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政治とカネの問題って、メディアはどうやって調べているの? 取材手法を公開します! そして私たちの「限界」とは

こんにちは。
NHKでデスクをやっている熊田といいます。
最近、「政治とカネ」をめぐる問題が相次いでいますよね。例えばこちら。

河井克行元法務大臣と妻の案里元議員が代表を務める自民党の支部に、それぞれ参院選の前に党本部から多額の資金が送られていました。それ自体は文春さんが最初に報じましたが、実はそのうち1億2000万円が、私たちの税金から出ている政党交付金だった、というのはNHKの取材班が報じたニュースです。

さらにこんなニュースもあったことをご存じでしょうか。

寄付や政治資金パーティーの収入を、正しく公開していない国会議員が相次いでいることがわかった、という報道です。いわば「消えた収入」。65人にものぼる国会議員の事務所が問題を認め、総務省などに提出していた報告書を修正する事態となりました。

これらの報道、手がけたのは、野津原有三デスクや佐野豊記者たちの取材班です。

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彼らがなぜ、どうやってこうした報道を実現できたのか。
今回はその取材過程を明らかにしたいと思います。

ちなみにこちら、社会部の「地下部屋」と言われる事件班の部屋です。その名の通り、ここで色々とアンダーグラウンドな取材をしています。壁面には重要資料が入った段ボールがぎっしりで、まるで倉庫。相変わらずですね。

「政治団体」から政治とカネが見えます!

さて、政治家の活動やおカネを調べる時に、必ず押さえておくべきものがあります。それが「政治団体」。政治家はここをベースに政治活動をしています。つまりはおカネも政治団体を通して動くのです。
これ、4種類あります。

1)資金管理団体
政治家の、いわばメインの「お財布」です。
議員や候補が政治献金などを受けるための団体で、代表を務めている政治団体の中から1つを指定できます。河井元法相の場合は、「日本の夢創造機構」。ここには個人なら寄付してもいいけど、企業献金はダメ、など、受けられる寄付には一定の制限があります。

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議員や候補が代表の団体
資金管理団体以外の、議員が代表を務める政治団体です。目的別に作られることなどがあります。政治家本人からこの団体への寄付に、資金管理団体とは違う制限があります。

3)議員や候補を推薦したり支持したりしている団体
代表が本人ではない、「○○後援会」などです。河井元法相の場合『河井克行後援会「三矢会」連合会』という団体があります。

4)議員や候補が代表の政党支部
河井元法相の場合「自民党広島県第3選挙区支部」
案里元議員の場合「自民党広島県参議院選挙区第7支部」
他の団体と違って、企業献金も受けられます。
前出の政党交付金が入ったのは、こちらになります。

政治団体への寄付の制限などについて、もっと詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。総務省のサイトに「政治資金規制法のあらまし」というまとめた文書があります。

政治家個人の団体とは別に、「政党」はそれ自体が政治団体ですし、政党のいわば財布に当たる「政治資金団体」もあります。
さらに特定の業界が政治活動をするための団体もあります。例えばコロナ禍でその名前をよく聞くようになった「日本医師会」には、「日本医師連盟」という政治団体があります。お医者さんたちによる政治団体で、ここから自分たちが支援したい政治家の団体などに、多額の寄付をしています。

政治家の懐具合がわかる「4つの文書」を教えます

そうした寄付などのカネの流れがなぜわかるのかというと、「収支報告書」という文書があるからです。法律で提出が義務づけられています。

同様に、選挙の時のおカネの使い道や、個人の資産について、議員は公表する義務を負っています。これ、主に4つの文書を見れば、政治家にまつわるおカネの動きは、だいたいわかるといわれています。

1)政治資金収支報告書

政治団体が毎年、必ず出さなければならない報告書です。政治資金規正法で義務づけられています。提出先は、2つ以上の都道府県にまたがって活動している団体は総務省(正確には大臣あて)に、そうでない場合は都道府県の選挙管理委員会に提出することになっています。
政治団体がどんな寄付を受けたか、パーティーでの収入がいくらあったか、そして何にいくら使ったのかなどがわかります。総務省の場合は、3年分をホームページで公開しています。

2)政党交付金使途等報告書

政党の活動を助成するため、国は一定規模以上の政党に政党交付金を渡す仕組みになっています。私たちが納める税金から出ていることから、使い道や金額については、文書で提出することが政党助成法で定められています。
上記の総務省の同じホームページで公開。こちらはなぜか、より長い5年分見られます。上記の河井夫妻の団体へのカネの流れも、これで分かりました。

3)選挙運動費用収支報告書

選挙の際、候補はいくらの寄付を受け取り、選挙活動では何にいくらを使ったのか。出納責任者が収支報告書を選挙管理委員会に提出することが、公職選挙法で定められています。
提出から3年間は選管で閲覧できます。要旨であれば、ホームページで公開しているところもあります。
また、調査報道グループ「フロントラインプレス」と「日本大学・岩井研究室」が全議員の収支報告書の調査を行っており、その結果をデータとして「東洋経済オンライン」で公開しています。

4)資産や所得の報告書

国会議員が個人で持っている財産や、どんな収入を得ているのかも文書でわかります。国会議員資産公開法という法律で、「資産等報告書」「所得等報告書」「関連会社等報告書」の提出が義務づけられているからです。
不動産や株、ゴルフ会員券、それに車や船なども持っていれば一目瞭然。借金の額まで書かれています。ただし、これはHPなどで公開されてないんですね。衆議院や参議院に行って、閲覧するしか見る方法がありません。

この4種類さえ見れば、完全にわかる!という訳ではもちろんありません。本当の「裏金」は痕跡さえ見当たらないこともありますし、事実と違うことが記載されていたケースも多々あるからです。(そういうカネの情報を集めるのも、プロである国会記者の仕事ですが、その話はまた後日)

ただ、「カネは必ず足跡を残す」とも言われていて、この4つの基本資料を読み解くと、「足跡」が見えてくることがあります。
だから公開の時期になると、各社の記者たちはこれらの資料を集めて、「ブツ読み」をしているのです。

取材班のターゲットは、「消えた収入」

取材班のリーダーである野津原デスクは、今回の取材を始めるに当たって、一つのモデルがあったといいます。それがこちらの報道。

大阪・堺市の竹山市長(当時)の問題です。NHKが独自に市長の政治団体の収支報告書を調べたところ、多額の収入の未記載が発覚しました。

取材したのは、大阪局の加戸正和デスクが率いるチームです。不記載の総額は最終的に2億3000万円にのぼり、市長は辞職。大阪地検特捜部が立件して、罰金の有罪判決を受けました。

「これだ!と思いましたね」

業界団体などの収支報告書に、議員の団体への寄付やパーティー券の購入が記載されているのに、議員側の収支報告書には記載がない。あるはずの収入が消えてしまって、何に使われたのか、わからない…。

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こうした「消えた収入」の問題は、今から10年余り前に相次いで発覚し、中には事件に結びつくようなケースもありました。しかし最近は目立った報道はありません。

そして過去に、国会議員すべてを調べたケースも、聞いたことがありませんでした。

野津原デスク、さっそく加戸デスクに教えを請うことにしたといいます。

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「全員分を調べたら、同じような問題がいっぱい出てくるんじゃないかと思うんですよ」

「そうだね、必ず出てくると思うからがんばって。最初は苦しいけど、慣れれば大丈夫だから」

収支報告書を調べる際のテクニックや注意点を聞き取った野津原デスク。しかし、一番、心に残ったアドバイスは、
「がんばれって…精神論でしたねえ(笑)」
とにかく大量の資料を調べるには、根気と熱意がなければ無理!そこをたたき込まれたそうです。

…ともあれ、取材班のメンバーと共有して、具体的な作戦を立てることにしました。

 「合宿」開始!

政治資金の取材は、別名「合宿」とも呼ばれます。取材班のメンバーが期間中、寝食をともにするかのように、濃密な時間を過ごす伝統があるからです。

でも、コロナ禍のいま、濃「密」になるわけにはいきません。時間を限って、入れ替わり立ち替わりで、計画的に調べていくことにしました。

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取材班の構成は、このように。
・社会部のデスクが1人
・社会部の記者が5人
・富山局の記者と、高知局の記者が1人ずつ

短期決戦ゆえに、人海戦術がものを言う政治資金の取材。毎年、地方局から参加を希望する記者にも、取材班に入ってもらっています。さらに、ジャーナリストを志望する大学生17人にも、手伝ってもらいました。

総務省が2019年分を公表するのは、11月です。その2か月前から、取材をスタートすることにしました。まずは既に公表されている2018年分の資料で「消えた収入」が見つからないか、調べていくことにしたのです。

どうやって資料を手に入れるの?難関突破の方法は

ここで、最初に説明した「政治資金収支報告書」の集め方をご紹介しましょう。

基本は総務省のホームページに掲載されるので、そこから入手します。

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ただし、ここで全てを入手することはできません。都道府県選管への届け出分は、それぞれのホームページで入手する必要があります。

ところがここで大きな難関が。新潟、石川、福井、兵庫、広島、福岡の6県については、ホームページでの公表をしていないのです!

それぞれの選管に行って閲覧したり、コピーを入手したりするしかありません。NHKの場合は全国組織なので、各地の放送局の記者にお願いするなどして入手することができますが、そうでないと、いきなり取材のハードルが高くなります。

そんな時に頼りになるのが、こちらです。

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公益財団法人の「政治資金センター」が、収支報告書を集めて、オープンにしてくれているのです。議員の名前や地域ごとに探すこともできるので、記者としては助かります。

収支報告書の「概要」であれば、官報(政府情報の公的な伝達手段として、行政機関の休日を除き毎日発行されている文書)にも記載されているので、そちらから入手することもできます。検索で寄付をした人の名前などでも調べられるので、非常に便利。情報検索は有料のサービスですが、図書館では無料で利用できるようにしているところもあります。

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もう一つ、難関があります。
過去の政治資金収支報告書の入手が、難しいのです。

総務省のホームページには、直近3年分しか掲載されていません。それより古くなると、削除されてしまいます。

政治資金センターも、2011年分以降のものしか収集していません。

官報は古くまで遡れますが、概要しか載せていません。

過去の資料は諦めるしかないのでしょうか。いえいえ、そんなことはありませんよ。こんな強い味方があります。

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国立国会図書館が運営している「WARP」です。紙の本だけでなく、国や自治体がインターネットに掲載するデジタルの資料も重要だとして、国会図書館が収集・保存してくれているのです。削除された資料も、ここから入手可能。こちら、政治資金収支報告書だけでなく、多くの取材で記者を助けています。

WARP以外にも、インターネットアーカイブをしている民間のサイトは多数あります。サイトによって収集できている資料の内容が違うので、達人になると複数を使い分けています。それらを利用するのも手です。

敵は「手書き」と「pdf」だ!

2018年分のお試し分析で、「いける」という感触を得た取材班。本格的な態勢での取材を、10月半ばからスタートしました。

取材班が対象にすることにした収支報告書は3年分。集めに集め、合わせて3万件にのぼりました。

分析にあたった佐野記者たち。彼らを阻んだのは、その分量もさりながら、もっと根本的な原因でした。

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「政治資金収支報告書の多くは、pdf形式のファイルで公表されています。そのままではデジタルツールで分析することができない」

そう、分析を阻むpdfファイル。そういえば、こちらの記事にもその問題は登場していましたね。

pdfファイルのデータを抽出するツールはあります。また紙に印刷された文字を読み解くOCRというツールも。しかし完璧ではないので、結局は一つ一つ確認する必要があります。

特に問題なのは、手書き。読み込める精度が格段に落ちてしまうのです。収支報告書をデジタルで作成するツールが国から提供されているのに、いまだに手書きで提出している大臣経験者の事務所もあります。

では、どうしたのか。

「人力で突合(とつごう)するしかない!そう考えました」

あー、加戸デスクの予言どおりに…。

地獄の「ハイパーリンク」張り

「突合」とは、ある資料と別の資料が矛盾していないか、突き合わせて調べるという経理関係の用語。国税当局がよく使います。元国税担当記者らしいですね、野津原デスク。

とはいえ、3万件の突合というのは尋常ではありません。どうしたのでしょうか。

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佐野記者に、その時のやり方を詳しく聞き取りました。

まずはエクセルに、総務省届け分の国会議員関係団体を
「ダーッとコピペしました」
これは簡単で、総務省のホームページからそのままコピペして貼り付けられます。しかも収支報告書が掲載されているページへのリンクも付いていたので、実に便利でした。

問題は、都道府県選管届け出分の団体です。これは一覧がpdfファイルで公表されています。だから、コピペができないのです。エクセルに「手打ち」していくしかありません。

佐野記者、ちょっと怒っていることがあります。

「総務省は、このpdfファイルの元になっているエクセルの団体一覧を持っているんですよ。それなのに、なぜか公開・提供しないんです!」

取材班の作業が楽になるだけでなく、国民の知る権利にも応えることになるのに…。メンバーは恨み節を口にしながら、エクセルに打ち込み、さらに収支報告書が公開されている都道府県選管のホームページを一つ一つ探してそれぞれの収支報告書へのハイパーリンクを張っていきました。その数、なんと千数百。先に紹介した「政治資金センター」にある資料も、活用していったということです。

ようやく調査に必要なベースとなる資料ができました。ここまでで、数日かかったそうです。

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さて、おカネの「出」と「入り」を調べましょう。

収支報告書に個別の記載が必要なのは、
・20万円を超えるパーティー券の収入
・5万円を超える寄付の収入
と、法律で定められています。

こうした支出がある団体をピックアップし、おカネの行き先を、ベースとなったエクセルでどんどん調べて「突合」していきました。

ここでの難点が、パーティー券。パーティーの名称に政治家の名前が入っていないと、どの政治家が開いたパーティなのか、わからないことかあるからです。

「ネットから過去の報道まで、あらゆるデータを使って洗い出しました」

最終的に、「出」があるのに「入り」の記載がない団体を特定していき、この結果、80人の団体で「不記載」の疑いがあることが判明したのです。

いよいよ政治家側に当てる

書類で見えたことだけで、記事を書くわけにはいきません。野津原デスクには、一つの方針がありました。

「不記載の可能性があるケースは、社会部記者が公開資料を入念に確認しましたが、漏れがあるかもしれませんし、国会議員側に何か事情があるかもしれません。文書を送付した上で、納得いくまで取材することを徹底しました。そして、あくまで、政治家の事務所側がみずから問題があったと認めることが大事だと思いました。その上で、事務所が収支報告書を『修正する』ことが確認できたら、記事化することにしました」

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野津原デスクは事務所に当たると決めた日の朝、7人の記者全員を集め、一斉に取材をかけていきました。

取材の際には、これは道義的な問題ではない、政治資金規正法という法律に違反している行為なのだ、ということを強調したといいます。

「しかし驚いたのは意識の低さでした」

事務所に当たっていくと、
「すいません、法律の規定を知りませんでした」
「あ、ご指摘ありがとうございます。修正します」
などという回答も相次いだのだとか。

確かに、うっかりミスもあるのかも知れない。しかしこれが企業なら、「売り上げ除外」ということになり、決して会計上、許される行為ではありません。

最終的に、65人の国会議員や元議員の団体に不記載があることを確認し、報道することになりました。

デジタル化、なぜやらない

報道を終えた取材班。しかしモヤモヤは消えません。一番の理由はこれ。

これも取材班による記事。20億円も投入してオンラインで収支報告書を提出できる仕組みを作ったのに、利用しているのはたったの1%だけ!

平井デジタル担当大臣の事務所さえ、利用していませんでした。

「法人番号やマイナンバーなど、デジタル化を進めようというなら、『政治団体番号』も作るべきです。それを使ってオンライン申請を義務化すれば、透明化は格段に進むはずです」

税金がマイナンバーと紐付くのなら、政治家の団体に寄付をした時の寄付金控除もマイナンバーに結びついているということになります。政治団体のほうだけ、「手書き」っていうのは時代遅れですよね。国民や企業に利用を勧めるのならば、「先ず隗より始めよ」です。

まだまだ終わってません 

合計で19日間の調査を終え、いったんは解散した取材班。しかしまだ何も終わっていないといいます。

「そのひとつが、冒頭に挙げた河井元法相・案里元議員への政党交付金の問題です」

もともと、「政党交付金使途等報告書」を読み込んで、取材班が見つけたこの話、まだ大きな疑念が残っています。

実は、河井夫妻関連の「使途等報告書」や「政治資金収支報告書」には、受け取った資金をどのように扱ったのか、という欄に「不明」の文字がずらり!

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3月3日の参議院予算委員会で菅総理大臣は、「党勢拡大のため、広報誌を全県に複数回配布した費用などに充てられたとの説明があったと報告を受けている。使途の詳細については、現在、検察当局に関係書類が押収されており、返還されしだい、監査を行い、チェックする」と述べています。

果たして、この「不明」の先にあるものは、何なのか。
こうした「ブツ読み」取材は確かに有効ではありますが、それだけでは「限界」がある。ずらりと並んだ「不明」の文字は、そのことを私たちに突きつけているようです。

文書が修正されたとしても、それが真実かどうか、にわかには分かりません。でも私たちは、なんとかして実態に肉薄する努力を続けたいと思います。ここから先は、また別の取材手法の世界です。それについては、いずれまた。

調査報道に、終わりはないのです。

次回は、「地方」で「少人数」で実現した例をご紹介しますよ。


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野津原 有三 報道局 社会部
2001年入局。政治資金以外には国税、公取、震災などを担当。この10年のうち5年は福島局で勤務し、原発事故に関する問題が最大の取材テーマ。3年前に酒を断ち、飲んだらすぐ寝る欠点は克服した。

佐野 豊 報道局 社会部
2006年入局。初任地は高松局。検察・警視庁担当などを経て
2021年から2度目の検察担当。趣味は讃岐うどん巡り。
「君の年次で初めて検察担当やるのは大変だね」「いや2度目です」「なんだ、警視庁(担当)の人間だと思っていた」
大手メディア特有の“背番号制”に翻弄されています…。

【野津原デスク 最近の仕事】


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聞き手:熊田 安伸 報道局 ネットワーク報道部
ジャーナリストの知識とスキルを共有する活動をしています。

【シリーズ調査報道】



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