだったなと記憶しています。当時の僕も滅茶苦茶楽しんでますね。

当時、何を書いたのか。そして生まれた分断とは。

そして、元々の記事の話に戻ってくるわけですが、

個人的には「その前後で、記事の拡散のされ方が全く異なる」という点で実に印象的な記事です。

これがどういうことかと言いますと、

--

パフォーマンス前 : "Funk Wav Bounces Vol.1"を絶賛する、それを期待する音楽評論家や音楽好きが「これを読もう」と拡散する。

パフォーマンス後 : 音楽評論家や音楽好きのリアクションを見た人々が、「いや、ちゃんと冷静に予想していた人もいるじゃん」と拡散する。

--

こんな感じで、もう全然違うわけですね。前者はあくまで"Slide"を軸としたCalvin Harrisの音楽性にフォーカスを当てているし、後者は"とはいえ、サマソニではEDM中心のセットになるだろう"という分析の部分に着目している。

実際の記事では、なかなかズルい書き方をしておりまして、「多分EDM中心のセットになると思うけど、もしかしたら"Funk Wav Bounces Vol.1"中心のセットになるかもしれない。どっちにしても炎上するんじゃないか。まぁ僕はどっちも楽しむんだけどね」という内容となっています。これは逃げではなくて、むしろEDMが好きだからこそ、それまでのキャリアを全て無視して新作だけ絶賛するムードに大きな違和感を感じたからこそ書いたのですが、正直ここまで明確に炎上するとは思いませんでした。

それまでも少しその傾向が見えるタイミングはありましたが、この炎上を機に、「音楽評論家・音楽好きと、カジュアルなファンの対立構造」が更に加速していく事になります。言ってしまえばポピュリズムですね。上から目線で音楽の聴き方を指示してくる人々と、楽しんでいるところに水を差されて苛立つ人々。元々そういう構造自体はありましたが、それがこの"Calvin Harris事件"を機に2010年代後半になるにつれて手がつけられないくらい大きくなっていく。今でこそEDMは落ち着いたけれど、主に海外の音楽を語る時には、この問題は常に付き纏うようになっています。特にこの事件では、前述した「手のひらを返したような違和感」が可視化された事で、結果として音楽評論家・音楽好きへの風当たりが強くなってしまったのは否めない。

身も蓋もない言い方をすれば、「海外ではこんなに発達しているのに、日本ではこんなに遅れている」という、SNSでよく見るムーブと同じですね。本人からしてみれば「なんで分かってくれないんだ」という苛立ちでしかないかもしれない。でも、結局そのままでは溝を深めるだけで何も生まないのだから、発信の仕方をアップグレードする必要がある。Calvin Harrisのパフォーマンスと、記事への反応は、次の時代の価値観を痛感するとても重要なきっかけとなりました。(結局翌年はそれが行き過ぎて、今度は音楽好き側を敵に回す事になるのですが

では、どのようにアップグレードをするべきか?という問いについては、正直SNSを見ている限りは100%の答えって無いんだろうなという諦めもあります。ただ、「100%に近づける事は出来る」とは思うので、とにかくインプットを重ねて、あらゆる可能性を考慮して、何より「受け手を信じて」続けていくしかないのではないでしょうか。

そして僕は同時に「受け手側でもある」わけですね。そして受け手としての役割を放棄すると、今度は誰からも与えられなくなってしまうというのも今の時代なのではないかと思うわけです。だからこそ、今度は逆に「100%ではないものを正しく受け取る」という技術が大事になってくるのではないかなと。例えばtwitterでシェアされるネットニュース、あれって100%どころか数パーセントの更に一部分ですよね。他にも生存者バイアスやら選択バイアスやら色々とありますけれど、要は「自分の解釈が本当に正しいかどうかを疑う」というスキルが本当に大事だなと思うわけです。

送り手も受け手も、100%を実現するなんて不可能です。でも、それに近づける事を放棄したら分断は広がる一方であって、長期的に見たらCalvin Harrisみたいに「どっちにしても炎上」というジレンマに陥ってしまうわけです。音楽を楽しむ上で、それってめちゃくちゃもったいないと思うのです。

(2020/05/01 レゴ・ムービー2の宣伝で終了していた部分を書き換え。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?