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私の相棒


それは突然の別れだった。
「今すぐ病院に来て下さい!」

何が起こったかわからなかった。仕事の休憩を早めにとらせてもらうことにして
頭の中が真っ白なまま、タクシーに乗り込んだ。

病院に着きドアを開けると、ドアの前で待ち構えていた先生方が、憐れむようななんとも言えない顔でこちらを見つめる。

「あの…先程お電話いただいた柿木坂と申しますが…」

恐る恐る名前を告げると、1人の先生が無言で頷き、診察室のドアを開け

「こちらへお願いします。」

促されるまま診察室へ入ると、診察台の上に横たわった私の相棒の姿が。

「え?どういうこと?」

状況が掴めない。
「残念なことですが、先程息を引き取りました。」

悲痛な表情を浮かべお辞儀をする主治医。
その言葉を聞いた瞬間、私は大声をあげて泣き叫んだ。

「何で?なんで!!」

今朝まで元気だったじゃん!何でこんな事になったの?

ぐったりと横たわる相棒は起き上がる気配すらない。

死んでしまったんだ…
頭では何とか理解したが、心が追いつかない。
パニックになり涙が止まることはなかった。


私と相棒との出会いは12年前。
完全に私の一目惚れだった。
小さな小さな体にまんまるの大きな目。ガラス越しに目が合うと、訴えかけるようにこちらを見つめるその瞳に、私は吸い込まれそうになった。

この子を連れて帰りたい!このまま手ぶらでは帰らない!
その日のうちにこのかわいい子を受け入れる準備を進めた。ペット不可の物件だったから、引越しも視野に入れて。

そして1週間後

かわいいかわいい私の小さな相棒は、我が家へとやって来た。

かわいい相棒の正体は、チワワ。
名前はチャッピー。
生まれてまだ数ヶ月。
ティッシュボックスよりも小さくて、抱っこをすると僕を離さないでと言わんばかりにギュッとしがみついてくる。

寝る時だって隣で添い寝しないと眠れない。
可愛がりすぎて甘やかしてしまった。おかげでまともな躾もできないまま、ワガママな子に育ってしまった。

ふせ、待て、お座り、お手、ごはん

最低限のことだけは頑張って習得させたけれど
私のことをご主人だとは思っていなかったかも知れないな。

家の中のどこからでも私を見つめていた相棒。

私が座ると必ず膝の上に乗り、いびきをかいてうたたね。寝る時は必ず寄り添って眠る。

そんな日々がまだまだ続くと思っていたのに。

2018年10月21日

私は仕事へ、相棒はこの後少ししてからトリミングへ、家族が連れて行ってくれる事になっていた。
「シャンプーして綺麗になって帰っておいでね」

声をかけるとタッ…と背中を向けてリビングの方に走り去ってしまった。

それが、生きている相棒を見た最後。
あれが最後になるなんて。

相棒は、トリミングの最中に、体調を崩しそのまま亡くなってしまった。
おそらく心不全。すぐに病院に運ばれたが、病院に運ばれた時既に意識はなかった。

急な気温の変化でびっくりしてしまったのか、元々、体調があまりすぐれなかったのか。
原因はわからない。解剖することもできるが、おそらくはっきりとした原因はわからないであろうとのことだった。

棺の中の相棒は、静かに目を閉じていた。
今朝は一緒に目覚めたのに、どうして今、こんなに冷たくなってるの?

顔を近づけると、シャンプーのいい匂いがする。
旅立ちのために綺麗にさせたわけじゃないのに…

今朝まで元気だっただけに、信じられない気持ちしかなかった。

帰宅してすぐに、トリミングサロンの社長、店長、スタッフさんらが挨拶に来たが、私は顔を合わせることもできなかった。
謝ってもらっても、私の相棒は帰ってこない。私はその場にいたわけではないから、なにが起こったのかわからない。疑っていないと言えば嘘になる。本当のことは、誰にもわからない。

家族と社長らが話している声が聞こえて来た。「諸々の費用は全て負担します。」
そんなのいらない。お金なんていらないから相棒を返して欲しい。
私は布団に潜り込んで、また泣いた。

そして、別れの日。

棺を抱えて斎場へ。
最後のお別れをした。

お花とドッグフードと手紙を入れた。
「今までありがとうね。」
そっと手を合わせる。


骨になった相棒は、小さな小さな骨壷に入れられて戻って来た。ちゃんと体があったのに、こんなに小さな骨壷に入ってしまうほど、小さくなってしまった。まるで出会った頃のようだった。骨壷を抱きしめたら、どうしようもない気持ちになって、また泣いた。

それからの日々はどう過ごしたのかあまり覚えていない。何とか仕事にも行き、いつもの生活をこなして行った。

あれは、いつのことだったろうか?

廊下でカシャカシャ、と音がした。
相棒の足音みたいな小さな音。

なぜか私はその時、無意識に廊下へ向かっていた。そして、階段を見上げる。

相棒はいつも2階に上がっては降りることができなくなり、カシャカシャと足音を立てた後、小さい声で「ワン」と吠える。

そうすると私が階段を登って抱っこしてくれるのをわかっているから。

すると、小さな、本当に小さな声で「ワン」
という鳴き声が聞こえたのだ。

「チャッピー!!」

思わず名前を呼ぶ。だが、もう鳴き声が聞こえることはなかった。

心配して様子を見にきてくれたのかな?鳴き声が聞こえたのはそれきりだ。

あれから、早5年。
いまだに悲しみは癒えていない。

ふとした時に思い出して、涙したりしてしまう。でも、泣いたっていい。悲しい気持ちが消えることはこの先絶対にないのだから。

悲しみと向き合ってこれからも生きていくんだろう。


隣にいてくれたらな。

抱っこしたいな。

ぎゅーっと抱きしめたいな。

豚の鳴き声みたいなイビキが聴きたいな。

寄り添って眠りたいな。

頭を撫でたいな。

肉球を触りたいな。

お手して欲しいな。

ふわふわの毛をブラッシングしたいな。



そして、洋服が毛だらけになって
コロコロをかけるんだ。








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