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ファーストハンバーガーと会計の謎

【ロサンゼルス紀行#3】

ロサンゼルス国際空港から、ホテルへ向かう。

交通手段はUberを使ってみることにした。Uberとはライドシェアサービスの一つで、個人が自分の車で客を移送し賃金を得ることができるシステム。アプリで目的地を入力してから呼ぶので英語で会話する必要なし。料金も乗る前に提示された金額をアプリを通してクレジット払いするのでぼったくられる心配もなし。そしてタクシーより格段に安い。ロサンゼルスは地下鉄などの公共交通機関の治安が悪いのでUberを使わない手はない、と力説してくれたのはやはり旅行代理店のギャルである。にしても日本人からすると公共交通機関の治安が悪いってどういう状況よってな話だが、我々はのちにこういう状況か、との納得に至る。のは後で書くとして、今はUberの件。

シャトルバスに乗って、空港内にあるUber専用の乗り場に行く。そこはタクシー、Uber、Lyft(これもライドシェアサービス)のレーンがそれぞれ用意されていて、ライドシェアが当たり前の移動手段として扱われていることが窺えた。早速、アプリで呼んでみる。目的地を設定すると(ホテルなどの名称を入れると候補が出てくるので簡単)、周辺にいる配車可能な車の位置が地図上に表示される。料金がそれぞれ異なるのでなるべく安い車を選ぶこともできるし、ドライバーの顔写真、車種、客からの評価、話せる言語なども載っているので安心感がある。できるだけ到着が早く、料金の安い車を選んだ。配車が完了すると夫が「お、テスラだって」と言ったが、私はかなり車に疎く、脳内に浮かんだのはステラ(スバルの軽)だった。

10分ほどで車は到着した。全然ステラじゃない、シュッとしたのが来た。ドライバーは中国系っぽい中年の男性。降りてきてにこやかに何かを述べていたが、よくわからなかったのでとりあえずヘコヘコした。トランクを開けてくれたのでキャリーケースを自分で入れようとしたら、慌てて手伝ってくれようとしたが私も恐縮してしまい手を離さなかったため変な共同作業になった。あとから知ったが、Uberでもトランクへの荷物の出し入れなどをやってもらった場合はその分チップを払うのが一般的らしい。つまり、ドライバーからすると荷物の出し入れはチップの稼ぎ所であり是非ともやらせろという話なのであろう。自分のことは自分でという日本の教育の成果か、お・も・て・な・さ・れが下手くそである。

後部座席に乗り込むと、夫は「おお、これがテスラかあ」と興味深そうにしたのち、私がピンときていないことを察して、「イーロン・マスクの会社の車だよ」と紹介した。言われてみると、デザインがわかりやすく近未来的であり、TwitterをXと改名する奴が好きそうな車だな、という妙な納得感があった。

テスラはハイウェイをガンガン飛ばした。いや、もしかすると実際の速度はそうでもなかったかもしれないが、混雑する片側5車線の中を縫うように走るカーチェイス的緊張感がよりスピードを増し増しに感じさせたのかもしれない。ビビって何度かシートベルトを確認した。

無事にハイウェイを降り、ホテルに到着。場所はダウンタウン。ロサンゼルスの中でも高層ビルが立ち並ぶビジネス街である。このホテルは、超高級ホテルに泊まる財力はないが一応新婚旅行なので入った瞬間アラ素敵と思える程度にはお洒落でラグジュアリーっぽいホテルに泊まりたいものですわね、という庶民感覚の煮凝りみたいな我々のリクエストを受けて旅行代理店のギャルが選んでくれたホテルである。希望通りの綺麗なホテルで、部屋もお洒落でベッドも大きく、庶民は大変に満足した。

シェラトングランド・ロサンゼルス

荷物を置いて一休みしたのち、周辺散策と夕飯に繰り出した。ビジネス街と聞いたが、思ったより人通りは少ない。みんなまだオフィスでお仕事中なのだろうか。

街を歩いて目についたのは、グラフィティ。日本でも見かけることはあるが、数が日本の比ではない。建物や看板などありとあらゆる平面に、スプレーでなんやかんや書いてある。以前、グラフィティについての記事を読んで知ったが、その界隈では消されないように書くことはかなり重要とされていて、高いところにのぼって書いたり、消しにくいインクを使ったり試行錯誤するらしいが、まさに、その努力がみられるグラフティを見つけて、「おお、これが!」と、ちょっと興奮した。

努力の結晶


GoogleMapで周辺の飲食店を調べて、良さそうな店があったのでそこに行くことになった。ハンバーガーもあるし、他の料理もいろいろあって、ビールの種類が豊富なレストラン。着いてみると道路に面した広い店で、テラス席が気持ちよさそうだったのでテラスにしてもらった。テレビがいくつもあって、アメフトの試合が映し出されていた。

広々としたテラスで飲むビールは最高だった。とにかく雰囲気がいい。何から何まで洒落ている。アメリカ人も洒落ていると思うのだろうか。アメリカ人にとっては普通のありふれたレストランって感じなのだろうか。海外の人が日本のありふれた街並みをCoolだと言うように。

でかい

待望のハンバーガー、それからナチョスを注文することにした。ロサンゼルスはメキシコと近いのでメキシコ料理も充実しているらしい。メニューにはチキンナチョスと、その下にポークナチョスというのがあったのでポークを選んだのだが、運ばれてきたナチョスにはマグロがのっていた。二人で「ん?」と顔を見合わせ、メニューを確認する。chicken(チキン)に引っ張られて、poke(ポキ)をpork(ポーク)と読み間違えていた。酷い凡ミスである。

しかし、このポキナチョスが大変に美味かった。漬けマグロとアボカド、そしてハラペーニョの刺激。甘辛い照り焼きっぽいソースに加えて、サウザンドレッシングっぽいのがかかっていてこれが絶妙。日本にありそうで無い組み合わせである。

ポークでなく、ポキ

次にハンバーガーが運ばれてきたが、これがでかい。話には聞いていたが、でかい。二人で半分にしたが、ナチョスも結構量があったので、二品でお腹いっぱいになってしまった。大喰らいの我々からすると信じられないことである。肉肉しいパティはもちろんだが、私は一緒に挟んであったマッシュルームに感動した。なんだかやたらと美味いのである。日本のマッシュルームと何かが違う。味付けか? 調理方法か? そもそも種類が違うのか? 最初の食事でマッシュルームに魅せられた私は、このあと旅行中、マッシュルームを見つけると注文せずにはいられないマッシュルームジャンキーと化すのであった。

でかい

食事を楽しむ我々だったが、ここで「治安」の洗礼を浴びることとなる。と言っても、危険な目に遭ったというほどではない。

テラス席は道路に面しているので、すぐ横をいろいろな人が通る。ド派手な格好をした人や、バカでかいピザを食べながら歩く人、ピッカピカの電飾をつけたチャリに乗っている人、スピーカーでズンズン音楽を鳴らしている人、なぜか全力疾走している人など、本当にいろんな人が通る。

その中に、半ケツの人がいた。全体として日本よりも露出度の高い服を着ている人が多いが、その男性は明らかに異質というか、挙動がおかしく、警察官が来ていろいろ言われていた。おそらくだが警察官の側からは「前」が見えているっぽい。で、我々の目の前には半ケツ。柵のすぐ向こうに半ケツ。日本だったら速攻で連行されそうなものだが、警察官たちはその男性をたしなめ、誘導するだけで去っていった。ロサンゼルスではこの程度なら注意レベルで済むということなのか。治安の悪さの片鱗を見た気がした。


レストランの接客の話。

日本は接客のレベルが高いので、海外に行くと店員が素っ気なくて驚く、というような噂はよく聞いていたが、このレストランのスタッフは総じて感じがよかった。というか、チップを払うようなレストランではチップのためにちゃんと接客するものなのかもしれない。

我々をテーブルに案内し、注文をとり、料理を運んでくれた店員が、途中でもう一人別の店員を連れて我々の元にやってきた。英語で何かを言っているが全くわからずアワアワしていると、「Japanese?」と聞かれたので、やっとわかる質問がきたとばかりに「Yes!!」とアホ面で食い気味に答えたところ、スマホの翻訳アプリに英語を吹き込んでくれた。「私は休憩に行きます」とのことである。我々からすると、「い……行けば?」という話であるが、続いて「彼がこのテーブルを担当します」と、もう一人の店員を紹介された。そう、テーブルの担当者が誰なのか、それが非常に重要なのである。おそらく、チップ文化だからこそなのであろう。担当者=チップをもらう人、ということだ。

これは日本で暮らしているとなかなか持ち得ない感覚である。担当者の引き継ぎをされて、夫と二人で「こういうことなんだろうね」と話して納得し合ったにもかかわらず、そのあとビールを追加注文する際、近くを通った別の店員に思わず声をかけてしまい、「アイドンノー」的な対応をされてしまった。そもそも、客側から店員を呼ぶのはよくないらしい。では注文したいときはどうするかというと、テーブル担当者が来るのを待つ。ただ、待つ。たまに店員が「Enjoy?」などと話しかけてくるのを、欧米っぽいテンションだな〜などと呑気に捉えてぼんやりしていたが、あれこそが追加注文のタイミングだったのである。騒がしい居酒屋でも「すみませーん!」の声がよく通ることでお馴染みの私だが、そんな特技などアメリカでは屁の突っ張りにもならないというわけである。

会計も困惑した。クレジットカードでのチップの払い方が難しい。まず、チェックを頼むと店員が代金の書いてあるレシートをバインダーに挟んで持ってきた。ネットで調べるとレシートにチップの金額を書く欄があるとのことだったが、どこなのかよくわからず、私がたまたまボールペンを持っていたのでとりあえず空いているところに金額を書いて、クレジットカードと一緒に渡した。もしボールペン持ってなかったらどうするんだ? アメリカ人にとってボールペンを持たずにレストランに来るのはマナー違反だったりするのか? 常にボールペンを持ち歩くのが大人の嗜みなのか? などと話し合っていると、店員がまた違うレシートと、その控えと、クレジットカードと、ペンも置いていった。どうやらこっちのレシートにチップを書くらしい。今度はちゃんとチップの欄があった。

で、チップの金額が加算されるわけだから、クレジットカードはもう一回必要なのでは? と思い、一緒に渡したが返されてしまった。じゃあ、このあとはどうすれば? 控えはすでにもらっているから、帰っていいってことなのか? 店員の方をチラチラ見て、帰るからね〜? ダメなら引き止めてね〜? というメッセージを発しつつビクビクしながら店を後にした。最後までシステムがよくわからなかった。我々はこの会計システムの謎を翌日も引きずることとなる。

日が暮れ始める時間、さっきとは打って変わって、ダウンタウンの街中は賑わっていた。人通りも増え、店がライトアップされ、テラス席でお酒を楽しむ人たちが多く見られた。すんごく楽しい街にやってきた、という実感がふつふつと湧き上がって、視界はより輝いた。

ダウンタウンの夜

とはいえ、夜中はあまり出歩かない方がいいと聞いていたので、まだ夜中ではないが暗くなるとちょっと不安だった。なるべく人通りの多いところを通ってホテルに帰った。

ベッドの高さが、日本のものより明らかに高いことに気がついた。股下より上である。トイレの便座の高さも少し高いみたいで、一瞬蓋を閉めたまま座ったのかと焦る。

まだ寝るには早い時間だが、時差ボケもあってぼんやりと眠い感じがした。ベッドに寝転んで、テレビをつけてみる。テレビドラマ『フレンズ』が放送されていた。むかし流行ったドラマであることはなんとなく知っている。観ている人の笑い声やリアクションが入っていて、『フルハウス』を思い起こさせた。

隣の部屋から笑い声が聞こえてきた。父親とその子どもと思われるのだが、日本で言うところの『ゆかいなまきば』、イヤイヤヨーってやつ、あれを父親に歌わせて、子どもが爆笑している。何回も歌わせて、何回も爆笑している。何がそんなに面白いのかわからなくてこっちも逆に笑ってしまった。どこの国でも子どもはしつこいらしい。

部屋は8階だったが、車の音や、店で流れる音楽がほんのり聞こえた。賑やかな街を感じながら、眠りについた初日の夜であった。


続く。


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