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【論文レビュー】20研究まとめ 心理学に基づいたコーチングの効果 2021年【メタアナリシス】

コーチングの効果を体感ではなくて学術的に理解しようという第2弾。

前回、2013年に発表されたコーチングの効果についての論文を紹介しました。今回は2021年に発表された論文を紹介します。


今回の論文は20個の研究を統合して分析したWang氏らによって発表されています。著者らはEast China Normal University(上海)とBirkbeck University of Londonの方が2名ずつで認知科学、組織心理学を専攻されています。

The effectiveness of workplace coaching: a meta-analysis of contemporary psychologically informed coaching approaches
職場コーチングの効果:現代心理学に基づいたコーチングアプローチのメタアナリシス

Qing Wang, Yi-Ling Lai, Xiaobo Xu, Almuth McDowall

Journal of Work-Applied Management, Vol. 14 No. 1, pp. 77-101.
https://doi-org.stri.toyo.ac.jp/10.1108/JWAM-04-2021-0030

タイトルにもある通り、「心理学に基づいた」職場コーチングの効果を統合的に見ていこうという試みです。

概要

まず、全体像をご紹介します。

目的
この分析では、学習、パフォーマンス、心理的幸福など、職場の様々な成果に関して、認知行動学とポジティブ心理学の枠組みで、これまでの経験的コーチング研究のエビデンスを統合的に解析する。

心理療法(Graßmann et al., 2020; Gray, 2006)やポジティブ心理学(Grant and Cavanagh, 2007)などの心理学的視点に着目し、コーチング介入の潜在的メカニズムを説明する。コーチングアプローチ毎に効果にどんな違いがあるのかも比較する。

研究のデザイン
系統的な文献検索を行い、20個の研究結果を用いてメタ分析を行い検証を行った。

得られた知見
心理学に基づくコーチングアプローチには、次のようなことが確認された。

仕事に関連する成果として以下の項目においては特に効果があった
・目標達成(g = 1.29)
・自己効力感(g = 0.59)
・他者から評価された客観的な業績(例:360フィードバック)

さらに、認知行動コーチングプロセスは、仕事への満足を高めるような個人の内的自己調整(self-regulation)と気づき(awareness)を刺激し、持続的な変化を促すことがわかった。しかし、一般的によく使われるコーチングアプローチとの間には、統計的に有意な差は見られなかった。

むしろ、異なるフレームワークを組み合わせた統合的なコーチングアプローチの方が、コーチの心理的幸福を含め、より良い成果を促進した(g = 0.71)。

調査対象

まずは、この研究におけるコーチングの対象をどこに絞るかという話があります。というのも、コーチングは様々な種類があるからです。パーソナルコーチ、エグゼクティブコーチ、管理職が部下に実施するコーチング、ウェルネスコーチング、キャリアコーチングと例をあげたらきりがないくらい(笑)

過去の統合的な研究(メタアナリシス)では、異なるコーチングが混在した状態で分析していたので、この研究ではそれを区別して分析していく方針としています。
それでは、この研究で対象となるコーチングがどういったものが見ていきましょう。

この研究におけるコーチングの定義
この研究でのコーチングの定義は、「コーチとコーチを受ける人の対人的相互作用を通じて、コーチを受ける人の学習と能力開発とより良いワーキングライフ(心理的幸福など)を促進するプロセス」とした。(Grant, 2017; Passmore and Fillery-Travis, 2011)

調査対象とするコーチングの種類
契約した専門家がコーチを行うコーチングとする。
これは、人事部のような内部専門家が行うコーチングは、学習成果や職場の幸福度において、外部コーチの方が影響力が大きいため (Jones et al., 2018)。こうした要素は行動やパフォーマンスの持続的な改善に関係する (Kraiger et al., 1993).

コーチングの契約に基づいて、コーチを受ける人のパフォーマンス、満足感、組織への効果について目標達成するためのコーチングを対象とする。

調査するコーチングの効果候補

この研究な大事な部分、コーチングの効果についてです。
この研究では過去の研究を参考に、(A)感情、(B)認知、(C)行動成果、(D)心理的幸福の4グループに分けて、次のような項目でコーチングの効果について調べていきます。

そして、これらに項目に対して、次の3つのリサーチクエスチョンに答えていきます。

Q1.
心理学に基づくコーチングアプローチは、上の項目にプラスの効果を与えるか?

Q2.
よく使われる様々な心理学フレームワークのコーチングは、その効果に違いはあるのか?

Q3.
統合的な心理学的コーチングフレームワークは、単一のコーチングフレームワークよりもコーチングの成果に対して良い効果をもたらすか?

さて、結果はどうだったのか?!

調査の結果

調査としては、1995年から2018年に発表された英語論文でコーチングのフレームワークが明らかなものを対象にしています。1000を超えるから論文から絞り込み最終的に20論文(調査対象合計957人)が対象となりました。
(分析方法やその妥当性の検証については省略)

Q1.心理学に基づくコーチングアプローチは、上の項目にプラスの効果を与えるか?

Q1に対しての結果は次のようになりました。太字の6項目が特にコーチングの効果があった項目です(コーチングが項目とポジティブな相関があった項目)

コーチングで効果のある項目

効果のあった項目の内容をあらためて紹介します。

(A) 感情的成果
組織コミットメントや動機付け

(B1) 一般的な知覚的効力
知識の獲得と不足の自己認識。
目標に適した行動の計画、モニタリング、修正

(B2)目標達成度
学習者による具体的な学習成果の自己評価

(C1)自己評価パフォーマンス
自分が知覚した業務遂行能力の向上

(C2)他者評価パフォーマンス
客観的な業務遂行能力の向上

(D) 職場の心理的幸福
自己受容、人生の目的、他者との良好な関係、環境の統率、自律性

他者が評価したパフォーマンスが向上するということは、コーチを受けた人の行動が変わっていることを意味しますし、ビジネス的には高く評価できる項目だなと感じました。

また、有意差はありませんが(A)感情的成果、(C1)自己評価によるパフォーマンスについてもコーチングと項目にはポジティブな関係がありました。(筆者らは有効な影響があったと評価しています)

Q2. よく使われる様々な心理学フレームワークのコーチングは、その効果に違いはあるのか?

これは、なかなか興味深いリサーチクエスチョンです。方法論によって、どんな結果の違いが出てくるのか?

比較した心理学フレームワークはこちらの4つ
●CBC(cognitive behavioral coaching)
●GROW model
●PPC(positive psychology coaching)
●統合したアプローチ

こちらの結果としては、すべてのコーチングメソッドにおいて肯定的な効果が示されました。全体として、コーチングメソッドによって、コーチング効果に有意な違いがあるという証拠は見つからなかったとのことです。

Q3.統合的な心理学的コーチングフレームワークは、単一のコーチングフレームワークよりもコーチングの成果に対して良い効果をもたらすか?

こちらは、統合的コーチング手法と単一コーチング手法で有意な差は見られないという結果でした。

まとめ

論文の筆者はコーチングの効果についてこう書いています。

心理療法とポジティブ心理学に基づくコーチングの構成要素は、個人の認知的・感情的学習成果、客観的業務遂行能力の向上、心理的幸福など、すべての評価成果に対して全体的に有効な影響を与えることが示されました。

その上で、4つの視点からコーチングのポジティブな影響について取り上げています。

ポジティブな影響① 目標に関した行動


特に影響あった項目は目標に関連したものだった。
コーチングは「目標に適した行動の計画・モニタリング・修正」のようなメタ認知スキルにポジティブな影響があり、コーチングが内省を促し目標に向けた精神と行動の変化を刺激するということの裏付けになっている。

コーチングを受けた人は、自分で目標を立て、それを適宜確認しながら行動を起こしていく。そういった目標に関連した能力が開発されると捉えることができます。

ポジティブな影響② 仕事への態度


分析で2番目に大きな効果量があった項目は、仕事に対する態度、組織へのコミットメント、仕事への満足度、退職の意思など、コーチを受ける人の感情的成果への影響(g = 0.44)であった。
コーチングは従業員への成長を支援する投資であるとコーチを受けた人に受け止められ変化への動機付けとなる。
この研究によって、自己主導的なプロセスや認知的な問題を扱うコーチングは、コーチングを受けた人の社会的サポートや組織目標への態度を向上させることが明らかになった。

コーチングが提供されるということ自体が投資として解釈されると、組織への思い入れが増すというのはうなずけます。アメリカではエグゼクティブ層のリーダーシップ開発としてコーチングはよく用いられていますし、コーチがつくということは、会社から投資対象のリーダー人材として認められていると考えるのは自然なことだと思います。

ポジティブな影響③ 心理的幸福 well-being


3番目に大きな効果量(g = 0.28)だったのはコーチングを受けた人の心理的幸福だった。
これまでの研究結果では職場での業績や行動を重視していたため、この発見自体が新しいものである。

職場でのコーチングにおいても、「心理的幸福 well-being」という個人にとって意味のある影響もあるようです。もちろん well-beingは従業員のパフォーマンスにも影響があるという研究結果がありますので、組織にとってもポジティブな結果です。

ポジティブな影響④ 他者評価のパフォーマンス


最後に、コーチングは、他者から評価される客観的な仕事の成果にプラスの影響を与えた(g = 0.24)。
興味深いことに、コーチングを受けた人の自己評価によるパフォーマンスは、コーチング後、有意に改善されなかった。この知見の説明として、介入研究における自己報告バイアスが考えられる(Kumar and Yale, 2016; Rosenman et al, 2011)。回答者の判断基準は、コーチングを受けた人が長所と短所をより現実的に理解するようになるにつれて変化する可能性がある(Millsap and Hartog, 1988)。同様の現象は、Mackieの研究(2014)でも指摘されており、実験グループのシニアマネジャーは、コーチングを受けた後のリーダーシップ開発の改善度は低かったが、リーダーシップ行動の「実際の」改善度は、客観的な360度評価で評価した対照グループの参加者に比べて良好であったという。

最後に、360度アセスメントのような他者評価に効果があったと紹介されている。面白いのは自己評価は他者評価ほど変化がなかったということ。判断基準の変化について筆者も触れていますが、これはいわゆるレスポンスシフトと呼ばれるものかと思います。つまり、コーチングを受けて変化した後の自分は判断基準がさらに高いものとなっていて、行動は変わっても評価スコアが変わらないということが起きているということを意味しています。

おわりに

この論文は、心理学フレームワークに準じたコーチングを対象に効果を検証したこと、手法別の効果を検証したことに非常に価値があります。

ひとことに「コーチング」といっても実際は様々なフレームワークを用いられています。Aのフレームワークを利用したアプローチではXの効果があるけれど、BのアプローチではYの効果があるというようなことがある訳です。今回、フレームワーク別に整理したことで、解像度の高い結果となりました。

ただ、統合的アプローチという複数のフレームワークを使ったコーチングも対象となっており、現場のコーチは統合型が多いのではないでしょうか。

研究が進んでいくと、コーチは相手に必要な価値を見極め、フレームワークを選択して、対話にのぞむというスタイルになっていくのだろうと思います。

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