ますきゃがお姉様のためにバレンタインのチョコケーキを作りたかった話

「キシャアアアアアア!!!」
 月面都市でまた巨大怪獣が暴れていた。
 怪獣の体は円筒形で、色は茶色。全身から甘い香りをプンプンと漂わせている。
 そう。お察しの通り、怪獣はチョコレートケーキだった。
「スウィィィイイイトッ!!!」
 名付けるならば、スイートチョコジラとでも言うべきか。
 体のあちこちから生やしたカカオの木を鞭のように振り回して、チョコ怪獣は街を踏み荒らす。
 既視感のある光景。ここまでは、いつぞやのバースデーケーキ騒ぎと同じだった。
 ただし、今回はそれだけではなく。
「ビタァァァアアアアッ!!!」
 咆哮したのは同じく円筒形の巨大怪獣。体はスポンジで、表皮はチョコレート。
 茶色い体表からは仄かな甘さの他に大人っぽい苦さを醸し出している。
 ビターチョコジラとでも言うべきその怪獣は、ズシンと音を立ててスイートチョコジラに向き直る。
 睨み合う二つの巨体。鏡写しになった怪獣達は、まるで宿命のライバルのようだった。
「スウィィイイト!」
「ビタァァアアア!」
 叫び声を轟かせ、二体の怪獣がぶつかり合う。
 大質量の激突で衝撃波が生まれ、周囲のビルが崩れ落ちる。ますきゃ学園も崩れ落ちる。
 そんな中、落ちてくる瓦礫をひょいひょいと避けながら、怪獣の足元で何やら声を上げる者がいた。
 主に銀髪碧眼の少女達。ますきゃっとだ。
「フレー! フレー! スイートチョコジラー!」
「まだまだーっ! 負けるなファイトだビターチョコジラ!」
 そこではチアガールに扮したますきゃっとによる応援合戦が行われていた。
 仮にもIMRの戦闘用アンドロイドが、学園を破壊する怪獣を止めようともせず、むしろ声援を飛ばすこの有様。
 いったい何が起こっているのか? 話は数日前まで遡る。

「バレンタインデーなので、お姉様にチョコケーキを贈ります!」
 赤いショートヘアのますきゃっとが高らかに宣言した。
 彼女のあだ名は料理長。バースデーケーキを怪獣に変貌させた実績のある、別に料理上手ではないきゃっとだ。
「いいっスねー! バレンタインはやっぱりチョコがないと!」
「最高のチョコを作らないといけないわね!」
「お姉様、いっぱい喜んでくれる……?」
「もちろん。満面の笑みで食べてくださるに違いありませんわ」
 料理長の提案にガヤガヤと反応する何十人という少女達。
 彼女達は“のらきゃっとお姉様ファンクラブ学園支部”のメンバー。その名の通り、伝説のファーストロットである“のらきゃっと”をこよなく愛するますきゃっと達だ。
 来るべきバレンタインデーに備え、ファンクラブは学園の家庭科室に集合し、料理長の指揮の下お姉様のためのチョコケーキを作ろうとしていたのだった。
「スポンジ作りは任せてくださいっス! 活きのいいバイオふくらし粉、仕入れてきたっスよ!」
「デコレーションならお手の物よ。見なさい、この繊細な技術!」
「バイオカカオを砕くの、得意。一撃で粉々にする……」
「板チョコにハッピーバレンタインと書く役割は譲れませんわね」
「ふふっ、みんな役割分担はできてるね。それじゃあ調理を始めよっか!」
 豊かな個性を爆発させながらも、一致団結してチョコ作りに挑むますきゃっと達。
 全ては愛するお姉様のため。そのためならば、彼女達は趣味嗜好を超えて一つになれる。
 そのはずだったのだ。この一言が聞こえてくるまでは。
「……あれ? 先輩、このチョコ甘いのしかありませんよ」
 問題の発言をしたのは、料理長と仲の良い銀髪のますきゃっと。
 しっかり者の後輩を自負する彼女は、準備し忘れたであろう料理長をジト目で見て肩をすくめる。
「相変わらずうっかりしてますね、先輩は。ビターチョコを用意してないなんて」
「え? 忘れてないよ。チョコは甘い方がおいしいもん。お姉様だって甘い方が好きに決まってるよ」
 パチパチと瞬きをし、数秒の間見つめ合う二人のますきゃっと。
 そこから先は、戦争だった。
「おやおや、何言ってるんですか? 至高のチョコはビターですよ。子供舌の先輩には分からないでしょうけど」
「むーっ! スイートこそ究極のチョコだよ! ビターなんて、通ぶってるだけじゃない!」
「お姉様は実際食通っスよ。お酒にも合うし、ビターが妥当じゃないっスか?」
「でもデート配信は甘々なイメージじゃない。あの雰囲気なら甘い方が合うわ!」
「ビター、最高。ビター、好き。いっそカカオ99%に……」
「そ、それは流石にマズいのではなくて?」
 ワイワイガヤガヤ、喧々諤々。
 料理長達の論争を皮切りに、ファンクラブはスイートVSビターで対立を始めた。
 建設的な話し合いは期待できない。お姉様においしいチョコを食べてもらいたい、だからこそおいしいと信じる味を譲れるはずもなく。
 次第に場がヒートアップし、銃撃戦でも始まりそうなピリピリした空気になった頃、バキッと大きな音がした。
 料理長が素手で机を叩き割ったのだ。
「みんな、ちょっと落ち着いて!!!」
 家庭科室がしんと静まり返る。
 全員の視線が料理長に集中すると、彼女は猫耳で大きく深呼吸をしてから口を開いた。
「ごめんね、火種を作っちゃって。でも、これはすごく重要な問題だと思うの」
 だってお姉様に最高のチョコを食べてもらいたいから、と続ける料理長。
 ファンクラブのメンバーは、彼女と真っ向から対立していた後輩でさえも、真剣な顔をしてコクリと頷いた。
「それで、提案なんだけど。スイートとビターのどっちがいいか、口論してても決まらないから―――」
 料理長は家庭科室をぐるっと見回すと、大量に用意されたチョコの材料をビシッと指差し、宣言した。
「―――両方作って、料理勝負で決めようよっ!」


 そんなこんなで、時間は冒頭のシーンに戻る。
「スウィィィイイイト!」
「ビタァァァアアアア!」
 スイートチョコジラとビターチョコジラ、二体の怪獣が激突する。
「行けーっ、スイート! たいあたりだよ!」
「ビター、迎え撃ちなさい! つるのムチ!」
 ぶつかり合う怪獣を応援するますきゃっと達。
 何故か味ではなく物理で戦闘していることに対してツッコミはない。
 これが彼女達の定義する“料理勝負”なのだ。
「ポケ◯ンバトルはポケ◯ンが戦う。スジ◯ンバトルもスジ◯ンが戦う。だったら料理勝負も食べ物同士で戦うものだよね!」
「そうですね、全く破綻のない完璧な論理です。国語100点の私が保証しましょう」
 笑顔で頷き合う料理長と後輩。
 残念ながら、二人はどっちもボケだった。
「ス、スウィィィト……」
 ズン、と大きな足音がした。
 ムチの痛みに耐えかねたスイートチョコジラが一歩下がったのだ。
「ビタァ……!」
 ニヤリとほくそ笑むビターチョコジラ。顔などないが、トッピングがなんかそんな感じに揺れている。
 しかし勝利を確信するのはまだ早い。スイートチョコジラにも反撃の手段はある!
「スウィィィイイイトッ!!」
「ビタァ!?」
 みずでっぽう! 否、チョコでっぽうだ!
 チョコクリームが勢いよく噴射され、ビターチョコジラの顔面(?)に直撃! 真逆の属性のチョコをもろに喰らったビターチョコジラに隙ができる。そこを見逃すスイートチョコジラではない!
「スウィィィイイイト!」
「ビタァァアアアアアッ!」
 そんな一進一退の攻防が繰り広げられる一方で。
 応援しているはずのますきゃっと達は、降り注ぐチョコでっぽうで瓦礫をフォンデュしてガジガジと味わっていた。
「はむっ……んー、やっぱりスイートチョコおいしいよ! ほら、あーん!」
「ちょっ、食べかけですよ……あ、あーん。あ、悪くないですね、コレ」
「でしょー?」
「あ、今度はビターがチョコでっぽう撃ちましたね。先輩もほら、あーん」
「もぐ……んんっ、苦い! でも、苦さの中に甘さがあるね」
「当然です、私が想いを込めましたから」
 互いにチョコをあーんし合うのは、真っ先に口論を始めた料理長と後輩。
 対立していたはずの二人が料理勝負をダシにイチャつき始め、もとい主義主張を超えて分かり合っている。
 そんな仲睦まじい姿を見て、他のますきゃっと達もおもむろにチョコの付いた瓦礫を拾い出した。
「相互理解は大事っスよね? 甘いチョコもちょっと食べてみたいっス」
「そ、そうね。ほろ苦い味も青春っぽいし、興味なくはないわよ、うん」
「苦いのと甘いの、両方おいしそう……はんぶんこして一緒に食べよ」
「いいですわね。じゃあ紅茶を淹れますので、それも一緒に」
 きゃっきゃうふふと、そんなオノマトペが飛び交いそうな和気あいあいとした空間。
 怪獣達の激闘を他所に、ますきゃっと達は思い思いにイチャつき始める。
 時々瓦礫が降ってくる危険な場所だが、そんなことは問題にならない。彼女達に取って校舎はオヤツだ。
「ス、スイートォォォ……」
「ビタァァァ……」
 はて。我々はいったいどうして戦っているのか。
 彼らがそんなことを思ったか思わないかは不明だが、しばらくして、チョコ怪獣達の勢いが弱まってきた。
 それもそのはず。スイートチョコジラとビターチョコジラ、両者は味以外は全く互角のバイオ生物。
 一対一でやり合えば、決着がつかないまま消耗するのが自然な流れだ。
「あらら、引き分けか。これは……みんな、どうしよっか?」
 うーん、と頭を抱える料理長。同じく頭を抱えるファンクラブのメンバー達。
 悩むような素振りを見せるますきゃっと達。しかし、実際のところ、彼女達の心は決まっていた。
「先輩、私達の考えていることは一緒だと思います」
「あ、やっぱり?」
 隣に並ぶ後輩にそう言われ、料理長はあははと笑う。
 ふと見回してみれば、一触即発のピリピリした空気など何処へやら。
 思い切りぶつかり合ったからか、それともおはらいっぱいチョコを食べたからか。スイート派とビター派に分かれたはずの少女達は、今や仲良く笑っていたのだ。
「……みたいだね。じゃあ、みんな一緒に結論を言おうよ」
「はい。皆さん、準備はいいですか? せーのっ」
 後輩の掛け声に合わせ、その場にいるますきゃっと達が全員口を開く。
 そして、
「「どっちもおいしかったから、両方とも作っちゃおう!!!」」
 少女達の出した答えは、こうしてピタリと一致して。
 みんな笑顔で手を取り合い、本命のチョコケーキ作りに戻るのであった。
 めでたし、めでたし……



 ……と、平穏無事に終わればよかったのだが。
 そうは終わらないのが“のらきゃっとお姉様ファンクラブ”という問題児集団である。

「よーし、完成! じゃあ地球のお姉様にケーキを贈るために、マスドライバーで射出しよーっ!」
 そう言い出したのは、一見人畜無害そうな顔をした料理長。
 口論の決着をつけるためだけに巨大怪獣を二体生み出し街中で戦わせてビルをなぎ倒した張本人だ。
「先輩、監視カメラのハッキング完了しました。今ならIMRの警備をごまかせます」
 追従するのは料理長と仲の良い後輩。
 成績優秀だが頭のネジが何本か外れていて困るとますきゃ学園の先生方にも評判の生徒だ。
「フッフッフ、腕が鳴るッスね!」
「お姉様のためなら、校則違反くらい怖くないわ!」
「障害を物理的に排除するなら、おまかせ……」
「必要な犠牲ですわ、仕方ありませんわね」
 料理長に率いられた問題児達は、足並み揃えてズンズンと進む。
 ケーキ怪獣を詰め込んだコンテナを運びながら、質量弾の射出装置を目指して、和気あいあいと歩いていく。
 正面からぶつかり合って絆を強くした今、彼女達に恐れるものなど何もない。
 マスドライバーの無断使用で怒られたとしても、お姉様にチョコを渡すのだ。
 そう決意した料理長達は、一直線に進んでいき―――

「―――ファンクラブのバカどもは、どこだあッ!!!」
「げえっ! 先生!?!?!?」

 あれだけ街中で大暴れした一件が、学校側にバレていないはずもなく。
 追いかけてきた元軍属の先生ますきゃっとに、これでもかと言うほど怒られて。
 最終的に地球へ向けた生物兵器投下は未然に防がれ、今度こそ平穏無事に終わりましたとさ。

 めでたし、めでたし。

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