見出し画像

セーラー戦士が月にかわってしまった事件

美少女戦士セーラームーンが社会現象を巻き起こした90年代初頭、ターゲット層ど真ん中である女児として人生を闊歩していた私は御多分に洩れずしっかりすっかりセーラームーンの虜となっていた。アニメが始まる時間になると買ってもらったムーンスティックを持ち出し、30分間セーラー戦士たちと共に世界の平和を守る日々。周りの子たちも勿論セーラームーンにはまっていて、遊びは専らセーラームーンごっこ。そうなると必ず勃発するのが、セーラームーン役の取り合いである。皆こぞって主人公であるセーラームーンこと月野うさぎになりたがった。そんな争いを横目に私はいつも余裕の表情。なぜなら、私が一番好きなのはセーラージュピター、木野まことちゃんだったからである。

こう言っちゃなんだが、セーラージュピターの人気のなさときたら目を見張るものがあった。やはりカラーの問題は大いにある。緑という落ち着いたアースカラーは幼児にはつまらなく感じられたのであろう。しかし、そんなセーラージュピターの魅力を幼児ながら早々に理解していたのが、何を隠そうこの私である。背が高くて喧嘩が強くてヤンキー口調なまこちゃん。私は小柄のもやしっ子だったので、強いまこちゃんに憧れた。料理やお菓子作りが得意というギャップも実に魅力的だ。主人公だからという理由でセーラームーンに安易に群がるお子ちゃまたちを尻目に、私はゆとりを持ってセーラージュピターになりきらせていただきます、てな具合。

で、事件が起きたのは、自室に学習机があったこと考えると、おそらく小学校一年生くらい。当時、セーラー戦士の皆さんの人形、いわゆるリカちゃんとかバービーみたいな髪の毛がちゃんとついているタイプの人形が売り出されていて、私はセーラージュピターの人形を親にねだった。それで誕生日か何かの機会に買ってもらうことになったのだが、母が「セーラームーンは欲しくないの? 本当に? セーラームーンも買ったら?」とやたらしつこく聞いてきた。自分が好きなのはセーラージュピターなのだ、まこちゃんなのだ、というプライドを貫き通したい気持ちで最初は断っていたが、言われるうちに「まあ両方買ってもらえるならそれに越したことはない」という気になってきて、結局セーラームーンも買ってもらった。マジョリティに屈した感は否めないが、実際2人を並べてみたときに、セーラームーンがいることによる見栄えというか、主人公としての華というか、その存在感を認めざるを得ない気持ちになったのは白状しておく。

事件の日、私はセーラームーンとセーラージュピターの人形で、子どもならではの単独お人形遊びに興じていた。学習机に座り、セーラームーンとセーラージュピターを両手に持って、自分の中で物語を構築し、空想の敵と戦わせる。とは言え、すぐにやっつけてしまったのでは面白くない。勝利を盛り立てるには、ピンチが必要不可欠だ。ピンチがヤバければヤバいほど、敵を倒したときに大きなカタルシスを得られる。そのことに幼くして気付いた私は、やたらとピンチにこだわった。できる限り丁寧に、できる限りリアルに想像しようとした。縛り上げられたり、毒を盛られたり、時には一人死んだりと、なかなかヘビーな世界観であった。

その回、ピンチのアイディアとして、私に新しい閃きがあった。学習机に備え付けられている蛍光灯。これを敵の攻撃に見立てるのだ。棒状の蛍光灯の真下に人形を立てかけると、高さがぴったり合った。ほとんど蛍光灯と棚で挟んでいるような状態。セーラームーンとセーラージュピターの頭に、蛍光灯が直に当たる。これはいいぞ、大ピンチだ。

「熱い、熱すぎる……! なんて強力な攻撃なの……!」

「ふははは、おまえらセーラー戦士もここまでだ。私の光線で焼け死ぬがいい!」

「きゃああああ!!!」

「ご飯だよー! 下りてきなー!」

せっかくいいところだったのに、母の邪魔が入った。私は仕方なく、階段を下りてリビングへと向かった。


夕飯を食べ終え、さっきの続きをしようとまた自室に戻った。ドアを開けた瞬間、異変に気付いた。変な匂いがする。ハッとした。いつも母に「電気つけっぱなし!」と叱られている私は、その時も部屋の電気をつけっぱなしにして夕飯に下りていた。学習机の蛍光灯も、である。

恐る恐る机に近づき、蛍光灯の下に立てたままにしていたセーラームーンとジュピターを手に取る。

大変なことになっていた。

蛍光灯の熱で、二人の髪が溶けている。頭頂部だけ丸く、肌が露出している。セーラー戦士の頭頂部に、まんまるの月が出現した。

とんでもないことになってしまった。私は脳天が禿げ上がったセーラームーンとセーラージュピターを握りしめ、しばし部屋をうろついた。その衝撃的なビジュアルは小学校低学年には到底受け入れられぬものであり、まさに思考回路はショート寸前、今すぐ逃げたいよってなわけで現実逃避の方向へと舵を切った私は、とりあえず火はついていないと確認したのち、ハゲムーンとハゲジュピターを机の裏側へと放り込んだのだった。

翌日、部屋に漂い続ける異臭に観念した私は、母に打ち明けることにした。机の裏からハゲムーンとハゲジュピターを取り出し、母に「実は」と切り出す。

「すぐ言わないとダメでしょ! 火事になったらどうするの!」

母の叱責はセーラー戦士たちをハゲさせたことではなく、その後の隠蔽に対してのものであった。やはり隠すのはよくなかった。美少女戦士のハゲ姿にパニクっていたとは言え、隠したのは判断ミスだ。

「これはもう捨てようね」

反省しきりの私だったが、母のこの言葉には食い下がった。

「やだ! 捨てない!」

「もう遊べないでしょ、こんなになっちゃったら」

「遊ぶ! 遊ぶもん!」

セーラー戦士は、ハゲたって戦える。ハゲたって愛してる。

私の懇願に、母は折衷案を出した。

「じゃあ、とりあえず物置にしまっておこう。危ないから!」

セーラー戦士はハゲると危険物になるのだろうか。母の言い分はよくわからなかったが、当時の私はこれで一旦納得した。ハゲた人形を捨てないと言い張る子に対し、とりあえず「危ない」という一言にすべてを集約して説得した母の力技である。

こうしてハゲムーンとハゲジュピターは物置で安置されることとなった。

母の思惑通りかもしれないが、視界に入らなくなると、いつしか人形のことを思い出さなくなっていった。ちょうど年齢的にセーラームーンから卒業する時期だったのもあるかもしれない。それでも何年か後に思い出して、「そういえば、あのセーラームーンとジュピターは?」と母に聞いた。すると、「え、もう捨てたよ」と言うではないか。

「なんで勝手に捨てるの!」

母に怒りをぶつけた私だったが、言葉では怒りながらも、ちゃんとわかっていた。自分の心はあの頃のままではない、と。

「まあ、ハゲちゃったもんなぁ……。」

セーラー戦士の頭をライトでムーンにしてしまった。それが私のムーンライト伝説。

「あちらのお客様からです」的な感じでサポートお願いします。