見出し画像

遠距離恋愛的お部屋探し 後編

前編はこちら


まずいことになった。

北海道から部屋探しのために東京へ行く日を目前に、第一候補であるダイイチ・コーポの1LDKがまさかの内見不可。2月になれば前の住民が退去するというので、その頃もう一度東京に行くことも一瞬考えたが、せっかくANAのセールを駆使して格安航空券が取れたのに、もう一度行くとなれば余計な出費である。しかもそれまでの間にダイイチ・コーポの1LDKが、2LDKと同様、先客に奪われる可能性もある。なんだかもうどうしたらいいのかわからない。何の解決策も見出せないまま一週間が過ぎ、我々は東京へと赴く日を迎えた。

羽田空港に降り立つと、そのまま不動産会社に勤務する友達の友達、不動さん(仮名)との待ち合わせ場所へと向かった。指定された駅で待っていると、不動さんは改札の方から現れた。これは私にとって大変に意外だった。というのも、札幌で部屋の内見をするとなれば、不動産会社の車で移動して連れて行ってもらうことが多い、というか、私はそのパターンしか経験したことがなかったからである。一件目の駅近の物件を歩いて見に行ったあとは、なんとタクシー移動であった。非常に都会的だなと思った。

で、肝心の物件であるが、我々の希望条件に当てはまる部屋をいくつか内見してみたものの、やはり家賃を低めに設定しているので築年数は古く、写真だけではわからなかった気になる点が多々あった。また、どの物件も2LDKとはいえ、かなり狭い印象を受けた。夫と「ここにデスクを置いたとして……」などと家具配置を想像してみるが、どう考えてもデスク2、本棚3は無理な部屋ばかりである。そうなると、ますます総面積の広いダイイチ・コーポのことがちらつく。

我々は我慢できなくなり、ダイイチ・コーポへの執着を不動さんに訴えた。

「見てた中で一番広くて!」
「2LDKの方がなくなっちゃって絶望して!」
「でも1LDKでも部屋を仕切ればいけるって気づいて!」
「すぐ近くにコメダがあって!」
「なんかもう住む気になってたんですよ!」
「でもさすがに内見しないと不安で!」

こっちで勝手にダイイチダイイチ盛り上がっていただけで、不動さんとのメールのやりとりではアホがバレたくない一心で落ち着きのある物分かりのいい客を演じていたため、不動さんは我々がこんなにもダイイチ・コーポに対し熱い気持ちを持っていることは知らなかったであろう。「そういうことなら、ダイイチ・コーポの状況を再度管理会社に確認してみますよ!」と言って、不動さんはすぐに電話をかけてくれた。不動さんからすればさっさと言えという話である。

「やはり、1LDKのお部屋は2月になって今住んでいる人が退去するまでは内見はできないみたいです。」

やはりそうか、と落胆しかけたが、

「ただ、最初に問い合わせいただいていた2LDKの部屋が、契約は決まっているのですが今は空室なので、そちらでしたら内見できるそうです。行ってみますか?」

「それだァ!!!」

我々は歓喜した。そんな手があるとは思いもよらなかった。言ってみるものである、というか、やはりさっさと言えばよかっただけのことである。

こうして我々はついに本命の相手、ダイイチ・コーポと対面することになったのである。タクシーに乗り込み、現地と向かった。

写真ではわからなかったことだが、ダイイチ・コーポはまず周辺環境からして他の物件とはまるで違っていた。今日見てきた他の物件は、道幅の狭い路地の両側にギュウギュウに建物が詰まっているような立地ばかりだった。それは全体的に道幅が広い北海道で生まれ育った私にとって想像以上の圧迫感だったのだが、東京の住宅街は総じてこんな感じなのだろう慣れるしかないと思っていた。
しかし、ダイイチ・コーポは大きな道路沿いに位置し、さらに裏は広場になっていて、四方が開けている。そのため他と比べ物にならないくらいの開放感があった。車通りが多いので騒がしさはあるかもしれないが、ここなら夜道も安心して歩けそうだ。

そして、写真で見ただけではわからなかったことがもう一つ。建物自体の雰囲気である。今日見てきた他の物件は、部屋の中はリノベーションされて綺麗な一方で、建物自体の古めかしさは築年数そのままという感じで、エントランスに入ったときのなんとも言えない独特の匂いや暗さ、壁や床のよくわからん謎の模様などから、年季がダイレクトに伝わってきた。
しかし、同じくらいの築年数なのに、ダイイチ・コーポはそのような感じが一切なかった。もちろんピカピカに新しいわけでもスタイリッシュなデザインが施されているわけでもないが、不思議と古さを感じない。エントランスの奥が吹き抜けていて、日差しが直接差し込んでとても明るく、裏の公園の緑が見えるので清涼感があった。よくわからん謎の模様もない。

正直、この時点でもうすでに心は決まっていた。他の部屋とあまりに違った。恋愛で相手に出会った瞬間ビビッときた、みたいな話がよくあるが、一目惚れから交際0日婚するレベルの「ビビッ」が私のハートに巻き起こっていた。

部屋に入ってみると、やはり他に比べて相当広い。リビングと隣の部屋の壁がないことをイメージすると、かなり広く感じた。これなら自分たちで仕切って書斎スペースを作ってもなんとかなる気がする。水回りなども問題なさそうだし、窓側の景色が開けているので部屋の雰囲気が明るい。実際に住む1LDKの部屋は内見できないが、同じようなリノベーションがされているらしいので、そっちだけ極端に老朽化しているようなことも基本的にはないであろう。

我々は思い切って、1LDKの部屋を申し込むことにした。内見していないので何か問題がある可能性はゼロではないが、いざというときにはそれも受け入れようと思えるくらい、納得の思い切りであった。


私は基本的に一から十まで調べ上げて検討してから決定したい方なのだが、今回の部屋探しに関しては一番最初にこの物件にピンときた夫の直感を賞賛せざるを得ない。こういう、直感のまま決定まで突っ走るパターンもあるのかと思い知らされた。夫婦の能力は凸凹の方がうまくいく、みたいな話があるが、そういう意味ではちょうどいい組み合わせなのかもしれない。

さて、そんなちょうどいい我々、引っ越し業者からの40万円というちょうどよくない見積もりに絶望したりもしつつ、どうにか東京にやってきた。内見せずに決めた部屋は大きな問題もなく、快適な日々を過ごしている。

この文章はコメダで書いた。やはり近所にコメダがあるのは最高。

「あちらのお客様からです」的な感じでサポートお願いします。