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母へのインタビューを始めました

母にインタビューをすることにした。あらたまったものではなく、私の心のなかだけの、聴く姿勢としてのインタビュー。

きっかけは母と電話していたとき。
「今日、何しとったん?」
いつものように母が私に尋ねる。仕事の連絡がなかったから、家にいて、洗濯して、どこにも行かずに部屋を片付けてた。よくある休みの日の行動を伝えてから、今度は私が母の食事や今日観たテレビの話を聞く。
母が一旦、話し終えたところまでは、いつものとおりだった。

その日は母がまた、わたしに聞く。
「今日、何しとったん?」
さっきも答えたのに、おかしいな。ループしとる。
聞いたこと、忘れたのかな?もう一度、どこへも行かずに家にいたくだりを話す。
つまらない会話だったのかも知れない。大して話したいことも聞きたいこともないのに、娘から安否確認のような電話がかかってきて、それに相手をするのが面倒だったのかも知れない。

けれどこのあと、同じ質問をされた。
何しとったん。合計5回。

認知症の予兆かとショックを受けた。働いているし、自炊して、うちより綺麗に家も整えてるし、しっかりした母だから老いに対して呑気に構えていた。娘のわたしですら加齢に抗えないのだから無理ないよな。ちゃんと現実を見ないと。母が先か、私が先かわからないけれど、確実に近づいている。老いに備える対策と心構えをしようと(ちょっと)決意した。

それから注意深く観察して、娘や遠くに住む弟にも心配りをしてもらったけれど、あの日に感じた母との会話に違和感が出てくる様子はない。

実家には月に2~3度は訪れていて、2~3日に一度は電話している。頻繁すぎて、目新しいことや面白い話題がないときもある。興味のない話題だと、注意力も集中力も記憶力も適当になっちゃうよね。
もっと楽しい話はないのかな。

つい先日、母が雄弁になり、私が引き込まれる話題を見つけた。
私が物心つく前の、母の話。

その日、帰りに寄ったコンビニでいちごが売られていて、安かったことに驚いた話をした。
「それ、露地ものやわ。昨日こっちでも安かったから買ったけど、あんまり甘くなかったで。」

母も買ったのか。そういえば、いちご好きやったような。私の子供の頃も良く食べていた記憶がある。母も好きだから買ってきてたのかな。当時は白砂糖と牛乳をかけて、いちごの粒々に似せた形のでこぼこスプーンでつぶして薄いピンク色にしながら食べる甘いおやつだった。

「昔はいちごって言ったら学校から帰るときに、とって食べながら家に帰るもんやったなぁ」
母の実家は田んぼと畑が広がる地域で、祖父母も稲作をしていたことは知っている。小学校からの下校途中、いちごの実を食べながら帰って来たとは初めて聞いた。どこの畑のいちごなん?勝手に採っていいのん?昔はよその子が食べても怒らないほどおおらかだったんだろうか、それとも真面目だと思っていた母が、実はやんちゃな子やったとか?

「Tちゃん(祖母)がな、田んぼの畔に植えてくれとってん。鉄道越えて帰って来るから遠かったけどな、それとって食べるのが楽しみやった。」

おばあちゃんが植えてたのか。よその畑のものを取ったのじゃないと知ってほっとした。家の近くの田んぼは本家(長兄)のもので、次男である祖父の田んぼや畑は集落から離れていて、畑の水やりも収穫も苦労したって言ってた。田んぼの脇にいちごを植えたのは、学校から帰ってくる子供と畑仕事をする祖父母のおやつのためだったのかな。

小学生の母のイメージがわかず、私の脳内には20歳くらいの母がランドセルを背負っていちごを食べている画が浮かぶ。

「でも今ほどいちごは甘くなかったで。いちじくも採って食べたなぁ、いちじくの方が甘かったわ。」

田舎にあったいちじくの木は知ってる。私も食べたことあるし。あのニワトリ小屋があったとこの横やろ?

「そうそう。あそこはもともと前の家があったとこで、火事いって新しいとこに引っ越してからAさん(祖父)がにわとり小屋にしたところや」

そういえば実家が焼けたって言ってたな。母が就職して寮に入っているときって。だから子供の頃の写真が残ってなくて、私が幼い母のイメージができないのか。長女の母が祖母の生家から買ってもらった立派なお雛様も、何もかも焼けちゃったって聞いていたけれど。全部ってことは写真も残らないのね。

断片的に聞いていた話の辻褄があうように繋がって、謎解き小説を読むような気分を味わう。

これまで「いちご」で思い出して話題にしていたのは、私も知っているエピソードばかりだった。家族でいちご狩りに行ったときに、小学生になる前の私はいちごにすぐ飽きてしまって、隣の(水たまりのような)池でおたまじゃくし採りに熱中してたこと。全部連れて帰るって駄々をこねたビニール袋いっぱいの黒い小さなおたまじゃくしは、家の水槽でカエルになって大慌てになったこととか、

社宅から引っ越した最初の家で、植木鉢で育てたいちごが初めて実を付けたので、毎日実が赤くなるのを楽しみにしてたら、収穫前に誰かに取られちゃったこと。あの家では植木鉢ごと花が盗られたこともあったなぁ。

そんな共通の記憶ではなく、その日聞いたのは、私の知らない母だけのいちごの思い出。今頃になって初めて聞く話がまだあって、電話口の母から出てくるとは思わなかった。今だから私も母の幼い頃の話が有難い。

何かのキーワードをきっかけに、こぼれ出てくる昔話がまだあるんじゃないかな。私の知らない母の話をもっと聴いてみたい。深く広く、インタビューをするように、少しずつ聴いていけたら。
私も忘れないようにこの場を借りて書き留めておこうと思います。