宇宙の始まりの光を観る:“CMB”
前回までの記事では量子レベルで物質が発生したり消滅することを示してきました(*1)。これまでは意識をナノレベル (nano-level)に縮小し、量子の世界で起こる物質やエネルギーの生成を想像してきました。今回は視点を広げて宇宙のことについて話していきます。時間と空間に対する意識を広げて宇宙の瞑想を行っていきましょう。
・さまざまな天体と地球との距離
まず最初に最も身近な天体である太陽 (the Sun) を想像してみましょう。皆さんが毎日見ている太陽です。太陽から地球までの距離は約1億5千万km、この距離は1天文単位(= 1 AU: astronomical unit) と定義されています(*2)。
この太陽から地球までの距離に光が到達する時間が8分19秒かかります。つまり、我々はいつも8分ほど前の太陽の光を見ていることになります。
それでは次に恒星シリウス (Sirius) を想像してみましょう。この星は太陽以外で地球上から見える恒星では最も明るい1等星です。星座はおおいぬ座 (Canis Major) に属し、画像のように上方に見えるオリオン座 (Orion) の帯の3連星の延長上に位置しています (*3)。
この恒星シリウスは地球から約8.6光年 (light-year) 離れた位置に存在しています。私たちが夜空に見ているシリウスの光は8.6年前に発せられた光になります。これでも夜空の星々の中ではかなり近い星であり、特別な親近感を感じる人も多いのではないかと思います。
それでは次に北極星 (Polaris) を想像してみましょう(*4)。この星は地球が自転してもその位置を変えず常に北の方角を示すため、古代から多くの人々の道標として活用されてきました。
その存在感は神格化され、中国道教の天皇大帝(てんのうたいてい, *5)と仏教思想が融合して妙見菩薩(みょうけんぼさつ, *6)として信仰されたり、日本神話の創造神である天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ, *7)と同一視され祀っている神社も数多くあります。
この北極星までの距離は432光年で先ほどのシリウスよりも遠くに位置しています。今見える北極星の光は432年前の光ということになります。
次は銀河の中では最も知られているアンドロメダ銀河 (Andromeda Galaxy) をみていきます(*8)。実はこの銀河は我々がいる天の川銀河 (Milky-way Galaxy) から遠く離れた天体ですが、直径が約22万光年と天の川銀河の2倍以上の大きさがあるため、条件が合えば肉眼で観察することが可能です。アンドロメダ銀河は「肉眼で観察可能な最も遠くにある天体」としても知られています。
アンドロメダ銀河までの距離は何と250万光年にも及びます。つまり今私達が見ているアンドロメダ銀河の光は250万年前に発せられた光ということになります。人類がまだこの地球にいなかった頃にアンドロメダを出発した光かもしれませんね。
次はおとめ座銀河団 (Virgo Cluster, *) を想像していきます。今までよりもさらにスケールが大きくなります。アンドロメダのような銀河が1300〜2000個も集まった銀河の集団(クラスター)を形成しています。
このおとめ座銀河団にはM87、M86、M49など主要な銀河があり、地球からの距離は5000〜6000万光年と推定されています。このおとめ座銀河団の望遠鏡写真は5000万年以上前の光ということになります。
まだまだ遠くまで行ってみましょう。次はスローン・グレート・ウォール (Sloan Great Wall, *10) という巨大構造を観てみます。この構造は聞いたことがない人がほとんどだと思いますが、銀河団/銀河のクラスターがいくつも集まりマクロな視点で見て巨大な壁を形成している構造です。
図の左側にあるように半径20億光年ほどの宇宙地図の中でも連なった壁のように見える構造がスローン・グレート・ウォールです。データから再構成された画像が図の右側です。このグレート・ウォールの長さは13.7億光年にも及び、地球からこのグレート・ウォールまでの距離は約10億光年とされています。このスローン・グレート・ウォールを観測した時に得られた信号は10億年前の信号であり、地球上には哺乳類も恐竜すらもいなかった時代の光と言えます。
・宇宙での距離を求める
それでは「遠く離れた天体の距離はどのように求めるのか?」についておさらいしていきましょう。
ある一つの方法を紹介すると、天体の中には一定周期で光の強度が変わる“変光星 (Variable Star)”というものが存在し、その変光周期から絶対等級/光度 (Absolute Magnitude) を計算することが可能です。過去の記事(「宇宙は永遠か?について考える」*11)でも解説していますが、宇宙は膨張していることが分かっているので、「ほとんどの天体は地球から遠ざかっている」ということが言えます。
そして宇宙は膨張しているのでFigure 7のように「地球から遠い天体ほど速く地球から遠ざかっている」ことが分かります。この“地球から遠ざかる速さ”を“後退速度 (Recessional Velocity)”と呼びます。すると本来は同じ明るさの天体であったとしてもドップラー効果のようにその星が出す光の“見かけの波長”が引き伸ばされます。
“波長が引き伸ばされた”結果として色調は「赤い方へ変移する/真の色より赤く見える」ということから、この現象を“赤方偏移 (せきほうへんい、Redshift, *18, *19)”と呼びます。この赤方偏移=「本来の光がどの程度引き伸ばされたか」を調べることによって「その天体が地球から遠ざかる速さ/その天体が地球から何光年離れているか/今どの位置にあるか」が計算できます。
・観測可能な最も古い“光”とは?
上の例では10億光年以上先の構造物を観測することができたということは、10億年以上前の信号を観測することができたということになります。それでは、一体どこまで過去の信号を観測することができるのでしょうか。
それでは宇宙が誕生した頃まで戻ってみましょう。この頃の宇宙を知るには過去の記事「宇宙の始まり:“宇宙創造のアルケミー” *12」が参考になるのでまだ読んでない人は読んでみてください。
現在宇宙の起源で最有力な説は“ビッグバン理論 (*13)”ですが、それに基づくと宇宙が誕生してしばらくは宇宙全体がプラズマのような火の玉のような状態でした (Figure 8左)。
このときはまだ宇宙の温度が高く、光子 (photon) と陽子 (proton) と中性子 (neutron)と電子 (electron)が結合できずに原子になっていなかった状態でした。このときは“光と影が分離する前”で“光しかない状態”でした。
しかし、宇宙の温度が低下して原子核と電子が結合し、光子と物質が分離されました。その結果、宇宙は初めて「光と影」が分離された状態になりました (Figure 8右。注:図はCGイメージです)。
このときの「光と影の分離」を「宇宙の晴れ上がり (Recombination, *14)」と呼び、近年の研究ではビッグバンからおよそ37万年後のことと考えられています(*15)。光が解放されたのはこの時であり、この時の光が“最も古い原初の光”と言っても良いでしょう。
・137億年前の“光”を観測できるのか?
先ほど説明したように、宇宙が初めて光と影に分離されたのがビッグバンから約37万年後のことです。その時の光を観測することなど可能なのでしょうか。
当時から宇宙は膨張し続けているとすると、今の地球がある位置から観測可能な範囲で最も離れていた光は「最大限に引き伸ばされている(=赤方偏移が極大)」であるはずです。「赤い可視光線」や「赤外線」を通り越してもっと波長の長い電磁波として観測されるかもしれません。また、宇宙の晴れ上がりの直前までは「宇宙全体は光で満たされていた」状態でした。なので、もしその状態から均等に宇宙が膨張したならば、その時の光はあらゆる方向から観測されるはずです。
実際にその電磁波は発見され、1965年にPenzias氏とWilson氏らによって報告されました(*16)。その後も研究が進んで、その電磁波は非常に強い赤方偏移(z > 1000, *18, *19)によって波長が1000倍以上に引き伸ばされ、もう目に見える光ではなく知覚できない“マイクロ波”という電磁波になっていました。この電磁波は「宇宙の晴れ上がり」当時は3000度K程(赤い恒星からの光と同程度)でしたが、現在では絶対温度2.725度Kの物体からの輻射に相当することがわかっています(Figure 9)。
このマイクロ波は宇宙に蔓延しており、あらゆる方向から観測されることから「宇宙マイクロ波背景放射 (Cosmic Microwave Background: CMB)」と呼ばれ人工衛星を打ち上げて継続的に研究調査が行われています (*17)。この中で大きな役割を果たした衛星の一つがWMAP (Wilkinson Microwave Anisotropy Probe *20)です。この衛星は2001年にNASAによって打ち上げられ、宇宙マイクロ波背景放射 (CMB)のデータ収集を10年近く行いました。WMAPによって得られたデータを解析した画像の一つがFigure 10です。
この画像は全天星図のように宇宙の全方位を表しています。図のように全方位から満遍なく信号が観測されていることが分かります。しかし、その中にも信号の強いところ(赤い部分)や信号の弱いところ(黒い部分)があり、何らかの要因で「宇宙の晴れ上がり (Recombination) の時に発せられた光」に“ゆらぎ (Fluctuation) ”があることが分かります。このCMBについては現在も研究が盛んに行われ、日々新たな発見が報告されています。
・137億年前は身近に存在していた
上の図の通り、我々は宇宙の初期の姿、つまり推定137億年以上前の情報を観ることができるということです。しかもこの情報は特別な偶然で得られたものではなく、“常に宇宙のどこにいても普遍的に受け取ることができる”という性質のものでした。そしてこのCMBという太古の情報は今現在も地球に降り注ぎ、宇宙に蔓延し続けています。
この事実が意味するところは、宇宙が誕生してからさまざまな星が誕生し、星が何千億個も集まって銀河が誕生し、その銀河も数千億以上あると言われていますが、その間137億年も情報が失われずに保存されていたということになります。
・あらゆる情報は宇宙に刻まれている
上に挙げたスローン・グレート・ウォールを例にとると、10億光年離れた天体なので、Figure 11のように地球で得られる信号(10億年前に発せられた光)と現時点での現場の景色は相当変わっているでしょう。成長して巨大になった惑星もあれば、新たに太陽のような恒星になった星、超新星爆発を起こして消滅した星、新たに誕生した惑星、また巨大重力によってブラックホール化した星もあるかもしれません。
しかし、その10億年間の変化の歴史は既に地球に向けて発信されていて、10億年かけて地球に向かっているはずです。その天体の5億年前の情報は今おそらく5億光年離れた場所にあるでしょうし、その天体の8億年前の情報はもう2億年ほどで地球に到達するはずです。
そう考えると、「10億光年離れた天体の現在姿は今観測される姿とかなり異なっている」ということが言えますが「その10億年分の変化の歴史は宇宙空間に存在している(現在地球に向かっている)」と言えます。
・永遠で不変の記録媒体は“光”かもしれない
私達は、古代から記録を後世に残そうとさまざまな努力を重ねてきました。それは壁画であったり文字であったり、石板であったり書物であったり、近年では磁気ディスク、CD/DVD-ROM、メモリーチップ、SSDなど、高速/高耐久/高容量へと年々進歩しています。しかし、これらの耐久年数は保存状態の良いCDで数十年、石板ならもしかしたら数千年保存できるかもしれません。
しかし、137億年も宇宙の情報を保存できる媒体があるでしょうか。そして容量が無限の保存媒体、そして真実をそのまま映し出し改変されない保存媒体、もしかしたらそれは“光”かもしれません。原初の宇宙の姿を我々にもたらしたCMBも“光(電磁波)”の一種です。同様に我々が何光年から何十億光年離れた場所の情報を正確に知ることができるのは“光(電磁波)”にその情報が刻まれていてそこから読み取ることができるからです。
“光”は実は永久不変で無限の容量を持つ記録媒体と言っても過言ではないでしょう。そして137億年前から現在に至るまで宇宙で起こった全ての記録を保持している、これも真実です。何億年も過去のことであろうと、何十億光年離れた遥か彼方の宇宙のことでも、我々が光を観ることでそれを知ることが可能です。
サンスクリット語でアーカーシャ(阿迦奢、Ākāśa、आकाश)という言葉がありますがこれは「天空、空間、虚空」を意味する言葉です。ご存知の人も多いかもしれませんが、この宇宙のあらゆる事象が記録されているというアカシックレコード(Akashic records)の語源となっている言葉です。そしてアーカーシャの名前を冠する菩薩が虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ、アーカーシャガルバ、Ākāśagarbha, आकाशगर्भ)です。「宇宙のように広大な無限の智慧と慈悲をもって人々に智慧を与え救済する菩薩」とされています。
実はこの宇宙空間(天空)自体が、「この宇宙における全ての事象が記録されているアカシックレコード」の一部と言えるかもしれません。上に示したように我々は宇宙に満ち溢れている“光(電磁波)”だけでも過去から現在まで無限の情報を引き出すことができるという可能性が示されました。
仮に地球時間で21世紀の現在、1000光年離れた星から地球を観察したとすると、その星には1000年前(西暦1000年頃)の地球の姿が見えます。同じように10000光年離れた星から地球を観察すると10000年前の地球の状態がありのまま観察できることになります。このように、地球のすべての過去の歴史も宇宙空間のどこかに光として消滅することなく保存されていることになります。
もし光より速く宇宙の任意の地点に移動できるとしたなら、理論上あらゆる天体のあらゆる時代の情報にアクセスすることが可能です。もちろん、人類よりも遥かに早く進化し3次元を卒業した文明の智慧を得ることができるかもしれません。その状態がアーカーシャの一部と融合した状態と言えるかもしれません。しかし当然ながら「人間が存在する3次元空間で光速を超えて遠くに到達することは不可能」と思っている人も多勢いるでしょう。ただし科学が発展するにつれ、「真実の世界は我々の概念を覆し続けてきた」のはこれまでの記事を読んできた読者の方にはお分かりかと思います。
もしかしたら「過去・現在・未来」という時間も我々の概念にしか存在しないかもしれません。時間という概念すらも存在しない領域が「虚空」であるかもしれません。我々の概念を超えた領域(虚空)には人類の想像の及ばない叡智があるでしょう。それはどこに在り、どうやったらそこに到達できるのか、それは虚空蔵菩薩様に会えるなら教えてもらえるかもしれませんね。
(著者:野宮琢磨)
野宮琢磨 Takuma Nomiya 医師・医学博士
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。
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