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【哲学小説シリーズ3】必殺忍法エポケー【動画版あり】

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私の名は相楽順一。真理の道を追求して早三十五年になろうか。私は自らが育ててきた自分の理論、相楽哲学を何としても世に広めねばならぬ。

あれは今から二十年前の晩秋のことだった。かの哲学者フッサールは既成観念などはいったんカッコに入れて新しい目で世界をとらえ直すことを私に教えてくれた。
私はその日、眺めていたコーヒーカップからふとした瞬間に相楽哲学の記念すべき第一定理を導くことに成功した。

そして現在。
今日も私は散歩をしながら思索にふけっていた。おや、道端になにか黒いものが落ちている。私はおもむろに拾い上げてみた。それは、女性の下着だった。しかも、透け透けやんけー!黒の透け透けやんけ〜!!
・・・ふと上を見るとアパートのベランダに若い女性のものらしい洗濯物が干されている部屋が見つかった。そうか、あそこから落ちてきたのか。重力定数gをかけ合わせて、落下の所要時間約3.5秒か。部屋の主は、年の頃推定二十七、八か。恋人はいない。生活レベルは中の下。結構遊び好き。そう分析し終わると、私は再び手の中のその黒い下着に目をやった。やっぱり、透け透けやんけー!!
私はまたしても目を奪われたが、いかん、いかん、巡回中のお巡りさんの存在に気が付き我に返った。マズい、こちらを不審がってみている。マズい、マズいぞ、私が下着泥棒だと疑われるに違いない、道を渡ってこっちに近付いてきた。どうする、どうする?

「ちょっと、何してます?手に何を持っているのですか?」
(絶体絶命!こうなったらもう、一か八かだ!)
「えぽけ〜〜〜!?」
「え、なんと言いました?」
「えぽけ〜〜〜!?」
私の心臓は早鐘を打っていた。しかし、しばしの静寂。まるで時間が止まったよう。
「……あれ、おかしいな、ここに誰かがいたと思ったが…」
あれ、おかしいな、お巡りさんがまるで私がいないかのように去っていくぞ?

私はしばし沈思黙考した。…判った!私はとっさにとてつもない技を編み出してしまったのだ。どうやらそれを使えば、他人には私の存在が忘れ去られてしまう!
だか、まてよ、さっきのは偶然だったとも限らない。たった一回で結論を出してしまうのは早計だ。第一に、相楽哲学の第一原理、人生は夢かもしれぬ、に抵触する。第二原理、ならば検証せよ、だ。よし、ちょっとそこのCDショップで確かめてみよう。

私は近くのCDショップに入った。そして買い物かごは取らず、手当たりしだいに棚の商品をシャツの内側やズボンのポケットに突っ込んだ。そのまま私は店を出ようとした。ブザーが鳴る。店員が駆けつけてくる。よし、今だ!
「えぽけ〜〜〜!?」
しばらく私は体の震えが収まらず目をつむっていた。しかし、何故かブザーが止まった。店員たちが機械の故障だとか言いながらその声が遠ざかっていく。
恐る恐る目を開けると、あたりには誰もいなかった。そのまままるで騙されたように私は店を出た。それでも追ってくる者はいない。
成してしまった……私は一度ならず二度までも成してしまった!我が目覚めし能力の恐るべき力で他者の意識の中からこの我が存在を忘却させてしまったのだ!しかも今回は新たな発見があった、この技は機械さえもその支配下に置くものらしい。間違いない、この技は本物だ!真実は証された!私は、なんて恐ろしいものを編み出してしまったんだ!!

全身に武者震いが走った。それと同時に私は自己に課せられた運命を直感した。そう、私は選ばれたのだ。この能力を使って、私はこの能力自体を解明せねばならぬ。これこそ私に与えられた神の使命なのだ!

私は、もうじっとしてはいられなかった。都内のある場所へ向かって駆け出していた。建物の入口をくぐり、受付嬢を無視して奥へと進む。受付嬢が慌てふためいて警備員を呼び大声を上げる。構わず私は前へ進む。観音開きの扉をバァーンと叩きつけ、部屋の中に躍り込む。そう、ここは某AV制作会社の撮影場だ。

「キャァァアーー!!」
「な、なんだ、何事だ!?」
半裸のケダモノ共め、慌てふためくな、見てろ。

「えぽけ〜〜〜!?」
………シ〜〜〜〜ン………


「…はっ、そういえば次のカットだ!」
「あっ、は、はい!監督」
ふっふっふ。ふっふうっわははぁぁ!!
やっぱりだ!何事もなかったように撮影が再開したぞ。前から前から、ゼッタイゼッタイ一回は間近で見てみたかったんだ、モザイクのないAV女優のヒ・ミ・ツ!

私は堂々とベッドの上で絡む男優と女優の局部をわずか10cmの目の前で観て毛の一本一本まで見分けられる超高解像度のこの肉眼でもって堪能した。そして私は女陰の観察によって聖書の原罪についての箇所の解読の大きな手がかりを得た。相楽哲学にとって大いなる進歩だ。

うん、まずまずの収穫だった。私は、帰りの道すがらも探求を忘れなかった。すれ違うカップルの女性の方のTシャツをめくって、ノーブラでニップレスを貼っているのを「えぽけ〜〜〜!?」で確認し、この女性の原罪意識の根の深さを突き止めた。
それから、街頭でMe Tooだのと札を下げてマイクで演説している女性活動家のパンツの中身を確認した。すると驚いたことに男性だったので私はそれも含めて二度「えぽけ〜〜〜!?」を実行した。
そうして家につくと玄関に入らず隣の家に入っていき、夫婦の営みを「えぽけ〜〜〜!?」して見届け、避妊の倫理問題についての知識を深めるのに成功した。

それから三日後、恐るべきニュースに衝撃が走った。何と例のAV制作会社がしたツイートがネットでバズッていたのだ。そのツイートの内容は謎のUMAが撮影映像に映っていたということだった。それは果たして私だった。制作会社がアップした短い動画には、あの場で思わずズボンをおろして処理をした私の姿まで、くっきりと毛の一本一本まで見分けられるほどの高解像度で映っていた。そしてコメントはこうだった。
「現場にいなかった謎の中高年男性が映像に映り込んでいた。地縛霊か?それともUMAか?」
そして、返信のツイートの中に、私のツイッターアカウントとそのプロフィール写真がスクリーンショットとURLで載せられていた。
そう、「この人に似てない?」「自慰する爺さん草」などとコメント付きで晒されていた私。そのツイートはもう数千単位で拡散終了。全身の血の気が引いた。

……「えぽけ〜〜〜!?」
それでも映像は消えてくれない。
私は泣く泣く第一定理を書き換える。
“人生は消せない夢だ”


シリーズ第四話に続く。


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