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芸に生きる

警察から連絡がありました。「踏切の中でボーと立っていた70代男性を保護している。具合悪い訳でも自死しようと思ったのでもなく、ただ仕事に向かう途中だったのに、と本人は言うが物忘れがありそう。住所は言えたので、担当エリアの包括センターがそちらなので、送り返すから立ち会ってほしい」とのことでした。包括ではお馴染みの仕事です。

自宅前で待ち合わせるとパトカーから連れてこられたのは金髪男性。ドラマHEROの頃のキムタクばりでとても若くヤンチャに見えましたが、近づいてよく見ると年相応と分かります。金髪のカツラは少しズレ、不機嫌そう。挨拶もそこそこに本人に事情を聞くと、どうやら仕事に向かう途中だったのに気づいたら警察に捕まり、家に返されたそうです。

靴は左右バラバラ、スマホを持っていたので連絡先を聞いても「電話番号は携帯を変えたばかりで分からない、もう仕事に行かないと」というので後日会うことに。

日にちを改めてお宅へ伺うと、前回よりもさらにカツラはズレて不自然極まりない状況ですが、指摘も出来ません。ただ初回とは打って変わり饒舌で機嫌も良く話が止まりません。

なんでも中学卒業とともにお笑い芸人を目指して上京。舞台に出ながら、コントに漫才に色々チャレンジしたけど、それだけでは喰えずにいくつかバイトを掛け持ちしながら今にいたるそうです。ダンボール一杯にネタ帳や舞台での写真など沢山入ったものを見せてくれます。

私も芸人を目指していた時期があったので、共感をこめて話をするとスイッチが入ったのか「いま相方がいないんだ、俺とコンビを組もう」と絶好調です!

どこまでも明るく前向きで楽しい方なんですが、暮らし向きは心配です。床はゴミや物で埋まり、黄ばんだせんべい布団にダンディ坂野ばりのピカピカスーツは無造作に床に投げ出されてます。テーブルの上には各種電光熱費の督促が無造作に置かれ、冷蔵庫を覗くと食べかけのおにぎりやパンは剥き出しのまま入ってます。働いている話も俄かには信じがたい状況です。

しばらく話をするとまた「仕事だから」と出かけようとするので、まずは通院か介護申請の支援からかなーと思いつつ改めての訪問の約束をしました。

その後は何度か行っても会えず、心配でお巡りさん立ち会いのもと部屋に入ったら玄関先には金髪のカツラだけが残されていました。

後日談では、仕事へ向かう途中で具合が悪くなり入院したこと、お金が無くて生活保護の手続きをしたこと、住んでいたアパートは引き払い生まれ故郷の施設に入ったことは聞きました。

今この男性は芸人の象徴でもあったカツラのない新しい生活を送っているんだろうな、と思うと胸が熱くなります。ではカツラのある人生ってどうだろう、しあわせって何だろう、コンビ組んだらどんなネタしよう、仕事って何してたんだろう、、、いろいろと思い深まる秋の夕暮れでした。

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