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図書館に棲む男④

今日は日曜日。私は土曜日の夜を図書館で過ごし、そのまま日曜日の朝を迎えた。近くにあった適当な本を手に取り、椅子に座り、いまのところ自然に振舞うことができていると思う。

まだ開館したばかりなので人はまばらだ。しかし日曜日の来館者は多いのでこれから混みあってくるだろう。

昨夜から今朝にかけての出来事は、上手くいったようでもあるが、片方で不穏な謎を残していった。あの男は一体誰だったのか。今この瞬間、彼はどこにいるのか。

本能的に、彼に危険性はないように感じているが、かといってこのままここで落ち着いているのは得策ではないように思える。いったん図書館を出よう。私は立ち上がりエレベーターへ向かった。

ここ9階はビジネスフロアとして設計されているので、エレベーターの手前にオープンなコワーキングスペースが30席分ほどあり、さらにクローズな会議室が2つ用意されている。

コワーキングスペース、会議室ともに、利用するには受付に声をかけ席または部屋を確保してもらう必要がある。予約制ではない。空いていれば自由に利用できる。制限時間は1日2時間まで。

コワーキングスペースの机には電源が用意されており、いつも仕事や勉強をする人で賑わっている。賑わっていると言っても、皆静かに作業に向かっているため非常に静かな環境だ。

会議室は普通の会社にありそうな4人程度で使える部屋が2つ。ホワイトボードもある。私はいつも一人で図書館に来るので会議室は利用したことはないが、ちょっとした打ち合わせに便利そうな空間だ。

エレベーターに向かって足早に歩いていると、会議室の前に人が立っていた。こちらを見ている。よく覚えていなかったはずのその顔を、私は一瞬で思い出した。

あの男だ。

あちらも私に気が付いている様子だが、その目線には気付かないふりをして男の近くを通り過ぎようとしたその時、彼が小さな声で言った。

「あなたにも、誰にも、危害を加えようとは思っていません」

私は少し歩を緩め、彼を一瞥したが、そのまま立ち止まることはせずエレベーターの前に向かった。振り返ると彼もすでに私とは反対方向へ歩き出していた。

彼の言ったことは嘘ではないような気がした。
少なくとも今日のところはそういうことで区切りをつけておきたい。

エレベーターに乗り込んだ瞬間から、私の頭の中ではもっと本質的な事柄の検討が始まった。

昨夜は本当に素晴らしい時間を過ごした。私がずっと憧れていた生活がそこにあった。これを一夜限りの夢で終わらせたくはない。

継続的に図書館の中で生きていくにはどうすればよいか。

1階のエントランスから24時間ぶりに図書館の外に出た。今年は1月にしては暖かで天気のいい日が続いており、今日も気持ちのよい快晴だった。

私はこれからの計画を考えながら家路に着いた。

(つづく)


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