見出し画像

十把一絡げ

コロナウイルスが悪意なく無邪気に楽しんでいても,害を生じる側は対策を講じなくてはいけない。
少しずつ緩和されていく東京でも,23区は9月1日から15日まで。22時までの営業時間の要請があった。

メディアは,では西荻では22時まで飲んで。そのあと吉祥寺に行って飲めば良いですね!という街の声をきっと何十人にも声をかけて探し当てて,囃し立てたり。どんな基準なのか?と憤る飲食店店主を探したりした。

基準なんて,あっても納得のいくものはないだろう。本来なら一つ一つの区の違いを考慮して,区ごとに対策をすれば良いが,そんな時間も人材も足りてない。何かに似てるなと自分の仕事を振り返ると。

お酒を10本並べて,このお酒達のベストな熱燗の音頭はどこですか?と聞かれた時を思い出す。

答えは,一本ずつ違う。だけど,100人,1000人の能力の違う人たちに一斉に伝えるには,最大公約数を拾って,それを伝える。考え抜く人には物足りなく,でも誰にでも伝わるやり方にするしかない。だいたいどれもこれくらいの温度なら間違い無いですよ。と伝えると思う。

では一本ずつのベストはそうなのですか?と聞かれればもちろん違うけど。そこからは想像力を働かせてほしい。

今回も営業要請だと言うのに命令のように動く人が多いのは結果,感染者数の減少となっているのであればそれぞれの努力が実ったと結実できるけど,生活はそれだけでは成り立たない。早めに動く人ゆっくり動く人,色んな個性が混ざってそれぞれの生活が成り立つわけなので,そこには尊重が必要でもある。

物事のフォーカス,ピントの合わせ方は対象との距離で変わる。ということを感じる今回の要請の境界線問題でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?