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「編集者が過去に編集してきたものを振り返る」という嫌だけどやっておくとすっきりする作業について

編集者にとって「かつて」の自分を振り返る作業ほど嫌なものはない。かくいう自分もそうだった。作っているうちが最高潮で、発売して本屋に並ぶと読み返すことがなくなった。できあがったそばから過去になり、ぱたんと扉を閉じるように別の未来に向かって歩き出す。それは悪いことではない。当時は振り返る余裕なんてなかったし、必要もなかった。

自分はたまたまTRANSITという雑誌を辞めるとき、次に向かうまでモラトリアムがあった。ATLANTISという雑誌を立ち上げるまでの間、強制的に過去を振り返る機会を得たのだ。過去を振り返り、新しい媒体を生み出す——モラトリアム期間に作ったのが「ATLANTIS zine」(SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSが発行)だ。

zineの内容は、ATLANTISができるまでをリアルタイムで追ったドキュメント(タイトルを決める、判型を決めるなど)が中心。それに、過去の自分を振り返るコンテンツ(かつての上司にインタビューしたり、当時のデザイナーやライターにかつての話を聞いたり)がプラスされる。過去の自分なんて、生意気でロクなもんじゃないのはわかってはいたが……。過去の自分と向き合う作業は、足が“つった”ときの感覚に似ていた。ほとんどは痛くて嫌なのだけど、少しだけ気持ちいい不思議な感覚。過去と未来、その両輪を往来しながらATLANTIS zineは作られていった。

01号〜06号まで育っていくように判型を大きくした。仕様も中綴じから平綴じへ、タイトルロゴも毎号変えた。まさにATLANTISという媒体を作りながら、過去の自分を比較検討し、思考を進化させていく作り方だった。タイトルを決め、判型を選び、紙を探しに印刷所を訪れたりもした。

かつての自分と向き合うことは、どうしたって課題が見つかるから、新しく何かを生み出すときには、非常に有効な手段であると今なら思える。なぜなら、表現=感じること、であるからだ。振り返り作業は、過去に感じたことがどう表現されているか、またされていないか、を客観的に観察できる。感じることがないならば、表現することは不可能だ。だから日々表現者は感じる必要があるし、それがないなら作らないほうがいい。

ATLANTIS zineで大変だったのは、手作業を盛り込んだこと。潤沢な予算などなかったので、印刷所で刷ったものを、手で折って丁合した。やってみるとミニマルなその作業にハマってしまった。紙を折り、束ねていく単純作業は、一種の麻薬のようなものだった。

SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSではzineの発売イベントも開催してもらった。同時に、編集の教室的なワークショップも開催。どうやって本を作っていくのか、1から手順を追って聞いてもらった。若い頃から独自の方法で編んできたから、人に教える作業は自分を客観視できるセラピー要素が強かったように思える。毎回真剣に聞いてくれる人たちを前にして、背筋がのびて自然と成長させてもらえた。SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSにはモラトリアムを与えてもらって本当に感謝している。ATLANTIS zineを作っていなければATLANTISは生み出せなかったはずだ。

NEUTRAL COLORSという一人出版社を孤独にはじめるにあたり、完売してしまった紙版と同じものをnoteに掲載しようと思う。それは再びの振り返り作業でもある。NEUTRAL COLORSという雑誌、写真集、絵本、小説&ノンフィクションを出していくにあたり、もう一度初心に返りたい。大いなる気づきを武器に戦っていきたい。そんな思いを込めて『ATLANTIS zine』の全文掲載に踏み切ります。この後、テスト版を上げてみます。その反応を見つつ、全文掲載の方法を考えていきます。

完全にインディペンデントとして存在し、オルタナティブな出版の形を模索し続けます。