見出し画像

石川佳純SPの試写で愚行に出た先輩に度肝抜かれた話

不都合な真実 “73分拡大版スペシャル”

「石川佳純73分拡大スペシャル」は、実はもともとは45分の通常回の予定だったが、急遽73分スペシャル版に格上げされた。
番組開始以来、おそらく初めてのことだ。「面白いから拡大ね」という単純な話ではない。面白さの強弱に関わらず、制作途中で放送枠が変更なんて聞いたことがない。
その経緯の全てを知って、これはまずいぞ、と思った。真実が広まれば担当ディレクターである奥先輩の株が爆上がりすることは必至。1つ下の後輩である僕(奥先輩との修羅場をジャニーズルールで切り抜けた男 )は、真実を隠蔽し続けた。

「編成に穴が空いて致し方なく」を信じた後輩のみんな、ごめん。真実はこうだ。

1試写 それは生死を懸けた闘い

事が動いたのは、2020年5月下旬。隣の編集室で1試写が行われた日だ。試写というのは、ロケで撮影してきた映像を編集マンとつなぎ、デスクとプロデューサー(以下P)に見せる場だ。1試写、2試写…と試写を繰り返しながら番組をブラッシュアップしていく。なかでも、取材成果を初めて見せる最初の試写、1試写は生死をかけた闘いと言っても過言ではない。出来が悪ければ…的確な言葉が思いつかないので、具体的な描写でお伝えしたい。
僕は1試写で撃沈した直後、廊下を歩いていたら警備員さんに「どうしました!?」と言われて初めて自分が鼻血を出していることに気づいたことがあった(Pに殴られたわけではない)。普段はおしとやかな女性Dが深夜に編集室でひとり、なぜか拳で大福を次々と叩きつぶしているのも見たことがある。それ以来、僕は彼女のことを心の中で「大福叩きつぶしガール」と呼んでいる。 

こんなの氷山の一角だ。とにかく、1試写は死闘。失敗は精神的なKOどころの話じゃない、精神が危篤状態になる。

画像3

(数々の死闘が繰り広げられてきた編集室ND018)

痛いヤツで終わるのか、凄いヤツになるのか・・・

1試写で奥先輩は一か八かの勝負に出た。
45分番組の場合、通常55分以内の尺で1試写を迎えるのがベターだ。60分を超えると、「これでいきます!」という前のめりな感じではなく、「とりえず見てください~」というニュアンスが匂い立ってきて、Dとしての気概を疑われてしまう。
だが、奥先輩。86分で繋いだのだ。これは愚行としか言いようがない。
ボクシングで例えると、ライトフライ級のプロテストの会場でいきなり「自分、ヘビー級でいきますわ」と言い出すようなものだ。階級が違えば、体づくりや調整方法、戦法全てが変わってくるように、テレビ番組でも尺が2倍となれば、編集のテンポだけでなく構成そのものが変わってくる。45分番組の1試写で、86分繋いだDなど聞いたことがない。
対するのは、山本デスクと荒川P。山本デスクは長年、プロフェッショナル班のデスクとして君臨し、いかなる番組をも再生させる百戦錬磨の生き字引。かたや荒川Pはプロフェッショナル草創期に宮崎駿や井上雄彦という名作を担当した元敏腕Dだ。86分という尺を告げると、ふたりは単なるイキリ野郎を見るような怪訝な表情で、試写を始めるようを促したという。

note③山本デスク

(プロフェッショナル班の生き字引 山本出デスク)


漏れ聞こえた、喝采

隣の編集室にいた僕は、確かに聞いた。1試写が終わった後、拍手が起こったのだ・・・!
出来の悪い試写のとき行われる通称「地獄の事情聴取タイム」もなく、荒川Pは編成に直行。直談判しに行ったという。それから何がどうなったのか・・・。数日後には73分スペシャルへの格上げが決定。しかも、夜7時半からのゴールデンタイムだというのだ。
奥先輩はイキリ野郎になるリスクを冒し、狡猾なくせ者Dとして闊歩できる大武勇伝とゴールデンタイムの放送権を手にしたのだ。

note④奥翔太郎PD

(大武勇伝を打ち立てた奥翔太郎D)

映っていたのは、無防備な石川佳純

どんなもんじゃい、と思って完成試写を見た。
また、これはまずいことになった、と思った。シンプルに、めちゃくちゃ撮れていて、めちゃくちゃ面白かったのだ。番組は、東京オリンピックへの出場権を懸けた代表選考レースの舞台裏にとどまらない。試合中継では決して見ることができない、無防備な石川佳純さんがこれでもかというほど映されていた。相当な石川佳純マニアではない限り、新鮮な発見の連続になるはずだ。

画像6

苦戦必至のトップアスリート取材 バスケ野郎がなぜ・・・?

オモテの顔だけでなく、本当の顔、いわゆる“素”みたいなものを撮影するのは本当に難しい。それは、僕がこのドキュメンタリーの世界に足を踏み入れてから痛感させられてきたことだ。しかも、トップアスリートは格別だ。
なぜなら、ライバルが多いからの一言に尽きる。石川さんほどのトップアスリートともなれば、在京キー局に専属の担当記者やDがいるのはもちろん、新聞社、スポーツ誌などには幼少期から長年、彼女を継続取材し、太いパイプを持っている人も少なくないはずだ。

試合中

一方の奥先輩は、卓球担当でもなんでもない。青春はバスケットボールに捧げた男で、スラムダンクオタクで卓球に縁もない。新参者として勢いよくノリ込んでも、プライベートでの“素”を簡単に撮影させてもらえるほど甘い世界じゃない。名前を覚えてもらうのも一苦労だったはずだ。

しかし、奥先輩は石川さんの心のうちに入り込んだ。印象的なシーンがある。海外で試合を終えた石川さんが帰国する場面だ。機内での食事中、奥先輩は自然な雰囲気で石川さんの隣に座り、「いつも一人だから、今日は話し相手がいてうれしい」という言葉をかけられていた。このシーンに、奥先輩と石川さんの精神的な距離感が凝縮されていた。

note⑤8広報写真 石川佳純SP


ちなみに、番組終盤に出てくる石川さんの27歳の誕生会にも奥先輩は呼ばれていた。家族以外で出席していたのは奥先輩とクルーだけだと思う(「ハッピーバースデー・トゥー・ユー」と唄っている男の声はまぎれもなく、あの人の声だ)。

画像9


東京に憧れる千葉県民 奥翔太郎という男

石川さんの内面にどう切り込んだのか、奥先輩しか知りえない。だが、プロフェッショナル班の飲み会で常に的確な野次を飛ばして盛り上げ、気づけばプロジェクトの真ん中にいる人気者の実力はダテじゃないと思った。

身内のことを褒めるなんて気持ち悪いから忖度なしで書け、と言われていたのにここまで悪口なしできてしまった。
悪口を絞り出すと、渋谷区の並木橋在住なのに、「代官山ど真ん中に住んでいる」と小さな嘘を頻繁についていることくらいしか思いつかない。

もうひとつあった。石川佳純スペシャルの再放送には“反省会”と題して、副音声に石川選手と奥先輩が撮影を振り返る対談が収録されている。そこで奥先輩は、「なんでメイクのシーンからスタートしたんですか?」「陳夢に勝った試合、短くないですか?」と、女王の猛攻にさらされ、めちゃくちゃたじたじになっている。爆上がり中の株に待ったがかかりそうなので、局内外を問わず大勢の人にぜひ聞いてもらいたい。再放送は、2021年1月15日(金)午前0時15分~(木曜深夜)。ぜひ副音声で。見逃した方は、NHKプラスの見逃し配信でも。

局内ですれ違った同僚4人に「石川佳純選手の回作ったDに話聞きたいんだけど」と言われたが、取り次ぎをスルーしている。
あぁ僕も、1試写が面白すぎてPと編成を動かした、なんていう武勇伝が欲しい!!
いっそのことやってやろうか!次の1試写で、プロデューサーチャレンジ!

やっぱやめよう。大福叩き潰しボーイになるのが目に見えている。

メッセージ募集バナー

石川佳純スペシャル制作者 奥翔太郎ディレクター

画像8

2010年入局。初任地は福岡。東京に異動後、サキどり班を経て、プロフェッショナル班へ。「生花店主・東信」「歌舞伎俳優・市川海老蔵」「納棺師・木村光希」などを制作。先輩後輩を問わず、誰からも日々イジられる“愛されキャラ”だが、東森Dのように“孤高風”を吹かせたいとも内心思っている。取材相手の懐深くに入り込み、誰も想像しないようなシーンを撮ってくる。彼の笑顔には要注意。自称「代官山在住」。リモート会議では、代官山の風を吹かせたいのか、おしゃれな背景を背負って登場することが多い。


執筆者 東森勇二ディレクター(奥Dの1つ後輩)

note⑦東森Dプロフィール写真

2011年入局。初任の高知局時代にプロフェッショナル「カツオ漁師・明神学武」を制作し、高視聴率を記録。当時、デスクをしていた荒川Pをして「10年に1度の逸材」と言わしめる。東京異動後、プロフェッショナル班に配属。「体操選手・内村航平」「脚本家・坂元裕二」を制作し、2020年3月、話題作「本木雅弘スペシャル」を世に送り出した。1つ上の先輩・奥翔太郎Dの尻を焦がし続ける存在。「10 years 1 HIGASHIMORI」の異名もまんざらでもない様子で“孤高風”を吹かせている。