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【労働問題】緊急事態宣言の下で休業手当は支給される?されない?

令和2年4月7日、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「措置法」という)32条1項に基づく緊急事態宣言がなされました。

(新型インフルエンザ等緊急事態宣言等)
第三十二条 政府対策本部長は、新型インフルエンザ等(国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件に該当するものに限る。以下この章において同じ。)が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態(以下「新型インフルエンザ等緊急事態」という。)が発生したと認めるときは、新型インフルエンザ等緊急事態が発生した旨及び次に掲げる事項の公示(第五項及び第三十四条第一項において「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」という。)をし、並びにその旨及び当該事項を国会に報告するものとする。
一 新型インフルエンザ等緊急事態措置を実施すべき期間
二 新型インフルエンザ等緊急事態措置(第四十六条の規定による措置を除く。)を実施すべき区域
三 新型インフルエンザ等緊急事態の概要

今般の新型コロナウイルスの感染拡大により、リモートワークを進めている企業も多いかと思います。しかし、業種や人員配備等の事情から、リモートワークに切り替えることが難しく、やむを得ず休業する企業も多いと思われます。

さて、ここで問題となるのは、「休業期間中の賃金はどうなるのか?」という点です。以下では、この休業期間中の賃金について解説していきます。

争点は「使用者の責に帰すべき事由」の有無

まずは原則の確認です。

民法623条は、雇用契約について、労務の提供と賃金の支払いが対価関係にあることが規定されています。

(雇用)
第六百二十三条 雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。

したがって、原則として、労務が提供されなければ、賃金の支払い義務も生じないことになります。この原則をノーワーク・ノーペイの原則といいます。

しかし、たとえば、使用者が気に入らない従業員に対して、合理的な理由もなく出勤を拒絶した場合にもノーワーク・ノーペイの原則が妥当するとしたら、生活の糧を失う従業員は困りますよね。このような場合には、やはり使用者に賃金を支払う義務があるというべきです。

そこで、このように使用者の責めに帰すべき事由によって労務を提供できなくなった場合には、使用者は賃金の支払い義務を免れないことになっています(民法536条2項)。

(債務者の危険負担等)
第五百三十六条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

また、労働基準法では、労働者の保護のため、上記規定の特則を設けています(労基法26条)。

(休業手当)
第二十六条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

労基法26条は、民法536条2項の適用を排除するものではなく、民法536条2項によって支払われるべき賃金(100%)のうち平均賃金の60%部分について、罰則(労基法120条1号。30万円以下の罰金)によって支払いを確保する点にあると解されています。

また、このような労基法26条の趣旨から、「責めに帰すべき事由」の範囲も民法536条2項と労基法26条とで異なる、というのが通説・判例と言われています(荒木尚志『労働法〔第3版〕』124頁、菅野和夫『労働法〔第11版〕』440頁)。

すなわち、労基法26条にいう「使用者の責に帰すべき事由」とは、民法536条2項にいう帰責事由より広く、民法上は帰責事由とされないような使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む、と解されています。具体例としては、監督官庁の勧告による操業停止、親会社の経営難のための資金・資材の入手困難(昭和23年6月11日基収1998号)等は、民法上は使用者の帰責事由とはいえないが、労基法26条にいう使用者の帰責事由には該当するとされています(前記荒木124頁)。

また、民法においては「外部起因性」および「防止不可能性」の2要件を満たして使用者の責めに帰すべきでないとされる経営上の障害であっても、その原因が使用者の支配領域に近いところから発生しており、したがって労働者の賃金生活の保障という観点からは、使用者に平均賃金の6割の程度で保障をなさしめたほうがよいと認められる場合には、休業手当の支払い義務を認めるべきである、とも言われます(前記菅野440頁)。

以上のとおり、休業期間中の賃金の有無は、使用者の責めに帰すべき事由の有無によって決まるということです。

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帰責事由否定派(休業手当は生じないという見解)

帰責事由否定派の主張を整理したものとして、上記倉重弁護士の記事が挙げられます。

詳細はぜひ上記記事を確認いただきたいですが、否定派の主張を整理すると以下のようになります。

・事業継続を求められている業種:休業手当支払い義務あり

・休業要請を受けている業種:支払い義務なし

・入居テナント・施設が閉館する場合:支払い義務なし

・どちらとも判断されていない場合:支払い義務なし

・なお、休業手当支払い義務の有無にかかわらず、テレワーク実施を検討すべきであることと、法律上の義務とは別に手当支給を検討することも考えて良い点の指摘あり。

また、上記記事で引用されている報道では、厚労省の見解として、

生活必需品以外の幅広い小売店や飲食店も、客の激減や従業員が通勤できなくなるなどで休業を迫られる可能性がある。こうした場合も厚労省は、企業の自己都合とは言い切れず企業に「休業手当の支給義務を課すことは難しい」とみる。

との見解を紹介しています。

帰責事由肯定派(休業手当は生じるという見解)

これに対して、帰責事由肯定派の主張を整理したものとして、上記嶋崎弁護士の記事が挙げられます。

こちらも詳細はぜひ記事をご確認いただきたいですが、肯定派の主張を整理すると以下のようになります。

・上記厚労省の見解として報道されている者に関して、加藤厚労大臣は「一律に休業手当の支払い義務がなくなるものではない」と述べている。

・最判昭和62年7月17日民集41巻5号1283頁が、労基法26条にいう「使用者の責に帰すべき事由」とは、民法536条2項にいう帰責事由より広く、民法上は帰責事由とされないような使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む、と解している(上記で説明した判例通説の見解)。

・現時点で特定の施設に対する使用制限等の要請が出されているわけではない。休業は事業主の自主的判断であって、帰責事由がある(民法536条2項に照らしても帰責事由があり、賃金の100%を支払うべき)。

・施設に対する使用制限等の要請(特措法45条2項等)や指示(特措法45条3項)がなされた場合も、強制力のない要請・指示にすぎない以上、帰責事由がある(民法536条2項に照らしても帰責事由があり、賃金の100%を支払うべき)。

・指示に従わないことによって公表(特措法45条4項)され、企業の信用が毀損されるおそれがあるとしても、休業手当の支払い義務を免れる不可抗力とまではいえない。

・施設の使用等が制限されるとしても、他の営業を継続することは可能である。また、担当業務(営業、経理、総務等)によっては、業務自体がなくなるわけではない。

・多くの業種でテレワークが可能。労働生産性が減少するとしても、それを理由とする休業が不可抗力とまではいえない。

・なお、筆者は、施設の使用制限や休業といった事業主の対応自体は推奨・称賛されるべきで好ましい対応であるとしている。そのうえで、労働者保護の見地から休業手当は肯定されるべきであり、それによる使用者の負担は政府による迅速な補償によって解消されるべきと考えている。

私見

上記の否定派と肯定派の主張を私なりに整理した表がこちらです(なお、場面設定が否定派の主張に基づいているため、肯定派の主張の整理が不正確になってしまっている可能性が否定できないことは念のため断っておきます)。

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以上を踏まえて私見を述べますと、判例通説の規範に照らして考えると、あくまで一般論としては、最高裁まで争った場合に、少なくとも労基法26条の休業手当(平均賃金60%)については支払義務が肯定される場面が多いと推察します。

もっとも、個別具体的な事例について考える場合には、当該事業の業種や使用者の対応、労働者の業務内容等、様々な事情を総合考慮して判断されることになると考えられます。

現に、上記最高裁判決も

休業手当の制度は、右のとおり労働者の生活保障という観点から設けられたものではあるが、賃金の全額においてその保障をするものではなく、しかも、その支払義務の有無を使用者の帰責事由の存否にかからしめていることからみて、労働契約の一方当事者たる使用者の立場をも考慮すべきものとしていることは明らかである。そうすると、労働基準法二六条の「使用者の責に帰すべき事由」の解釈適用に当たつては、いかなる事由による休業の場合に労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならない。

と指摘しており、使用者側の事情も考慮して判断されるとしているからです。

具体的な考慮要素としては、あくまで私見ですが、

・当該労働者の業務がテレワーク可能な内容か。(可能であるのにさせなかった場合には、帰責事由ありの可能性が高まる)

・テレワーク不可能としても、他の業務を任せることができるか。(できたのにさせなかった場合には、帰責事由ありの可能性が高まる)

・休業を判断した時点における、新型コロナウイルスの流行状況、感染した場合の症状の程度等に関する医学的見解、社会的な批判の程度や内容等。(休業の必要性が高ければ帰責事由なしの可能性が高まる)

などの事情が考慮されると考えます。

なお、肯定派のうち「担当業務(営業、経理、総務等)によっては、業務自体がなくなるわけではない。」という指摘に対しては、個人的には疑問があります。過去の通達でも、休電による休業に関して、

休電があっても、必ずしも作業を休止する必要のないような作業部門例えば作業現場と直接関係のない事務労働部門の如きについてまで作業を休止することはこの限りでないのであるが、現場が休業することによって、事務労働部門の労働者のみを就業せしめることが企業の経営上著しく不適当と認められるような場合に事務労働部門について作業を休止せしめた場合休業手当をを支払わなくても法第26条違反とはならない(昭和26年10月11日基発696号)。

とされています。

したがって、上記考慮要素等を踏まえた結果、休業期間中の賃金(休業手当を含む)の支払い義務が否定される場面も生じうると考えます。


なお、仮に休業期間中の賃金の支払い義務が認められる可能性が高い場合には、翻って、使用者は整理解雇を検討せざるを得ないと思われます(人員削減の必要性は認められやすいと思われます)。

更に、整理解雇の検討に伴って、有期契約労働者の雇止めがなされる可能性が高まるでしょう。そうなると、今度は有期契約労働者の生活が困難となってしまいます。

このような状況に鑑みれば、嶋崎弁護士が記事内で繰り返し述べるとおり、政府による迅速な補償が不可欠と考えます。


弁護士 永野達也


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