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トップクリエイター榎本太郎の頭の中|魅力的なチラシのつくりかた

おちらしさんアワード2021において第1位に輝いた「Birdland」をはじめ、「モダンボーイズ」「しびれ雲」「幽霊はここにいる」など、魅力的なチラシを作りつづけている榎本太郎さん。
次々と素敵なチラシを生み出し続ける榎本さんの創作の秘密に触れるべく、今回は榎本さんのオフィスにお邪魔して、たくさんお話を聞かせていただきました。
自らの創作についてや、演劇の宣伝に関して取り組み始めていること、これからのデザイナーに向けてのメッセージなど、盛りだくさんな内容でお届けしてまいります!

榎本太郎
武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒。
アートディレクター、デザイナー。
これまで作成してきたチラシはこちら

かっこいいからいいってもんではない

――榎本さんが、演劇のチラシデザインと関わるようになったきっかけを教えてください

榎本 僕、演劇を観たこともなくて、ほんとうに、たまたまです。もともとエディトリアルをやってたんですけど、

――「エディトリアル」??

榎本 書籍とか雑誌とかのデザインです。それで、知り合いの編集さんから「本谷有希子さんのラジオ番組の単行本のデザインをやってみませんか?」と声をかけていただいて、ブックデザインを担当しまして。

――劇作家の本谷有希子さんですね

榎本 ちょうどそのタイミングが、本谷さんがパルコ劇場初進出、2008年の公演『幸せ最高ありがとうマジで!』の前だったんですけど、その単行本のご縁で、舞台のお仕事のお声もかけていただきました。

――それは本当に、たまたまですね

榎本 作品が出来上がって、劇場に観に行ってみたら、チラシとかパンフレットを目の前で見ている人がいっぱいいる、それがすごく嬉しくて。雑誌や本だと、なかなか自分が作ったものを見ているお客さんを直接目にする機会はなかったので。これは面白いな~と思い、よしこの仕事を増やしていこうと決めて。毎年1本が2本、2本が4本みたいにしようと倍々ゲームな計画を立てて…そうしたら今、ほとんどこういう仕事しかしてないっということになりました。

――嬉しかったからその仕事増やすって、いいですね

榎本 でも大変でした。演劇のチラシって独特なんですよね、映画などと比べると出演者の名前の載せ方がでっかかったり。チケット情報だとか星取表がどうだとか、演劇の習わしみたいなことが最初はなんにもわかりませんでした。

――どう乗り越えたんですか??

榎本 かき集めて、とにかくチラシをいっぱい見ました。そうすると、なんとなくわかるじゃないですか、これ良いなとか。これはちょっとどうかな、とか。

――伝えたい情報量の多さというか、文字の多さも、演劇のチラシならではですよね

榎本 エディトリアルをやっていて幸運だったのが、たとえばチラシ裏面の文字の多さにすぐに対応できたことですかね、日本語の基本的な仕組み、考え方とか、余白だとか、そういうことを多少なりとも知っていたのは大きいです。

演劇のチラシの裏面は、多くの情報を、心地よく読めるように並べることが求められる

――たくさん見た演劇のチラシの印象って、どうでしたか?

榎本 最初は、ダサい…なっていうのはありました。

――ダサい??!!

榎本 なんじゃこりゃと。でも、すぐに、ダサくていいんだと気づきました。かっこいいものが必ずしもいいものではないっていうところが、演劇チラシのポイントなのかもしれません。お客さんを呼べるもの、というのが大命題なんで。あんまりおしゃれで素敵だと、実際の舞台の温度感とかけ離れてしまう、と言いますか。

――「お客さんを呼べるようなチラシ」について、ちょっと掘り下げて聞きたいです

榎本 例えば「古典的な何とかの名作が!」みたいなことをそのまんま出しちゃうと、たぶんチケットは売れない気がするんです。長そう…難しそう…めんどくさそう…だったら、ちょっと敷居を下げて?あげて。届けたい層の方々の目を引くようなものになるよう、意識してやっています。その上で普段、演劇にあまり興味のない人にも、まずは「面白そうだな」って思ってもらえるように。

――演劇をあまり観ない人の心が動くデザインを意識する…

榎本 どんなにかっこよくて、素敵で、自慢のデザインができても、売れないと意味がありません。これをしたら人は呼べないなっていうことは極力やらないようにしてます。

――たしかに、普段演劇を見ない方を遠ざけてしまうような要素が、演劇にはいくつもあるなと思っています

榎本 先ほど言いましたけど、ほんとに偶然に携わることになったこともありまして、演劇に対して思い入れがまったく無いところから出発したのは良かったかもしれません。感覚が一般の人に近いというか。演出家さんやプロデューサーさんによっては、打ち合わせの時に「俳優さんの顔とにかく分かりやすく大きく」と言う方もいらっしゃるんですが、僕は別に嫌じゃないです。ダサくても。ベタでも。いいならそれでいいかなと。

――榎本さんのチラシって、俳優さんの見せ方と作品の世界観へのなじませ方が素敵だなと思います

榎本 それはすごく意識していますね。写真のディレクションはもちろん必ず担当させてもらっていますし、世界観の作り方もその都度考えていますが、なにしろ、あまりひねらないようにする、というのはあります。

――なるべくストレートに、伝わるように…

榎本 そうですね。事前に台本を細部まで読みつくして、根底にあるこの役の感情のうんぬんかんぬん…というよりは、打ち合わせの会話の中で「大体…こんなイメージを伝えたいんですよね?」という大きな部分を見つけるようにしています。

――チラシ制作は、どこから手をつけるんでしょう??

榎本 『〇〇系』っていうのを決めることですね。それが一番で、もうそこでほぼすべて決まっちゃいますね。

――『〇〇系』って、例えば、ボタニカル系とかそういうことですか??

榎本 そういうのもあるかもしれないですし、『外国かわいい系』とか『外国まじりな感じ』とか『ハッピー』とか。そういうのが、チラシを見たときに伝わるかどうか。どういう風に感じてもらえるか、は一撃で決まっちゃう。そう。最初がほんとうに大事。

――たとえば『Birdland』だったら何系になるんでしょう?

榎本 『Birdland』なら、ロックの話。以上。という。

――なるほど、わかりやすいです。

榎本 それが決まると、カメラマンさん探すときにも、ロックと言ったらこの人だよね、と決まってきます。

――そのもっとも大事な『〇〇系』の部分って、どういうとき・どういう場所で思いつくことが多いんですか?

榎本 歩いているときもあるし、夢に出てくるときもありますね。全然浮かばない時には、ひたすらネットで全然関係ないものとかをぼんやり見ていると「こんな色のやついいな」とか、ぼやーんって浮かびますから、それをメモしておいて、何か形にしてみて。でも正直、元々持っている感性というか感覚にゆだねていることがほとんどかもしれません。自分にないものはあんまり作らないかもしれません。

これからは、チラシを含めた媒体ごとのビジュアルをどこまで連動させていけるかが勝負

――チラシの制作って、大体どのくらい時間がかかるものなんでしょうか?

榎本 あっという間に終わるものから、すごく時間のかかるものまで色々です。凝った合成などがあると、やっぱり時間かかりますが、撮影が始まると大体そこから1ヶ月くらい、長いものだと半年ですかね。

――撮影の前に、打ち合わせがあったり、『〇〇系』を決めたりがあるわけですよね?

榎本 そうです。【『〇〇系』が決まるまで】と【それ以降】だと、圧倒的に【それ以降】のほうが期間は長いんですけど、大事なのは前者です。さっきも言った通り、『〇〇系』が決まったら、勝負はそこでついているので、あとはいかにそこから外れないようにするか。予定していないことはほぼ起きないし、ミラクルに期待しちゃダメだと思います。

――あくまでも予定通りに

榎本 その予定がちょっとずれて、結果的に「こっちがいいじゃん」となるのは全然いいんですけど。でも何となく撮って、あとで何とかしよう…なんてことは絶対に思わないほうがいいと思います。僕自身、ミラクルは好きだし、その場で起こることを大事にするタイプだとは思うんですけど、予想以上にすごいことが起こるってことはないですから。

――経験を重ねられているからこそ分かってきたことですね

榎本 撮ってみないと分からないっていうことは、もう今はほとんどないです。「撮影したら、1週間後に宣伝用にビジュアル出して」みたいなこともありますし。

――えっ、それは、すごいスピード感ですね

榎本 そのあたりは、この仕事を始めた頃と大きく変わってきていますね。紙での印刷よりも先に、まずビジュアルをWEBで出す。

――宣伝美術の、広報への関わり方が変わってきている感覚ってありますか?

榎本 ありますね。最近は、チラシポスター以外の媒体に合わせた見せ方やレイアウトも意識してますし、もっと踏み込んだ話をプロデューサーさんともするようになってきました。WEBデザインだったり、SNS、サイネージとかもある。そういうところの見せ方をトータルで考えていくことが大事なのかなあと。

――それぞれの媒体に合わせてビジュアルをアレンジする

榎本 たとえばWEBに関しては、チラシをそのままPDFで貼っただけで…いいのかなぁと。ちゃんとそれぞれのWEBのフォーマットにあわせたものにしていかないと…ヤバいんじゃないかなと思ってます。

――それは、演劇界全体への警鐘を鳴らしているようにも感じます

榎本 たとえば、俳優さんのインタビュー動画なども、ビジュアルコンセプトを統一したほうが良いんじゃないだろうか…少なくとも、白い壁の前でインタビューしている、というのは…。ビジュアルイメージはあまりたくさん無い方が良くて、連動していた方が効果的かと。やれることはいろいろある、と思っています。

――チラシをメインビジュアルに、そこから様々な広報物に展開していく、という流れが強まってきていますね

榎本 「もうWEBでいいじゃん」って誰しもが感じているとも思うんです。僕も「はっきり言って、チラシ、いる??」っていうときもあったんですけど、でも、いるんですよ。
もともとの役割は面白そう~と思わせる広告ではあるんですが、実物がほしい。ゲットしたい。取っておきたい。お土産にしたい。その気持ちはこれからも変わらないと思います。演劇特有の文化なのかと思いますが。チラシ軍団のおちらしさんには、チラシの良さを、変わらず訴え続けてほしいです。

こんないい仕事、他にない

――今日は、おちらしさんが保管している、これまでの榎本さんのチラシを持ってきてるんです。スタッフからのメッセージも添えてあるので、もしよかったら読んでください

榎本 (パラパラとめくりながら)この仕事で一番楽しいのは、同じことしなくていいことなんです。毎回毎回、まったく異なる依頼が来る。時代も国も、狙いも、笑えるやつなのか真面目なやつなのか、重たいやつなのか。どれも全然違っていて、はっきり言って飽きないです。たまにヘンなこともできますし。

――(チラシの数々を見ながら)本当に、全然違いますね

榎本 『テキサス』は、でっかいポスター大のコラージュです。紙を切り貼りして、整形の話なので糸で縫って…ということをやったんですけど、コンピュータは使ってないんですよ。結果、もはや星野源さんかどうか分からないかもしれませんが…これは頑張りましたよね、ふた月くらいこもりきり。もう今やれと言われてもできない青春の1ページです。

【テキサス】手作業だからこそ出せる歪さが面白い

――チラシにこだわりがあるだろうなぁ、という演出家さん…例えば松尾スズキさんやKERAさん(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)とのやりとりってどんな感じになるんですか?

榎本 松尾スズキさんとのお仕事は、打ち合わせを終えた後、もしくは事前に用意して、なんとなーくこうかな…?っていうのを提案すると、大体、おおよそは合っていることが多いでしょうか…。『業音』は、松尾さんから「業音って文字は左右対称だから、そういう感じでロゴマークできないかな」と。重厚なヘビメタを意識して作りました。

【業音】ロゴマークをぽんと置いただけではつまらないと、鉄工所をやっている友人のところへ行き、腐食させた鉄板を実際に作成した。

榎本 KERAさん(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)は、パンフレットもですが、チラシに相当こだわりをお持ちですね、ナンバーワンです。いくつか方向性はあるかと思うんですけど、僕に求められてるのは、どちらかというとわちゃわちゃしてない、クレバーな感じ?なものなのか、そういうのを依頼していただくことがなんとなく多いような気がしています。

【グッドバイ】三ツ折りのチラシ。めくっていくと、人物の背中が次々見えてくるという視覚の体験が、「グッドバイ」というタイトルと合わさり、実にエモーショナル
【しびれ雲①】「とにかく頑張らない、なんでもないのでいい」というKERAさん(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)のリクエストに応えた『なんもしない系』のチラシ
【しびれ雲②】裏面はレトロ写真で構成されている
【しびれ雲③】二ツ折りチラシの外(版画)と内(レトロ写真)に合わせて、裏表の手触りがまったく違う紙を使用している

――本当に、いろいろな方向性で、様々な作品のチラシを作っていらっしゃいますね

榎本 前に、映画の仕事もやってみようかなと、売り込みに行ったんですけど。そうしたら「今やられている演劇の仕事のほうが面白いと思いますよ」ってはっきり言われちゃいました。

――あっ、演劇のチラシって、そんな風に思われてるんですね

榎本 どうしてみんな、この宣伝美術っていう仕事、やらないんだろうと思うんですよ。もう、すごく楽しいです、こんな仕事ほかにない。毎回違うことができて。それと僕自身、あんまり前に前に立つようなのは好きでないこともあって、顔や体でガンガン表現される役者さんを間近で見られる?のも、すごくウキウキできて幸せです。

――榎本さんのお話を聞いていると、宣伝美術は本当に素敵な仕事だなって思えてきます

榎本 なんか、デザイナーのみんな、もっとこっちに来なよって思います。知らないのかな、こんないい仕事があること。どうしたら広められるんだろう…。

――たとえばおちらしさんで、現場の様子を紹介させていただいたりするのはどうでしょう?

榎本 いいですね。

――あと、関わり方が分からないっていうのはあるかもしれないですね。榎本さんも、たまたま宣伝美術に出会われたわけですし

榎本 あっ!この記事の末尾に、「アシスタント募集」って書いておいてください。募集要項、「やる気のある若者」みたいな感じで。

――いいんですか?

榎本 はい、ちょうど絶賛募集中なんです。あとカメラマンさんも是非。俳優さんをちゃんと撮れるっていうのは絶対条件なんですが、いろいろな方といっぱい知り合いたいです。

――わかりました。記事の最後には、募集要項を載せるようにします

榎本 よろしくお願いします。

取材、文:成島秀和、田中莉紗


アシスタント募集:

「やる気のある若者」
エンターテインメントのデザインに興味のある方
まずは HP や SNS からご連絡くださいませ。

要履歴書。
作品があれば郵送・もしくは添えていただき、審査の上、委細面談。
勤務地:横浜


おちらしさんアワード2022開催中!!

▽お気に入りチラシへの投票をお待ちしています!▽

投票期間:12月15日(木)17:00 ~ 2023年1月8日(日)23:59
速報発表:12月19日(月)予定
結果発表:2023年2月1日(水)17:00 予定

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