見出し画像

Molly in 神社、二人だけ。

(再掲)

誰でも、一人になりたい、と思うときがある。でも常に一人でいる人間には、誰かといたい、と思うときがある。一人でいるほうが楽なのだけど、それでもたまに仲間がほしいと思う時がある。でもそれが何の仲間なのか、自分でも分からない。

午後、外は雨だったのだけど近くの神社へ散歩に出かけた。人混みが苦手な私は年明けの神社参りには行かず、なんてことはない平日にふと神社へ出掛ける。雨の日に出掛けるのは、人が少ないから。それに雨には、どことなく景色と人の親密度を深める効果があるように思えるから。

境内の建造物は重厚で堅牢なのだけど、けぶるような細かい雨がその厳粛な存在感を和らげてくれ、庭園の緑の輪郭をくっきりと際立たせる。華やかな色彩とは無縁の景色だけど、綺麗な景色だと思う。
神社と私の二人だけ。こんなに綺麗な景色を独占している自分に満足する。幸せだとも思う。それがいつもの私だ。

でも今日は違った。なぜこんなに美しい景色を私は一人で眺めているのだろう。どうしてそばに誰もいないのだろう?そう思った。寂しいのだろうか。悲しいのだろうか。
なぜ私に、なぜ人に、こんなに寂しいく悲しい感情が必要なのだろう?人類が誕生して進化する過程において、不必要なものは排除されてきたはずなのに、こんなに手に負えない感情が、なぜ進化の果てまで残ったのだろう?こんな感情にいったい何の価値があるというのだろう?

人気のない静寂の中で、耳に届くのは雨に擦れた砂利を踏みしめる、自分の足音だけだ。ふと傘を上げると、さして広くはない境内に、自分と同じ名、そして同じように小柄な神社が目に入った(とりあえずMolly神社ということにしよう)。Molly神社の前に佇んだまま、今自分を支配している感情の価値を考えてみたけれど、無いに等しいこの頭で、それは無駄な労力というものだった。でもその感情は残ったのだから、何かを促すために必要な感情なのだろうな、と考えた。

人間は一人では生きていけない、ということを私に悟らせるためだろうか?それはずいぶん手の込んだ、穏やかにして巧妙な陰謀のように思えた。私にわざと何かを求めさせようとしているような。

では誰かといれば寂しさは解消されるのか?Molly神社に向かって「そう簡単にだまされないわよ」と私はつぶやく。だって誰かといるからこそ、ますます孤独を感じてしまうのでしょう?また別の孤独を生むのでしょう?

人は私と付き合う。付き合って、最初は満足する、そして退屈し、やがて失望する。これまでどれだけの人を失望の渦に追いやってきたのだろう。きっとこれからも・・・私は期待を裏切る天才だ。何も持っていない私に、期待を抱かせる何があるというのだろう?
「つながる」というけれど、最終的に失望されると分かっていながら、自分からわざわざ他人に近づくバカがどこにいるというのか・・・

Molly神社を離れ、拝殿の前に来た。雨は止んでいない。僅かな風に波打つ髪にまとわりつく雨を感じる。そのまましばらくぼんやりと立っていた。
ときどきハーフに間違えられる私の姿は、神社には似合わないだろうな、と自分から数メートル離れた後ろから自分を眺めている気分になった。ところどころ巻き毛の入った天然ウェーブ、紅茶色の赤味がかった髪、毛細血管が見える薄い肌。

「よく見るとね、Mollyはハーフといっても米国人とのハーフじゃなくて、欧州を感じさせるんだよ。それも現代の欧州じゃなくて、古典的な欧州なんだ。ポルトガルとかオランダとか、英国?そのへんだよ」

昔、そう言われたことがあった。自分の顔はキュビズムか?と思って苦笑した。ピカソが描いた、いくつかの顔をはめ込んだあの女の顔が頭に浮かんだ。一人の女の顔がピカソにはああいうふうに見えたのだろう。そう見えたのだから、そう描かざるを得なかった。

私の先祖にオランダ人やポルトガル人がいたなんて聞いたことがないし、自分のファミリーヒストリーには興味がない。いずれにしても、この顔が役に立ったことは一度もない。

せっかく神社に来たのだから何かお願いをしようかと頭を巡らせたけれど、何も求める気がしないので、お金を投げて神様と取引する気にはなれなかった。が、境内全体を見渡しながら、自分が何かを感じたがっていることは分かっていた。と同時にそれを打ち消したがっていることにも気づいていた。

「あなたのように、何かを考えたり、感じたりして生きていくのなら、それは実りある時間だと、私は思います」

NHKの朝ドラ「半分、青い」で、豊川悦司演じる秋川羽織が言ったセリフらしい(見てないけど)。実り・・・ふうん、そうなの・・・

私はアパートのベランダで育てている数株のバラのことを考えた。バラが最もエネルギーを消費するのは開花するときではない、結実するときだ。私は何かを結実させることができるだろうか?

そんなことを考えている間に雨がやんでいた。私は目の前の景色との親和力が弱まるのを避けるように、足早に神社を去った。


#日記


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?