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それうちのですよね

某日

「誕生日プレゼントとして好きなものを買うがよい」と、夫、母、祖母からそれぞれ権利を頂戴したので、それらを行使すべく買い物へと繰り出した。

こういう機会を得たとき、大抵は服か靴になる。私は結構服が好きな方で、今までの人生で使ったお金を集計したら、一位は飲み食い、二位はおそらく服になると思う。とはいえ、ここ数年は専らメルカリで中古を買っているので、誕生日は定価で新品を買う貴重な機会である。

よく買っているセレクトショップに行くと、早速店員に声をかけられた。

「そのバッグ、私も使ってます。いいですよね!」

このショップで扱っているブランドのバッグを持っていたので、こうなることは覚悟していたが、やはり照れる。好きな人に好意がバレるみたいな。「へえ〜俺のこと好きなんだ?」的な。「澄ました顔で店内見てっけど? それうちのだよね? 気に入ってんだ? だから見にきたんだ? めっちゃ好きなんだ?」的な。入店と同時に弱みを握られる感じが照れる。しかし、私が持っている日常使いのバッグ8個のうち実に6個がこのブランドなくらい完全にめっちゃ好きなので言い訳のしようがない。

「てか、すごいパンパンですね!?」

その日は11月とは思えぬ暖かさで、暑くて脱いだ薄手のジャケットをバッグに無理やり詰め込んでいたのを、店員は見逃さなかった。自分でもすげーパンパンだな……と思っていただけに、また照れる。

「これたくさん入りますよね。革が柔らかいからかな?」

尤もらしくバッグの品質を誉めることで己のガサツさを打ち消そうとしたが、こんなのは革製品にこだわりを持つ人間の所業ではない。

「そうなんですよ! たくさん入るとは思っていましたが、いやしかし、ここまでとは!」

店員は感心したように言う。このバッグの本気を見た、という顔。私のガサツさは露呈したが、これからこの店員は同じバッグを売るとき、「これめっちゃたくさん入るんですよ!」と、私のパンパンのバッグを思い浮かべながら言うだろう。気持ちの乗った売り文句で、嘘偽りない接客をするだろう。それなら本望である。ほんとにめっちゃたくさん入るから。


そのあと別の店に入ると、今度は「それ、うちのカットソーですよね!」と言われた。そうだった、着てたんだった、うっかりしていた。また照れる羽目に。しかし、それで終わらなかった。

「そのワイドパンツもうちのですよね!」

「あ、これはユニクロです。」

「そうですか、すみません……。」

「いや、すみません……。」

気まずい。ショップ店員も見紛うユニクロ恐るべしである。彼女が自社商品とユニクロを見間違えたことを苦に、酒とギャンブルに溺れ、借金を背負い、家族や恋人にも見放され、全てを失ったとしたらユニクロは責任を取れるのか。彼女の凍える心はヒートテックで暖められるのか。

申し訳なくて、というわけではないが、その店でカーディガンを買った。ABCマートでスニーカーも買った。新しい服を得たときの高揚感は、他に代え難いものである。夫、母、祖母に感謝。


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