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友と呼ばれた冬~第7話

 コンビニのイートインスペースに座る千尋の姿が確認できると肩の力が抜けた。店内のここから見える範囲では、レジで精算をしているホスト風の男が一人居るだけだ。
 制服の胸から名札を外してポケットに入れコンビニに近づいていくと、千尋が俺に気づき席を立って自動ドアへと向かった。ホスト風の男は一瞬目を向けたが、子どもには興味ないと言った目付きですぐに視線を反らした。

 店の外に設置された灰皿に近づき自然に見えるように後ろを振り返りタバコを捨てた。尾行している者や監視している者は居ないように見える。

「コーヒーでよかったですか?」

 千尋が店から出てきてレジ袋からブラック珈琲を取りだし、お釣りと一緒に俺に渡した。

「ありがとう。自分の分は買ったのか?」
「はい、これをいただいてます」

 嬉しそうに目を細めてダウンジャケットのポケットからホットレモンを取り出すと両手で挟み込んだ。


「なにか見つかりましたか?」
「いや、チラシが大量に入っていただけだ」
「そうですか」

 不確かなことを千尋に伝えたくはなかった。この時点で千尋に直接的な被害が及ぶとは考えにくい。大野の失踪の背景をまずは、はっきりとさせたかった。

 俺たちは車を停めたパーキングへと向かった。俺たちの他には道路の向かい側にも歩行者はなく、タクシーが何台か休憩をしている以外は路上駐車をしている車もなかった。
 車と無線番号を知られるのは上手くなかったが千尋を怯えさせる行動は控えたかった。料金を払って車を出し千尋を後部座席に乗せるとメーターを入れて千尋が祖母と暮らす荻窪へと向かうため青梅街道へ進路をとった。

 職安通りから青梅街道に合流すると、信号の変わり目で突っ込んできたタクシーが後ろについた。行燈あんどんは消えていて「割増」と表示されているのは客が乗車していることを意味している。

 中野坂上を越えて左車線に移ると、後ろのタクシーも同じように車線変更をしてついてきた。緊張で喉が渇き手にじっとりと汗がにじんでくる。そのまま左車線をキープしてゆっくりと走り続ける。信号は悪いタイミングで変わり俺と後ろのタクシーを遮断することはなかった。

 やがて中野通りの交差点に近づくと後ろのタクシーは右車線へ移行し、そのまま中野通りを中野駅方面へと右折していった。

 緊張から解放され、千尋に声をかけた。

「料金は俺が奢るから心配するな」

 ルームミラーで後部座席を見ると、窓に頭を預けわずかに口を開いて目を閉じている子供の姿があった。


 ホットレモンはどこにあるのだろう?、どうでもいいことが頭に浮かんだ。


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