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やるせない、中学およそ2年のあの頃が今に痛切

恋というのは、結果告白するまでに至らざるをえなかったことと私の中では呈しているので、だとすれば間違いなくそれは大学1年の頃が始まりである。いわゆる初恋。

だがしかし、一週間の内の5日程を占領されるトキメキということであれば、それを初めて感じたのは恐らく中学2年の時で在ると思う。

中学およそ2年の頃をトキメカせた彼女。所詮その時に感じたものなので、あえて彼女の魅力は伏せる。
彼女と同じクラスであった中学2年次、私は彼女のご機嫌だけを伺うかのように、自分の笑いのセンスの猛威(自意識過剰かもしれぬが)を公に振るっていたに思う。露骨に彼女に向けたものと見えない様に。
だからこそ、彼女がそれに対して笑いの反応を示した時、溢れ出る素直な爆発的達成感の嬉しさを出さなかったことが、もどかしく、縁もゆかりも無くなった今となって、後悔の念を抱くことに繋がるのだが。
もしあの時彼女に、我が笑いセンスの矛先を紛れもなく君に向けていたと言っていたら、それを向けられていた彼女の反応(返事)としては笑っていたので、それはもう相思相愛の実りだっただろう。きっとそうに違いない。きっと、だ。多分。
ある一つの笑いに共感して、2人だけが顔を合わせてクスクスとし、その真の魂胆に私1人だけがニヤニヤしていた。

3年次。私と彼女とは違うクラスになった。
年次初め、彼女がなんらかの用事で私のクラスに来た時、彼女はたわいもないことだろうが私に挨拶をした。「よっ!」と。
どうしても私は、ただの挨拶に留めたくない所存。妄想的に好意と解釈している私は、自意識過剰な恥ずかしさもあってか事もあろうに、その挨拶を無視してしまった。漏れなく私も中学生だったのである。
そして、その後と言えば、もうそれっきり意思の交わしはなかった。

そういえば、中学卒業後別々の高校になりもう会うこともないだろうと思っていた時、近くのショッピングセンターで彼氏であろう人と仲睦まじく歩いてる姿を見かけてしまったことがあった。こういった所はさすが田舎。
お互いをお互いとして確実に認識した様は感じたが、中学時代の接しを見れば、そこで会ったとてなんだと言うのだ。少なくとも私の心には後ろめたさの様なウヤムヤが過るが当然何もなかった。
本当にそれっきり。

んでなにが言いたいかって、要は、2020年も去りゆくこの現代に、私がトキメイたその彼女と当時中学校の人気者だったとあるボーイが今現在恐らく愛を育んでいるということを、SNSを通じて知ってしまったということだ。恐らく最近にそういう関係になったのだろう。

当時中学校の人気者だったそのボーイは、容姿も偏差値60付近で、お笑いの要素もピカイチ。それも当然、斯くして人気者だったのだから。

そして私は、そんな人気者が苦手だ。
まぁ、なんだ、嫌いだ。人気者全般的に。

だいたいそんな人気者の称号が付いたボーイが股からぶら下げてる鍵はマスターキーなのであって、どんな穴にもジャストフィットしちゃうものなのだ。中で折れてしまえ。

というか、そもそも彼女も人気者だったのではなかろうか。
中学頃の男なんてのは、気に掛かる女の子がいても言わない言えない恥ずかしいなのであるから、知る由もなく秘かに彼女は人気者に君臨していたのかもしれない。現に人気者ボーイは愛でているのだから。
前提として、私の周りにモサい男友達しかいなかったというのがあるから、この疑念は不確定要素たっぷりだが。

なにはともあれ、人気者ボーイならば彼女とチュパチュパする関係になるのは万に一でも仕方のないことかもしれず、おめでたいことだろう。

そして思う。彼女は私の御眼鏡に敵わなかったのだと。所詮人気者という取るに足りないどれにでも使われる普遍的な鍵に当然のように開けられる程度の扉だったのだと。鍵穴にアロンアルファでもぶち込んどけアホぅ。
それにSNSという目に付く媒体で2人の関係を"巧みにいやらしく"醸している以上、それはとてつもなくダサくしょうもない愛の表しなのだと。

そんないかにもな偏見に今日は踏ん反り返させて頂けないだろうか。せめてもの抵抗で、どの穴にも嵌まらない鍵のやるせなさを鎮める為にも。失礼致す。

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