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カンパニークリエーションが可能なベンチャーキャピタルの条件

米国最大の公的年金基金であるCalPERS(The California Public Employees’ Retirement System: カリフォルニア州職員退職年金基金)は、積極的な資産運用を行う機関投資家の代表格で、その運用資産は4,000億ドル(52兆円)以上にのぼり(ちなみに日本の2022年度の国家予算は107兆円なので約半分にあたります)、彼らの投資戦略には世界から大きな注目が集まります。

CalPERSがベンチャーキャピタルへの投資を継続する背景

CalPERSは、2014年にヘッジファンドへの投資から撤退することを発表します。それぞれのヘッジファンドが扱う金融商品が多様であるとともに、金融工学に基づいた複雑な運用手法を評価することが難しいことから、どのヘッジファンドに投資をすべきかを判断するのに多大なリソースとコストがかかることを理由として挙げています。

その一方で、CalPERSはプライベートエクイティ(ベンチャーキャピタルファンドとバイアウトファンド)に全運用資産の約8%を割り当てています。
 
アセットクラスごとに、ファンド間にどのくらいリターンのばらつきがあるかを示したのが下記のグラフです。

これを見ると、ベンチャーキャピタルはそのばらつきが非常に大きいことが分かります。つまり、ハイリスクハイリターンということです。なお、他の分析では、元本以上のリターンを上げるベンチャーキャピタルファンドは全体の上位25~30%のみであるとされています。

他方、ヘッジファンドを見ると、ファンド間のばらつきはさほど大きくはありません。それにもかかわらず、CalPERSがヘッジファンドへの投資から撤退し、ベンチャーキャピタルへの投資を継続しているのは、彼らには上位30%に入る優れたベンチャーキャピタルとそうでないベンチャーキャピタルの見分けが可能であるということを指しています。

さて、ベンチャーキャピタルにも様々な投資スタイルがあります。その中でも最近のトレンドとして、バイオに投資を行う米国の著名なベンチャーキャピタルのいくつかは、バイオベンチャーをゼロから設立するカンパニークリエーションという手法を行っていることを紹介しました(バイオベンチャー設立後の成功確率を上げる「カンパニークリエーション」という手法)。

彼らは、カンパニークリエーションを行うことで、高い再現性を持ってバイオベンチャーを成功へと導いています。

同時に、彼ら自身のファンドも高いリターンを実現しています。もちろん、どのベンチャーキャピタルでもカンパニークリエーションができるわけではありませんが、これらのベンチャーキャピタルには共通する要素があります。

博士号を持つ人材や医師など、科学技術と臨床開発に専門性を持ったサイエンティストがキャピタリストとして多数在籍していることです。例えば、カンパニークリエーションを行う時、そして投資した後、彼らは主に4つのことを行います。

1.優れた科学技術の目利き

カンパニークリエーションのテーマとなる画期的な技術を、どこよりも早く見つけなければなりません。すでに注目を集めている技術でカンパニークリエーションをしていては競合も多く存在し、その技術の確からしさを検証するような時間的猶予もありません。

そのため、画期的であるにもかかわらずまだ注目されていない技術を探し当てるだけのサイエンスの知識を持ち合わせていなければなりません。学術論文を読み、学会に参加し、また自身の持つ科学者ネットワークを活用することが必要になります。
 
米国の著名なベンチャーキャピタルであるThird Rock Venturesは、ある年、社外から982件の提案を受けたと言います。

しかし、その982件から投資に至った案件はゼロだったそうです。提案を受けるより前に、場合によってはその技術を発明した先生すら気づいていないような応用法を自ら提案しにいくくらいでないと、二番煎じになったり、技術の旬に間に合わないのです。つまり、他の人たちが知っているような提案を持ってきても採用できないということの現れだと思います。

2.アカデミアの実験の再現

アカデミアの実験データには、外部では再現できないようなデータが多数あります。捏造とまではいかなくても、STAP細胞の事例のように、ある研究員にしかデータを再現できず、その理由が分からないこともよくあります。

そのため、カンパニークリエーションを行う前に、ベンチャーキャピタリストが自らの手で実験を再現してデータの信ぴょう性を確認するようなことも行われています。

3.研究開発の支援

バイオベンチャーを設立する前に、設立後の研究開発計画を準備します。バイオベンチャー設立後の成功確率を上げる「カンパニークリエーション」という手法で説明したような、技術の磨き上げや疾患選択、最適な臨床試験プランを準備するには、創薬の広範な知識が必要になります。外部の専門家を交えながら作成された計画は、さらに製薬会社の研究者や専門医師、規制当局などにヒアリングを行い精緻化されていきます。

4.ネットワークの活用

バイオベンチャーで必要となる高い専門性を持った人材の採用は、容易ではありません。時にキャピタリストが自身のネットワークの中から最適な人材を見つけなければなりません。

また、意見を聞きたいときに聞くことができる専門家、必要な実験を遂行できる共同研究先や外部委託業者、導出先となる製薬会社とのネットワークなどを活用して、足りない経験や知識を補完することも重要です。

驚くことに、彼らは科学技術のみならず経営の知識も持ち合わせています。MBAを保有していることは珍しくなく、事業会社での経験を経てからキャピタリストになる方も多くいます。科学技術と経営の両方に理解がないと、カンパニークリエーションを行うようなベンチャーキャピタルのキャピタリストにはなれないともいえます。
 
このように経営面でも科学技術面でも専門性の高い支援が可能なベンチャーキャピタルには、案件の再現性が備わります。すなわち、技術を発掘するところから臨床試験まで、必要となる全てのピースを彼らの専門性とネットワークにより埋めることができるのです。可能な限り各ステップの成功確率を上げ、後は結果を待つのみです。

日本でも科学技術と経営に長けたキャピタリストが増えている

近年、日本でも博士号を持っていたり、医師であったり、製薬会社で長年研究開発に従事した経験を持っていたり、専門性の高いキャピタリストが増えてきました。

米国の著名ベンチャーキャピタルと日本のベンチャーキャピタルの交流も見られますし、実際にカンパニークリエーションに取り組んでいるベンチャーキャピタルもあります。日本のバイオベンチャーの業界にも、その経験とノウハウが蓄積することで、多くのバイオベンチャーから画期的な新薬が生まれるような時代も近いかもしれません。


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バイオベンチャーには、投資家や起業したい人だけではなく、様々なステークホルダーが関わっています。大学、研究者、薬を待つ患者、製薬会社、認可を出す厚労省などの行政……、これらステークホルダーの多さや、複雑な研究開発プロセス・臨床試験などが、バイオベンチャーの理解を難しくしています。

本書は、研究機関、金融、製薬会社、バイオベンチャー、ベンチャーキャピタル、その全てに籍を置き、様々な角度からステークホルダーたちと関わりを持ってきた筆者だからこその視点で、
創薬のプロセスからバイオベンチャー起業の仕組み、投資手法、ベンチャーキャピタリストの業務に至るまで、バイオベンチャーで成功する方法を丁寧に教えます。


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