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元芸人にセカンドキャリアについて聞いたら、現実を思い知った

「ひさしぶり。イシヅカさんはやせたねぇ、おれは太ったけど。」
ー太ったの?
「おれは太った。イシヅカさんいくつになった?」
ー今年で41だよ。
「おれ38。それぐらいになったね。年取ったね。」
ー広島に戻ったのはいつだっけ?
「2014年の2月。2013年の8月くらいに解散してるから。」

 久しぶりに聞く広島訛りが、かしこまっていた私の心をほぐしてくれる。T君はかつて中堅お笑い事務所に所属しコンビとして活動後、解散。私とはお互いに東京でお笑い芸人として同じ舞台に立っていた10年以上前からの友人だ。ふたりともお笑いから足を洗った今でも定期的に連絡を取り合っている。特にお笑いの大きなコンテストがある秋から年末にかけてのLINEのトークルームはせわしない。
 そんな彼に芸人のセカンドキャリアについてZoomによるインタビューを行った。学生時代なら気軽に誘えたり出来たが、いい大人になると何かきっかけがないと難しい。とはいえ「土日はヒマしてるでしょ」というノリで連絡を取ってみたら快く引き受けてくれた。

「テレビに出るのは同期の中では早かった」

ー今の職業的には何になるの?
「えーっと、製造業になるかな。車のエンジンを作っているんだけど。」
ー車のエンジンを作ってるの?
「あのね、金型。金型加工。そういう会社に勤めてます。」

ーお笑いを始めたきっかけは?
「きっかけかぁ。イシヅカさんとしゃべった気がするなぁ。なんでお笑いやったんかって。中学生の時に『爆笑オンエアバトル』見てて、『M-1』が高校生の時に始まって。やっぱかっこいいなって思ったからかな。」
ーお笑いがかっこよかった。
「(お笑いが)どんな世界なんだろうって想像つかないから。今思えばそれが強いかもしれない。どんな世界なのかなって興味を持ち始めて、大学卒業して1年間バイトしてお金貯めて、養成所に入った。」

ー芸人時代のこれは自慢出来るなってことはある?
「まぁテレビには出たからなぁ。関東ローカルだけど深夜番組。たぶん3年目じゃないかな。同期の中では早かった。」
ーそうだよね。準レギュラー的な事でいいのかな。言い過ぎ?
「言い過ぎだけど、月に1回出とったかな。プロデューサーにハマってたから。」

ーけれどもコンビを解散してお笑いを辞めてしまう。辞めるきっかけは?
「初めて辞めたいと思ったから 。今まで全く思わなかった。29歳の時ね。大会モノでは何の結果も出なかったから。コンテストとか。それでもう30歳かぁ辞めたほうがええんかなって思っちゃったから。今まで思ったことなかったから辞めたいとか。養成所とかしんどかったけど。」
ー年齢でのあせり?それとも結果が出ないことが嫌だった?
「結果じゃないかな。結果が出ない。年齢、うーん。そうね、30歳過ぎてどこまで今の貧乏生活が出来るかっていうのもあったんじゃないのかな。」
ーいつまでこの生活が続くのかっていうのが不安だった?
「まぁそう。島田紳助さんが好きだったんよ。その人の言葉で“才能あるやつは辞めようと思わん”っていうのがあったんで。ちょっとまぁそれも影響したかな。そこで初めて29歳で辞めようかなって思っちゃった。思ったから、あぁもう辞め時なのかなって。」
ー島田紳助が『M-1』に込めた思想と重なるね。
「そうね。ほんとに10年でダメだったら辞めさせるっていうシステムはすごくいいと思った。当時のコンビで出た最後の『キングオブコント』、ここで結果出なかったら辞めよう、解散しようと思って、結果出なかったから解散。でもう辞めようって思った。」

趣味としての大会挑戦

ーでも辞めてからアマチュアとして大会に出てるよね。あれはどういう心境だったの?
「(同期芸人の)Fから誘われたのよ。一応デビューして、数えたら10年目なわけ。10年目の節目で連絡が来て。ちょっと今年出てみる?ってノリだったの。あぁいいよって感じで。最初『M-1』だけだったけど、おれが『キングオブコント』も出たいなってなって。じゃあ出ようかって流れだったかな。」
ー結果はどうだったっけ?
「(Tと私が即席で組んで)一回やったやんか、あのネタ。2019年の『キングオブコント』でFともあのネタやって。1回戦突破出来たけど、やっぱネタは良かったと思った。ウケたしやっぱり。だけど2回戦、大阪なわけよね。ウケるけどやっぱりみんなウケるって言うか。『からし蓮根』とか『霜降り明星』とか普通に出てるからさ。やっぱりすごかったね。実際は。」

ーあわよくばみたいのはあったの?
「もし成功したらってこと?それはもうないな。もう一回お笑いでやるっていう勇気はもう相当なものだと思うから。さすがにそれはなかったな。」
ーあくまでも趣味?
「そう。」
ー未練があるわけじゃない?
「未練かぁ。でもやっぱりテレビで見てたらカッコいい。『M-1』とか。でもまた挑戦っていうのはもう勇気がないし。そうですね。未練がないかと言われればあるかもしれない。わかんないじゃんねぇ。あと1年やってたら売れたかも知れないし。それはもうほんとにわかんないから。」

突然のカミングアウト

ー広島に帰って来てから最初はどんな生活?
「一番最初は金融にいた。」 
ーそれは普通に就職したの?
「うん。ハローワーク行って仕事探してっていう。まだギリギリ29歳だったから。流石に30歳までとかっていう仕事もあるからね。金融で営業やって、9か月で辞めました。ノルマがきつくて。辞めて金型のところに行って。もうそうね、8年くらいか。現在に至るわけよ。」
ー営業の時に芸人時代の経験が活きたことはない?
「そうね。営業って言っても、融資や保険だったからねぇ。まぁ金貸しよ。うーん、営業トークには活かせなかったかなぁ。」

「これも経歴の中に入ってくんだろうけど、あのおれ結婚してます。」
ー・・・おめでとうございます。
「子供もいます。」
ー子供も?!えっそうなの?
「結婚してること自体、イシヅカさんに何も言ってない。ちなみに奥さんは5個下なのね。2017年に結婚したから。」

 頭をグルグル回して何とかお祝いの言葉をしぼり出したが、もうちょっといいリアクションをしてあげたかったなと今になって思う。自分の人生経験の少なさが露呈した。そしてこの時、連絡を取った時点での大きな間違いを後悔するも時すでに遅し。

ーえーっと、解散してすぐはどう過ごしていた?
「お笑い引退して3か月くらいバイトしてて東京で。ほんとそこはただのフリーター状態。すっごい楽だったよ。ネタも作んなくていいしさ。土日は競馬やってさ。でも絶対にヤバいと思ったもん。ほんとに。まだ29歳という若さもあるけど、これは30いくつもそんな状態なのかっていう。」
ーそれで広島に戻ってきたと。
「芸人辞めて帰ってきて、とりあえず働かなきゃって思ったのね。もうほんとに何をしていいかわかんなかったし。自分が何が出来る、何が出来ないかもわかんなかった。まぁセカンドキャリアって何かしたほうがいいってことだよね。劇団ひとりさんが言ってた。コンビ解散したときに先輩に辞めるなら辞める、やるならやるで動かなきゃダメだよって。何にもしないのが一番よくないって言われて。じゃあ俺はピンでやろうってなったらしいんだよね。その言葉もあったね。何かしら動かなきゃって。」

「セカンドキャリアより家庭を作れです。」

ーアマチュアとして『M-1』はもう出ない?
「結局Fと『M-1』出て、それ以降何の連絡もしてない。ほんとは来年どうする?って話をして別れたわけだよ。でもコロナになっちゃったから。今年どうするって会話もなく。」
ーコロナなかったら趣味として『M-1』に出ようみたいな気分だったの?
「ただね、さっき子供がいるって言ったじゃんか。2020年に生まれたんよ。ほんとに子供見てるから。それどころじゃないっていう状態。今も奥さんが子供をずっと見てくれてるから(Zoomで)会話は出来るけど。家庭を持つと自由な時間はないです。」
ーそっちのほうが忙しい?
「例えば『M-1』出ます!趣味でって言ったら嫁さん怒るよ。たぶん。」
ーまぁ何してんだって話だよね
「結局趣味じゃん。オレは趣味をやるから子供見ててねってそれはできないよね。それは無理です。仕事じゃないんだから。」
ーリアル感でたわ。
「元お笑いって言っても生活はみんなと同じだから。子供持ってる家庭と同じ。保育所の送り迎えとかね。一人で子供見る時だってあるし。ほんとパパやってるって感じ。今2歳半か。男の子です。だからねテレビもろくに見れてないの。子供にテレビを占拠されてるから。結婚して生活変わるって聞いてて、で子供出来たらもっと変わるって。子供ができたらものすごく変わった。結婚ぐらいでは変わってないと思う生活は。全部子供が中心。だから『M-1』や『キングオブコント』とかリアルタイムで見たいけどなかなかね。何とか去年は『M-1』見たかな。今そんな生活がずーっと続いてる。めちゃくちゃアンパンマンのキャラクターとか覚えたよ。」
ー趣味が出来なくてツライみたいなのはない?
「(趣味の)野球観戦はコロナになっちゃったから。競馬ももうやってないんよ。子供ができてからギャンブルも辞めた。そうほんとに変わった。その代わり元々ギターしとったの知ってる?趣味はそのギターを復活させた。やることがないって言うか。ストレス発散に。」
ー自分のスペースで出来ることってことね。
「そう。子供見れるし。やっぱほんと子供が影響してる。自分の時間はありません。」
ーそれはそれで幸せだね。
「そうですそうです。全然後悔はないよ。もちろん子供によってストレスはまぁあるけどもトータルは子供が可愛いわけ。トータル勝つよ。可愛さが勝つ。子供がいなかった方がいいっていうのはやっぱ思ったことがないからね。セカンドキャリアより家庭を作れです。」
ーいい言葉いただきました。
「じゃないの?家庭を作ったほうがいいんじゃないのかなって。子供を食わしていかんといけんていう新しい目標ができるんじゃない。」

 友人から聞くその話は、妙に生々しくリアルでそしてカッコよく聞こえた。自分の都合ばかり考えている器の小ささを反省しつつ、家庭を築くのもいいものだと思えた。

「イシヅカさん今もアイドルにハマってるの?」
ー『BEYOOOOONDS』っていうグループがあってね・・・


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